かしましの理由
ドレッドノートらグリブに任せた。
独自のルートで、俺達の足が付かないままプラント中枢まで引き渡すらしい。
そうして俺達は、もぬけの殻となったアジトを乗っ取る事に成功した。
かなり奥まった場所にあり、当分は当局を気にして拠点を移動せずに済みそうだ。
奇襲を受けた時はどうなる事かと思ったが、結果的には黒字で助かった。
「ただいま。使えそうなスクラップを…あれ、みんなは?」
リビング予定の部屋に戻ると、エリナだけがソファで寝ていた。
「姉さんとミーナは畑。ウェリスはエルズペスと一緒に宝物庫の物色」
俺はスクラップを置くと、エリナの寝るソファの傍に立つ。
「てか、見事に女の子ばっかりになったわね。ドーナツホール。ま、予想はしてたけど」
「?」
「人間が元々男尊女卑の文化だったのよ。迷信も多いし、多分文明として成熟してなかったのね。それなのに突然シンギュラリティを迎えて一人勝ちしちゃったの」
エリナはスクラップの中の新聞を指差す。
獣人の政治家について載っていた。
「異種交配でも産んだ方の種族が引き継がれるから、亜人の男は成功が許されているのよ。逆に言えば、人間にとっての異種を産む亜人の女はむしろ有害。徹底的に迫害して、子供を産む亜人を減らさせてるのよ。そして数が雀の涙になったところで、奇病か何かって事にして絶滅させるつもりだと思うわ」
「酷いな…この世界はそんなに傲慢だったのか?」
「種族が統一されれば平和になるとでも思ってるんでしょ」
エリナはつまらなそうに足を組み、俺の前で揺らす。
「揉んで」
「…え?」
「あんたのために戦ってやってるのよ?たまにはなんか還元しなさい」
「ああ。そうだな」
エリナの、真っ白でしなやかな足に触れる。
確かに凄く凝っているように思える。
「君の言う通りだ」
ゆっくりと、その筋肉に指をめり込ませる。
「…ん。…もう長い事裸足なのに…なかなか硬くならないわね…アタシの足…」
「すまない…月人用の靴が、服よりも更に高価で…」
「気にしないで。アンタはよくやってるわ。まあそれはアタシも、みんなもだけど」
その時だった。
ガシャアンと言う音と共に、部屋にエルズペスが入ってきた。
両腕いっぱいにガラクタを持っている。
「見てみいこれ!このアジト、ガラクタばかりじゃ!」
今の彼女自身は、屑鉄や幾つかの鎧を継いで作った物を着ているが、既に腐食が始まっている。
魔人は魔人で、長期間肌に触れ続けた殆どの非生物を腐らせてしまう為、服を仕立てるには魔布と言う特別な素材が必要なのだ。
「おっと」
ガラガラと、つぎはぎ鎧の一部が崩れる。
かと言ってこれ以上グリブにねだるのも申し訳ない。
「見て下さいましー!何だか良さそうなものを見つけましたわぁ〜!」
次いでリビングに入ってきたのはウェリス。
大きな黒い銃を持っている。
銃型のアーティファクトは確かに珍しい。
ーーーーーーーーーー
ゼノパルサー
銃種:ライフル
・武器スキル
『双銃化』
『フィンキャノン』
ーーーーーーーーーー
「!?」
グギッ!
嫌な感触が手指を伝った。
「…ん…?…ふぎゃああああああ!」
じたばたし悶えるエリナ。
「わ…悪いグヘラ!?」
そのまま思い切り蹴り飛ばされてしまった。
「わああ!だだだ大丈夫ですの!?」
「ぐ…大丈夫だ…問題無い…」
「あら?足が軽い。ストラ!今のをもう片方の足にもやって頂戴!」
「はっはっは!犯罪組織にしては随分賑やかじゃのぉ!」
なんかもうめちゃくちゃだが、そんな事よりだ。
「ウェリス…それ、何処で」
「え?ガラクタの隅にありましたわよ」
「それはゼノシリーズ…アーティファクトの王様だ…」
「なるほど…よくわかりませんがすごい武器なのですわね!」
「すごいなんてもんじゃない…人亜大戦末期じゃ…それと核兵器の所有数を競うほどだった…」
売り払えば大金になる。
だが金を手に入れた所で、立派な犯罪組織の今の俺たちでは使い道が限られている。
それにライフルであれば、バランス型のウェリスに丁度良い。
「ウェリス、それは君が使ってくれ」
「え?何だかよく分かりませんが、かしこまりましたわ!」
新しい仲間。
新しい武器。
ゴールへは確実に近付いている、のかもしれない。
ガラガラと音を立てて、エルズペスの鎧が完全に砕けてしまった。
「およ。最近の鉄は質が悪いのぉ」
まずは彼女の装備が目下の問題だ。
はてどうした物か。
「確か魔布が必要なのですわよね…心当たりはあるのですけれど…」
「心当たり?」
グギッ!
「ふぎゃああああああああ!」
「わたくしがまだ家族をやっていました頃に聞いた事がありますの。冥王星を拠点に活動する独立共栄圏プルートスよ装備の裏地に、魔布が使われるようになったと」
「冥王星…確か、地球と同じ太陽系にあった筈。然しかなり辺境になるな」
ばたばたと言う騒がしい音と共に、庭からルナとミーナも帰ってくる。
「只今戻りました。リーダー」
「みてみてー!街からしんぶんしが飛んできたのー!」
ミーナが、嬉しそうに新聞を見せてくる。
デカデカと一面を飾るのは、
「冥王星から最高指導者が来賓。一部区画が限界体制…」
「あああああ!」
写真を、紫色の指がピシッと刺した。
指導者が着ている、鎧?
