11.恋≒賭け事
あれからフィザリス様は少し変わられました。と言ってもまだ二度しか会っていなかったので、変わったのか落ち着いて普段通りに戻ったのかは分かりません。
ですが……ん~~、真っ当な婚約者になった?そんな感じです。
この3ヶ月の間、週1の恋文と2週間に一度の交流会。お会いしても突然抱き締めたり匂いを嗅いだり舐めたりはして来ません。
「最初が強烈過ぎて少し退屈です……」
駄目なわんこの躾教室が無くなったのが痛い。
あのおかしな遣り取りが案外楽しかったのだと最近気付いてしまいました。
もしかして、一目惚れの熱が冷めたのかしら。
…………なるほど。もしそうなら婚約は解消した方がいいのかもしれません。
「というわけで、私達お別れしましょうか?」
「ぶっ!」
やだ、ばっちいわ。ゲホゴホと噎せているので仕方無くハンカチを差し出しました。
「大丈夫ですか?」
「……まったく大丈夫ではないよ、何がどうしてお別れだなんてことになったのだ」
「え?一目惚れ月間が終了したのかと思ったのですけど違いました?」
好かれてもいないなら、公爵家など面倒なだけかなぁと思えてしまったのですよね。
「…やはり君は私を好きでは無かったのだな」
「私はゆっくりと恋をしましょうと言いましたわ」
「ああ、そうだな。私を好きだとは一度も言っていないか」
「私は共に進みたいと言いました」
「……ああ」
「私は、ありのままのフィザリス様でいて欲しいとお願いしました」
「……ん?」
「ですが、最近のフィザリス様はただ形だけの婚約者に成り下がりましたわ」
ほうっ、とため息を吐いてしまいます。
「え?」
「はっきり言って最近の偽物紳士なフィザリス様は、何の魅力もありませんの」
「え!?」
何が『え』なのかしら。私のお願いを悉く無視なさっているくせに。
「私は吹けば飛ぶような軽い愛は悲しいと言いましたわ。ですが、今の貴方からは当たり障りの無い程度の愛情しか感じません。
この程度の愛ならば、家格差もあるのですから無理に婚約を続ける必要はありませんでしょう?」
あらあら?フィザリス様が凄いお顔になっていますわ。
「………待ってくれ。……その、恥ずかしいから止めて欲しかったのでは?」
「嫌ではないとお伝えしたはずですが。ただ、すべてを受け入れることは出来ないと申しただけです。
すべてが嫌で我慢できなかったのは別れた奥様達ですよね。私を同列にしないで欲しいのですけど。
何故私の話をスルーなさるのか教えて下さいますか?」
何故お顔さえ知らない方々と混同されねばならないのでしょう。ちょっと業腹です。
「………私は……また間違えたのか?」
「何が『また』なのでしょう。それこそ『また』元嫁達と交ぜて言ってます?」
よし、帰りましょうか。残っていたお茶をコクコクと飲み干し徐に席を立つと、
「……え?」
「ごきげんよう、さようなら」
ニッコリと微笑んで別れの言葉を口にしました。
「ま、待ってくれ!」
「お断りします」
拒絶の言葉を聞いて、この期に及んでまだオタオタしているので本気で帰ることに致します。
あ、馬車が無いわ。今日もフィザリス様が迎えに来て下さったのよね。
「辻馬車は何処に行けば乗れるのかしら?」
ん、ん、ん。少し悩んでいると、バタバタと足音が聞こえます。
「ミモザ!」
お馬鹿がやって来てしまいました。
「どうされました?」
「すまない、私を捨てないでくれ」
「女ならばすべて同じに見えるようですし、それならば他の方でも良いのではありませんか?」
ツンとすまして視線も合わせずに伝える。これでも本気で怒っているのですよ。
「本当にごめん、そんなつもりではなくて」
「では、どんなおつもりだったのかを30文字以内で答えて下さいませ」
「え、え?30……えっと、き・み・に・ま・で・き・ら・わ・れ・た・く・な・く・て」
「はい、アウトです。君にまで、という言葉が既に元嫁達とひと括りにしているではありませんか」
「………ごめんなさい」
「ごめんで済むとお思いで?」
「では、どうしたら許してくれる?」
「どうして許して欲しいのですか」
「……君のことが好きなんだ。別れたくない」
久々に垂れ耳が見える気がするわ。
気持ちはまだあったのだと、少しホッとしてしまいました。
「貴方が元嫁達に未だに翻弄されている姿を見るのはあまり楽しくありませんの」
私の言葉にぱあっと表情が明るくなるのが腹立たしいです。
「ミモザが嫉妬している……」
「違います。余所見をするのは失礼だと申しているのです。浮かれないで下さいませ」
「抱きしめてもいい?」
「絶対に嫌です。今触れたら本気で叫び声を上げますよ」
何故すぐに許してもらえると思うのかしら。
「私は本当に何も持っていないのです。
それでも貴方の愛があるならと覚悟を決めましたのに、それを翻されたらどうやって生きていけばよいのか分からなくなりますわ」
「ミモザ……」
愛ある結婚も良し悪しですわね。相手の気持ち一つで幸せが覆るかもしれないなんて博打もいいところな気がして来ました。
「不安にさせてすまない」
不安ではなく不快ですよ。もしくは不愉快。
「でも、君を手放してはあげられないんだ」
「ならば、そういうお顔をなさいませ」
「……いいんだね?」
「程度に関しては今後要相談でお願いします」
「そうしたら君も好きになってくれる?」
「前向きに検討致しますわ」
ようやく薄ら笑いが消えました。
物語で王子様が平民の娘に惚れる理由が分かった気がします。隣に立つ人には素の感情を見せて欲しいものなのですね。
お父様ごめんなさい。娘はギャンブルに手を出してしまったようです。




