1.求婚状が届きました
「公爵様と結婚……私が?」
まあ、何ということでしょう。
私など、平々凡々の小娘ですのに。
「どなたかとお間違いなのではないかしら」
「ミモザ、気持ちは分かるがこうして求婚状が届いているんだよ」
お父様が見せて下さったお手紙には、確かにミモザ・クレイトンと書かれています。
「本当に私の名前ですわね」
ですが私は子爵令嬢です。公爵家に嫁ぐなど無理だと思うのですけど。
公爵家と子爵家では求められるものが違う為、受けてきた教育だって違うはず。私などではご迷惑にしかならないと思うのです。
「うーん、とりあえず一度お会いしてみてはどうかな。会わずにお断りはさすがに出来ないよ」
「そうですよね、お顔を見れば間違いだと気付いてくださるわよね」
だって私は先日デビュタントを終えたばかりで、殿方の目に触れる機会などほとんどありません。
どちらにしても一目惚れされるほどの美貌も持ち合わせてはおりませんし、我が家は資産家でもない、そもそも領地を持たない宮廷貴族。公爵様にとって何の益も無い存在です。
「ところで公爵様はおいくつなのかしら」
「確か、20…8?9?まあ、そのくらいかな。
精悍なお顔立ちの美丈夫でいらっしゃるよ。ただ離婚歴のある方なんだ」
思ったよりも年上です。それに離婚歴有りですか。
「お相手は?」
「お一人目がファロン侯爵家のご令嬢。お次の方がメラー伯爵家のご令嬢だ。お二人とも今では別の方と再婚なさっているな」
「あら。2度も?お子様は?」
「いや、お子は授かっていないはずだ。あと、離婚理由がなぁ……」
「お父様は理由までご存知なのですか?」
「当時話題になったからね。その、少し愛が重い?らしいんだ。なんでも束縛したがるそうでね」
「まあ。でも放置されて浮気三昧よりはいいと思いますけど」
束縛ねぇ。されたことがないから分からないわ。何時までに帰って来なさい!とかかしら。
「でも、お父様はお嫌いではないのよね?」
「恐れ多くて嫌いだなんて言えないよ。ただ、とても優秀な方だし、それ以外では悪い噂は聞かないね。離婚の理由も噂だけで、実際のところは分からないから」
「分かりました。では一度お会いしてみますわ。間違いであればそれでよし。もし本気なら……あら?お断りは難しそうですね」
だって公爵家からの申し出をお断りだなんて出来ないのではないかしら?
「ん~~、考えても仕方がないですよね」
ミモザはどうしてこうも呑気に育ったのだと、後でお母様とお兄様に呆れられました。
お母様は急いでドレスを探さなくてはと大慌てです。
手持ちのドレスでは駄目なのかしら。
でも、初めての求婚状です。間違いだとは思うけど、せっかくなのでこのドキドキ感を楽しんでおきましょう。
♢♢♢
「ミモザ嬢。プロポーズを受け入れてくれてありがとう」
……あら?いつの間に受けたことに?
とりあえずお話を聞く為にこの場を設けたはずなのですけど。
ちらりとお父様を見るとお顔が引き攣っています。どうやらお父様も困惑しているみたい。
公爵様は確かにとっても美丈夫でいらっしゃいます。
艷やかな黒髪に深い海の様な瞳。涼やかな美貌というのかしら。背も高く、鍛えていらっしゃるのか、しっかりとした体付きで、見た目はまず100点満点です。
ですが中身に問題がありそうですわね。
「あの、公爵様」
「どうかフィザリスと呼んでくれ」
「ではお言葉に甘えまして。フィザリス様、なぜ私を選んで下さったのですか?」
ここは直球勝負です。だってハッキリ言わないと誤解してしまうタイプな気がしますもの。
「お恥ずかしながら、デビュタントでの姿に一目惚れをしてしまったんだ」
「まあ、本当に?」
一目惚れで即プロポーズ?大丈夫かしら、このお方。だから2度も離婚したのでは?
「……ミモザ、口から溢れ出てるよ」
「あら?」
心の中で留まらず、口に出してしまったようです。
「大変失礼致しました」
「………いえ、離婚したのは本当なので。だが!軽い気持ちで言っているのではないんだ!
今までは両親の選んだ相手との結婚で私が選んだわけではないので勘違いしないで欲しい」
ということは、恋愛結婚でもないのに束縛していたと?その方が余計に問題がある気がします。
気持ちの無い妻に束縛。では、愛があったら監禁とか?うふふ、そんなのは物語の読み過ぎですわよね?
「そうなのですね。ですが、私はまだ16歳と未熟で、公爵夫人として務まるとは思えませんが」
「いまでも妻がいなくとも困ってはいない。
貴方はただ私を愛してくれればそれでいいよ」
まあ、すごい。何というか愛がダダ漏れ?一目惚れでここまで愛情過多になれるとは、確かに愛が重い方なのかもしれません。
「では、婚約から始めませんか」
「……私との結婚は嫌なのですか?」
「私、殿方とお付き合いをしたことがありませんの」
「よかったです。いたらとことん社会的に追い詰めるところでした」
……何やら物騒な台詞が聞こえましたが無視しましょう。
「ですから、恋に憧れているのです」
「恋、ですか。それなら結婚してからでも!」
「どうせお式を挙げるなら、最高に幸せな気持ちで臨みたいですもの。
フィザリス様、私とゆっくり恋をしませんか?」
「ぐっ…、可愛いい……これは早く手に入れて屋敷に囲った方がいいのでは?」
囲う?冗談のつもりがまさかの大正解なのですか?
こーれーはーちょおっと問題有りですわね。
でも……なんだかお断り出来る雰囲気では無い。というか既に結婚する気でいらっしゃるし。
さて、どうしましょうか。
「フィザリス様、私、恋文が欲しいです」
「……こいぶみ」
「はい。貴方からのお手紙を読んで、次にお会いできる日を切なくもドキドキしながら待つ!というシチュエーションですわっ」
これならば屋敷に囲っては出来ないことでしょう!
「……ミモザが、私に会える日を待つだと?」
まさかの呼び捨てですか。まあ、いいですけど。
「ええ!どんな服を着ていこうか、貴方の好みはどんなだろうかとワクワクドキドキしながら考えるのですよ。素敵でしょう?」
「書きます!戻ったらすぐに書いて送ります!」
「まあ嬉しい。では婚約成立ですわね!」
「……ん?」
とりあえず即結婚は免れました。
「お父様、それでよろしいかしら」
だってお断り出来そうにありませんし、せめて婚約期間を長くせねば!
見目は良いですし、地位もお金もある。
ならば、中身が多少変でも愛があるだけ素晴らしいと思うことに致しましょう。
「……お前がそれでいいなら」
あら、お父様が一気に老け込んだ気がします。
ファイトですわ!そのうちお義父様と呼ばれるのですから。