「これ妾のじゃ!」
「はぁ!?」
「あれが奪われたのは魔族領のあった地球の筈じゃが…ともかく許せん!」
ルナも新聞を覗き込んでくる。
「魔布はその頑丈さもさることながら、現代の技術でも再現困難な断熱性を誇るとされています。極寒の冥王星での活動に用いられたとしても、不思議ではありません」
冥王星の指導者が、エルズペスの所持品を着てプラントにやってくる…
カモがネギを背負ってくるとはまさにこの事だが、仮にも一国の長に、真正面から戦いを挑む事など可能なのだろうか。
「宜しいならば戦争じゃ!盗品を取り戻す為の、正当なる宣戦布告じゃー!」
§
<冥王星発人類プラント行きの船内にて>
行く所が無いのか?
なら、一緒に来てくれ。
マルバ様にそう言われた日から、今日で16年。
小さかった僕も、今やマルバ様の護衛を務めさせて頂ける程にまで上り詰めた。
「緊張しているのか?アリアンロッテ」
「はい。今にも心臓が破裂してしまいそうです」
「はっはっは。無理も無い。何せこれが、冥王騎士団筆頭としての初仕事だからな。…プラントは人類文明の管轄だ。決してヘルメットは脱ぐなよ」
「分かっています。マルバ様」
長らく俗世から隔絶された、冥王星とプルートス。
同じく人類文明としてプラントへ赴くと言うのに、獣人の女が幹部を務めていると知れれば外交は水の泡だ。
…大丈夫。
たった数刻、隠し通せば良い。
ほんの数刻、持ち堪えれば良いだけだ。
「見えました。あれがプラントです」
宇宙の真ん中にぽつんと聳え立つ、生物が生み出した中で最も大きな建造物、プラント。
方舟を模して作られた巨大なそれを初めて見た時。
不思議な感覚に陥った。
「…棺桶…?」
§
<そうして、来賓当日のドーナツホールに戻る>
自慢でも自虐でも無いが、俺は地味だ。
一応ドーナツホールのリーダーだが、ついに一度も顔が割れる事は無かった。
故に、こうして観衆に紛れて会場に居ても、騒ぎが起こる事は無い。
「ストラ様、本当に大丈夫でしょうか?」
傍にはウェリス。
彼女は一応指名手配犯だが、金髪に青い瞳の少女などそう珍しくもない。
彼女自身が人間であることも踏まえ、緊急用の戦力として同行してもらっている。
筋書きはこうだ。
もし冥王星の指導者が、エルズペスの鎧をまとって登壇したならば、俺とウェリスで同時に彼女に思念を送る。
それを合図にエルズペスが登場。
彼女の単独犯と言う事で、秘匿性を確保しつつ襲撃を実行。
あまりこう言う使い方はしたく無いが、人間含めほぼ全ての文化圏において、魔人は災害と同列の扱いなので、作為も感知されにくい。
正直かなり穴だらけの計画だが、エルズペスの能力の高さを信じよう。
やがて警備員が倍程に増え、プラント中枢より一人の男が出てくる。
白いマントを纏った中年の男、名をゴンドリ。
このプラントの最高指導者だ。
「諸君。今日と言う日は、我ら人類にとって新たな世紀の始まりとなるであろう」
もう一人、登壇する。
重厚な鎧に身を包んだ、同じく中年の男。
彼の名前はマルバ。
冥王星の主導者だ。
「…?」
エルズペスの鎧を着ていない。
と思ったら、彼の側近らしき物が、凄く大きな鎧の装飾としてくっ付けている。
「どうしますの…ストラ様」
「中止には早い…少し様子を見よう…」
側近らしき者も登壇した所で、公開同盟式が始まった。
「人類プラントの尊敬すべき代表団の皆様、そして我が冥王星の民よ。今日、凍てつく我々の星の地表に、新たな光が差し込まれる。太陽から遠く離れ、永遠の闇に抱かれたかの星で、私たちは数多の試練を耐え抜き、沈黙の中で知恵を磨いてきた。だが今日、私たちは孤立の時代を終え、人類プラントの皆様と共に、共に人類同盟として、宇宙の広大な舞台へと踏み出すのです」
不意に、マルバは側近のヘルメットを外した。
「!?」
現れたのは、小麦色の長い髪と、獣耳。
不意に観衆からどよめきが巻き起こった。
「今日、私達は亜人の穢れより脱します」
「マルバ様…何を…」
「冥王星唯一の亜人を、今日この日を以て追放とします」
「な…ぁ…ぇ…?」
「今この瞬間、我々は弱さより脱却し、真なる人類同盟と成るのです!我らが新時代に亜人は不要!」
大歓声。
違う。
こんなの、強さなんかじゃ無い。
「出てけー亜人ー!」
「地球に帰れー!」
ブーイング。
亜人の少女は、懇願するような目でマルバを見る。
「ま…マルバ様…!」
「聞こえなかったのか。お前は追放だ!」
「な………」
そのまま、少女はマルバに台から蹴り落とされた。
「……戻るぞ……」
「………」
何も、言えなかった。