14.拒絶ではなく
現れたのは20代後半のご婦人です。
私をチラリと見て勝ち誇っているのが謎です。そのような振る舞いをなさる方には負けてなどいないと思うのですけど?
「随分と可愛らしいご令嬢ですわね。私にも紹介して下さる?」
「ミモザ、そろそろ帰ろうか」
「フィザリス!?」
「早く君と二人きりになりたい」
「ちょっと!」
凄いわ。ここまで無視するものなのですね。
どなたかは存じ上げませんが、ご婦人のことがお嫌いなのでしょうか。
「フィザリス様、流石に気になりますわ」
「君は私のことだけ見ていてくれ」
え~~?だって顔を真っ赤にしてふるふると怒りで震えてらっしゃいますよ?
「…貴方も大変ね。こんなにも重っ苦しい男に捕まって!息苦しいでしょう?その束縛が!」
おお、まさかの攻撃です。フィザリス様を傷付けたいのか気を引きたいのか。後者ならばどれほど不器用さんなのかと同情……しないかな。そんなことしたら更に怒り狂いそうですし。
「フィザリス様はとってもお優しいですよ?」
「は?……ああ、公爵様の悪口なんか言えないわよね。気付かなくてごめんなさい?」
「いえ、まったくの見当違いですのでお気になさらず。
フィザリス様、会話がし難いのでご紹介下さいますか?」
元嫁元恋人赤の他人、さあ、どれかしら。
「…………最初の妻だ」
元嫁その1でしたか。でも変ですね。元嫁は再婚したのですよね?どうしてこんなに私達に絡みたいのかしら。私に警告して下さるなら分かりますが、向けられているのはどう見ても嫉妬の部類のように感じます。
「ああ、フィザリス様のことが惜しくなっちゃったのかしら」
「なっ!?」
あらうっかり。つい本音が溢れ出る癖を直さないといけません。
でも顔色が変わったところを見るに、どうやら図星だったみたいです。
「ミモザ、それは有り得ない。彼女はね、私を気持ち悪いと言ったんだ。過干渉が過ぎるし監視と軟禁をされて、これは心の暴力だとまで言っていたんだ。
それなのに、何故今頃親しげに声を掛けてくるのか理解に苦しむよ」
手放して初めてその良さに気付くこともあるのでしょうね。
過剰な程の愛が、それも美丈夫で地位も金も権力もある夫からの甲斐甲斐しい愛がどれ程貴重であったのかを再婚してから気付いちゃったのでしょう。
「フィザリス様はきっと遅行性の媚薬なのですわ」
「どういう意味だ?」
「貴方の愛はじわじわと相手を侵していくのです。少しずつ変えられていく恐怖に打ち勝てず逃げ出してしまったけれど、その甘美さはいつまでも心に残っているのでしょう」
だって女ですもの。愛される喜びは至高のものだったはずです。それでもそこに付随する束縛が気に入らずに別れて清々したと強がっていたのに、私のような小娘がそれを享受して幸せそうにしていることが今更口惜しくなった。
そんなところでしょうか。
「では、ミモザも私という薬に侵されて?」
「どうかしら。まだ時間が短いのでは」
「どうして私を無視してイチャついているの!?」
もう。せっかくの楽しい遣り取りを邪魔しないで欲しいわ。このまま連勝を重ねるつもりでしたのに。
「申し訳ありません。お名前すら名乗って頂けておりませんので会話をお望みだとは思いませんでした」
フィザリス様と同じくらいの年頃でしょうに恥ずかしい限りですわ。どんな政略があったのかは分かりませんが、これはハズレでしょう。
おかげ様で私が公爵夫人になってもいいのかもと少し自信が持てました。感謝申し上げます。
「……ミルズよ」
「ミルズ伯爵夫人でいらっしゃいますか。初めまして。フィザリス様の婚約者、ミモザ・クレイトンと申します」
やっぱり再婚相手は爵位が下がったのですね。
侯爵家の自分ならもっと上の相手が見つかるはずだと思っていたのかもしれません。
「ミモザ、帰ろうか」
「はい。ご挨拶は済みましたし帰りましょう」
暇を持て余した子供が『ママ、帰ろう!』と纏わりついているのに似ていてちょっと可愛いです。
ウキウキしているのは自分を媚薬に例えられたからかしら。毒薬だと言わなくて正解でした。
「でも帰るのは子爵家ですよ?」
「なぜ!?」
「言ったでしょう?まだ時間が足りておりませんの。もっと時間をかけて私を染め上げて下さいませ」
「くっ、この小悪魔め!どうしてそんなに可愛くて可愛くて可愛いのだ!持って帰りたい!」
「……なにそれ。貴方はもっと冷静で執拗で粘着質な男だったじゃない」
わお。夫人から見たフィザリス様はそんな感じだったのですか。それは確かに別れたいかも?
でもね。
「その頃ちゃんとお話はされました?」
「言ったわ!束縛は止めてほしいって!」
「拒絶ではなくて、会話してどこまでならお互いに許せるかのすり合わせをしたのか、ということをお聞きしていますの。
拒否しかしないのでは相手も頑なになるばかりですよ?だってそれは夫人の意見しか聞き入れないと言うことですもの。
でも、お互い考え方の違う人間なのですから、二人にとって丁度良い距離を探り合っていくべきだと私は思っております」
「そんな……、私が間違っていたというの?」
間違えたのは双方だと思いますけど。
だから私は日々頑張っておりますよ。恋に重きを置きがちなフィザリス様を程良く引き離すことに尽力しておりますから。
あら?体が浮きました。
デジャブです。どうやら久方振りにフィザリス様に抱き上げられたみたいです。
「フィザリス様?」
「どうして私を無視してそんな女とばかり話すんだ」
まさかのここで嫉妬するのですか。相手は女性、貴方の元嫁ですのに。
「だって貴方の心に傷を付けた方ですもの。
出来るなら、その傷を取り除いて差し上げたかったの」
「ミモザ!やはり公爵て「いえ、子爵家に帰ります」
それはそれ。これはこれです。
今一線を越えたら即行で孕まされそうで絶対に嫌ですもの。妊婦のため式も中止だと言って軟禁されるまでがセットでしょう?
種付け→妊娠→出産→種付け→妊娠という恐怖の監禁ループが繰り返されないように、私としても色々と準備が必要なのです。
「ではミルズ伯爵夫人、ごきげんよう」
仕方がないので馬車までは大人しくしておきましょうか。そこそこ距離があるので頭を冷やしつつ、体力を減らしておいて下さいね。




