6.犬を飼いましょう
「ここが君の為の部屋だ」
「まあ!」
どうしましょう、とっても素敵ですっ。
私が好きな青を基調にして下さったのね?
もちろん、好きなお色もお伝えしたことはありませんけど今更驚きはしません。
個人情報のダダ漏れ具合に、もしや我が家に間者が?と思ったりは致しますが。
あ、バルコニーがあります。よかった、ちゃんと窓は開きますね!
「素敵な眺めですわね」
窓からは美しい庭園を一望出来ます。お天気のいい日はここでお茶を飲んだら素敵かも。
「気に入ってもらえたかな」
「はい、とっても!素敵なお部屋を用意して下さりありがとうございます」
「……よかった」
私が気に入ったことでホッとされたのでしょうか。
普段の大仰な振る舞いでは無い、さり気ない笑顔がとっても新鮮です。
「……普段からそのようなお顔をされたら良いですのに」
「え?」
「だって、フィザリス様はいつもどこか演技をなさっているでしょう?」
「そんなつもりは……」
あら?無意識かしら。公爵として有ろうとするとああなるとか?
「私と二人の時は、ただのフィザリス様でいて下さいませ。その方が私は嬉しいですわ」
まあ、そんな私はどこでも誰が相手でもこのままですけど。淑女の仮面は煩わしくて駄目です。どうせ長続きしなくてボロが出るので初めから却下しております。
「……ミモザ、貴方はどこまで私を惚れさせるのですか?」
………だから何故そんなにもチョロいの?
フィザリス様の大好きスイッチが彼方此方に有り過ぎて、普通に歩くだけでトラップのように踏み抜いてしまいます!
「私は幸せですね。フィザリス様にこのように大きな愛を頂けて」
「……重くて嫌だとは言わないのか?」
「軽過ぎて吹けば飛ぶような愛の方が悲しいですもの」
ただ、出来れば小出しにして欲しいです。
一括払いでは無く分割で。出来れば初年度は無料くらいの方が望ましいのですが。
「抱きしめてもいいだろうか」
………断りづらい聞き方をするのですね。
この流れでの拒絶は難しいのでは。よし、女は度胸です。
「フィザリス様」
そっと両手を広げてみる。
彼はただの大型犬。
大きいけれど、まだまだ甘えん坊な大型犬よ!
「ミモザッ!」
がばりと力強く抱きしめられました。
勢いがあったせいでよろめき、慌てて近くのソファーに腰掛けます。
あ、楽になったわ。彼はソファーに片膝を付いて覆い被さったままです。その体勢は辛くないのかしら?とりあえず宥めてみましょう。
よーしよしよし、いい子いい子。
本当なら頭を撫でたいですが、上手く届かないので背中を撫でてみる。
ちゅ、ちゅちゅちゅちゅちゅっ
躾の足りないお犬様がまた勝手にキスをしてるわ。
彼の中のゆっくりとは。困ったものね。
「んっ」
首は駄目です、ゾワッとしますから。
「あ、ん~っ、待ってっ!」
舐めた!舐めたわ、この犬!
「こら、舐めたら擽ったいからダメよ?」
躾ってどうやるのかしら。大声で怒鳴っては駄目よね?
「ミモザ、好きなんだ」
クゥ~ン、キュンキュン。と鳴き声が聞こえそうな顔をしないで欲しいわ。
仕方なく、胸元に来た彼の頭を撫でてみる。
「舐めるのは駄目です。でも、すぐに止めてくれてありがとうございます」
あら、サラサラだわ。これはいいかも。
なでなでなでなでなでなで。
このお屋敷くらい広ければ大型犬を飼ってもいいのでは?
ほら、こんなふうに懐いてくると可愛いもの。
強くて賢い、少し甘えたなわんこに心惹かれます。
「フィザリス様は犬はお好きですか?」
「……嫌いではないが」
「よかった!では、大型犬を飼いません?私がちゃんとお世話をしますから」
「………………駄目だ」
「なぜです?きっと可愛いですよ?」
「君が私以上に愛情を向けそうだから許すわけにはいかないな」
まあ、何と心の狭いっ!でも確かに、ワンちゃんがいたらフィザリス様を放置してしまいそうな気も?
「否定しないのだな?」
「どうでしょう?1年後の私に聞いてみないと分かりませんわ」
「狡い答えだ」
「だって、1年後の私が貴方のことが好きで好きで離れたくない!と思っているかもしれないでしょう?」
そんな自分はまったく想像できませんけどね。ほぼ100%無いと思っております。恋に浮かれるミモザさんは販売しておりませんから。
「……ミモザがこんなにも小悪魔だったとは思いもしなかった」
あら。小悪魔だなんて初めてに言われました。
「ふふ、小悪魔ミモザはお気に召しまして?」
「もうメロメロだよ」
あらら?気が付けばおかしなことになっています。
長椅子に腰掛けた私の腰にはフィザリス様の長い腕が巻き付いており、彼はというと、床に跪き、上半身を私の膝上に乗り上げた状態です。
大型犬が顎を膝に乗せてきたら可愛いですが、大きな肉食獣が乗り上げてきたら……
──もしや、命の危機?