4.食べても美味しくありません
「そろそろ着くよ」
危険な旅はそろそろ終わりのようです。
フィザリス様との攻防もここでおしまい……ではありません。
「フィザリス様、もう抱きかかえてはなりませんよ?」
「なぜ!?」
私こそお聞きしたい。なぜその様に悲痛な面持ちになるのです?
「私は赤ん坊ではありませんの。未来の公爵夫人として貴方の隣に立つ者だと皆に知ってほしい。私などがそう思うのは烏滸がましいとは分かっております。でも、そんな私の我儘を聞き入れては下さいませんか?」
「……隣に?」
「はい。私では頼りないとは思いますが、貴方と支えあえたらと」
どう?支える為にはしっかりと自分の足で立っていなくてはならないでしょう?
「ミモザ!なんと健気なんだっ!」
「んぐっ」
思いっきり抱き締めないで!中身が出ちゃう!
慌ててタップして助けを求める。
「ああ、すまない!嬉しさのあまり強く抱きしめてしまった」
「…いえ、だいじょぶ…ではないですね。
少しでも貴方に綺麗に見られたくて結い上げた髪が乱れてしまいますわ」
結い上げたといってもハーフアップですけどね。
「もっと貴方の乱れた姿が見たいものだ」
怖いです、ロックオンなさらないで。目がギラギラしてますわよ?
「…その様にはしたない姿を皆に見せろだなんて、フィザリス様は意地悪です」
「見せない。絶対に誰にも見せない!」
「ありがとうございます」
よし、なんとか勝ちました。
でもフィザリス様は本当に私のことがお好きなのね?変なお方だとは思うけど、少しくすぐったい気持ちになります。
「では二人きりならば抱き上げても良いのだな?」
前言撤回。面倒臭いの間違いのようです。
「フィザリス様はご存知かしら。結婚して新居に入る時に、花婿は花嫁を抱き上げて屋敷に入る風習があるそうなのです」
「ほう?それは知らなかったな」
「フィザリス様にもやっていただきたくて」
「もちろんだとも」
「では、その時の感動が薄れない為にも、これからは抱き上げないで下さいませ♡」
「なっ!?」
本日2度目の悲痛なお顔を頂きました。
「結婚するとは苦難が多いものですわね」
「…………そうだな。こんなにも苦しいものだとは思わなかったよ」
そこまでなの?なぜそんなにも抱き上げたいのかしら。
さて。ダメばかり言うのも宜しく無いですよね。どうしましょうか。
「私の為に我慢して下さってありがとうございます」
そっと腕を絡ませ、その逞しい二の腕に抱き付く。
こうすれば片腕が使えなくなり、抱き返される危険は減るという作戦です。
「……抱きしめたい」
吐息で語らないで下さいませ。お顔だけでなく声までいいのが狡いです。
「駄目ですよ。今は私が抱きしめているのですから」
「くっ……、生殺しだ」
この手はいいですね。片腕を塞ぐというのはかなり有利になりますもの。
「……最近の流行りのドレスは曲者だな」
「そうですか?着る側からすると動きやすいですし、気に入っておりますが」
今日着ているエンパイアスタイルのドレスは、何よりも動きやすいのでお気に入りです。お支度も楽ですし、コルセットでギチギチに締め上げなくてもいいことが最高に嬉しいです。
今日もつい簡易のコルセットを………だから柔らかさがバレたのね?
楽ということは防御力が低いということ!
まさかこんな罠があるとは。
「次からはもっと鉄壁のドレスに致します」
「いや!今日のドレスはとても似合っているよ。軽やかで妖精みたいだと言っただろう?」
ですが軽やかだから簡単に抱き上げたりお膝に乗せたり柔らかさを感じるのですよね?
はっ!腕に抱きついておりましたが、もしや、お胸を押し付ける形になっていた?
どうしましょう。離れる?でもそうすると今度は自分の番だと言わんばかりに抱きしめられそうです。
──早く馬車よ、止まってっ!
「そういえば、今日は前公爵夫妻はお見えなのでしょうか」
違う話題で乗り切りましょう。
お顔を見て話す為に、少し腕を緩めます。
「いや。いるとうるさいから貴方が来ることは伝えていない」
「え」
いいの?それ。もう3度目だから妻として期待されていないのかしら。
「……紹介して下さらないのですか?」
貴方は良くても、後から私が叱られるパターンなのでは?挨拶しないだなんて、だから子爵令嬢の小娘なんて!と言われかねません。
「まさか、両親に会いたかったのか。私に会う為に来てくれたのではなかったのかい?」
え、なぜ急に瞳が濁るの?
「だって貴方のご両親よ?貴方の大切なものを私が大切にするのは当然のことでしょう?」
「!」
……なぁに?そのお顔は。
「無理可愛過ぎる好きだ今すぐ私のものに「あ!着きましたわ!」
セーフ!馬車の速度がゆっくりになりました。
──ちゅっ
ん?なぜ。頭にキスをされました。
そのまま額に頬にと口付けが下りてきて……
「だめっ!」
ギリギリ手のひらで防ぐことが「チュッ」…手のひらに口付けられてしまった……
「なぜ駄目なのだ、ミモザ。私が嫌いか?」
「……紅が」
「うん?」
「口紅が落ちてしまいますわ。侍女を置いてきてしまったので直すことが出来ません」
「ふぅん?じゃあ、帰りならいいね?」
ぺろりと手のひらを舐められ、その眼差しと相俟ってゾクリとした。
お父様どうしましょう。帰りの馬車で食べられてしまいそうです。