砂嵐の向こう側
祖父の訃報を受け、僕は父さんと二人で田舎の家を訪れた。祖父が暮らしていた家は、山あいの集落のはずれにひっそりと佇んでいた。古びた木造の家は、長い間手入れがされていなかったようで、庭の草木は伸び放題、瓦屋根は苔むしていた。
玄関を開けると、懐かしい畳の香りと、かすかな埃っぽさが混ざった空気が鼻を突いた。
「じいちゃん、本当に一人でこんなところに住んでたんだな……」
僕は自分の声が異様に響くのを感じた。隣には疲れた表情の父が立っている。祖父が亡くなってから二週間。初七日を終え、ようやく遺品整理に来ることができた。
「忠行、こっちの部屋から始めよう」
父は居間へと歩いていく。僕たち家族は東京に住んでいて、祖父の家には僕が小学生の頃に一度だけ訪れたきりだった。祖父は僕たちが都会に住むことを嫌い、めったに会うことはなかった。
「何から片付ける?」
「まずは形見分けするものを探して、あとは処分だな」
父は淡々と言った。二人で黙々と箪笥や本棚を整理していく。古い着物や書類、使い古された茶碗など、祖父の生活の痕跡が次々と現れては、段ボール箱に収められていく。
夕方近く、座敷の隅に古いテレビとビデオデッキが残っていた。埃をかぶっていたが、コンセントは差し込まれたままだった。
「懐かしいな、こんなブラウン管テレビ」
父が作業の手を止めて近づいてきた。テレビの横には段ボール箱一杯のビデオテープが積まれていた。
「何が録画されてるんだろう」
僕は好奇心から一本のビデオテープを手に取る。古びたテープには、見慣れぬ文様が刻まれたシールも貼られており、祖父がこっそり残した秘密のような気配を感じた。
ビデオデッキに差し込むと、それは、昔のテレビ番組の録画だった。しばらくすると、番組終了のシーンが流れ、やがて画面は砂嵐へと変わった。
「うわ、懐かしい。今のテレビじゃ絶対見れないよな、この砂嵐」
父は懐かしそうに目を細めた。砂嵐の画面を眺めていると、僕はふと、それがQRコードのように見えることに気がついた。
「ねえ、父さん。これ、QRコードみたいじゃない?」
面白半分でスマホを取り出し、砂嵐の画面にカメラを向ける。すると、驚いたことに、スマホの画面にQRコードが認識された。僕は好奇心に駆られ、そのリンクをタップした。
画面が切り替わり、現れたのは見たこともないウェブサイトだった。文字化けしたような文字列が並び、その下にはランク表示と「解放する」というボタンがついたリストが表示されていた。
ランクはS、A、B、Cと分類されているようだ。
「なんだこれ?ゲームサイト?」
僕は好奇心から、ランクSのものから順にタップしてみた。「解放する」ボタンを押すと、一瞬だけ画面がフラッシュする。特に何も起こらない。
「遊んでないで、さっさと片付けるぞ」
父に促され、僕はスマホをポケットにしまった。あとは電化製品を処分業者に引き取ってもらうことになり、その日のうちに片付けを終え、祖父の家を後にして東京へ戻った。
翌日から、日本各地で奇妙な現象が発生し始めた。
インターネットのニュースサイトには、不思議な見出しが並んだ。
「京都の寺で謎の炎、原因不明の火災」
「富士山麓で奇怪な生物の目撃情報相次ぐ」
「鎌倉の海岸に巨大な足跡、専門家も困惑」
この奇妙な現象は、次の日も、その次の日も続いた。日本各地で説明のつかない現象が報告され始めたのだ。
テレビでは、これらの現象を「異常現象」と呼び、専門家たちが原因を調査している様子が繰り返し放送されていた。
一週間後、政府は緊急記者会見を開いた。内閣官房長官が厳しい表情で発表する。
「現在、全国で発生している一連の異常現象について、我々の調査チームは、その原因が『妖怪』や『物の怪』と呼ばれる存在によるものだという結論に至りました」
テレビに映る政府の発表を、父は信じられないといった表情で見つめていた。その時、父は何かを決意したように口を開いた。
「忠行……」父の声は震えていた。「お前に話さなければならないことがある」
僕は不安を感じながら父を見た。
「実は、我々の家系は……陰陽師の末裔なんだ。お前の祖父は特に力が強く、全国の妖怪を封印する役目を担っていた」
その言葉に、僕は一瞬言葉を失った。これまで家族について語られることは少なく、ただ静かに暮らしているという印象しかなかった祖父が、陰陽師の末裔だという事実は、信じがたいものだった。
「え……?陰陽師?何それ……」
僕は頭が混乱した。陰陽師といえば、平安時代の貴族とか、映画やアニメに出てくるような存在だと思っていた。それが、まさか自分の家系に関係しているなんて……。
父の表情は真剣だった。僕は一週間前、祖父の家で見たビデオテープのことを思い出した。砂嵐の中のQRコード、謎のウェブサイト、「解放する」ボタン……全てが繋がった。
「もしかして、僕……」
「そうだ。お前が解放してしまったんだ。ご先祖様たちが生涯をかけて封印した妖怪たちを」
テレビでは、各地の異常現象の映像が次々と映し出されていた。空を飛ぶ傘、道を歩く提灯、池から這い出る河童…。
「でも、どうして僕がそんなことできたの?」
「血筋だ。我々の血を引く者だけが、封印を解くことも、新たに封じることもできる」
「じゃあ、また封印すればいいんじゃ……」
父は苦しそうに首を振った。
「私もお前も、その力の使い方を学んでいない。我々には、もう封じる術はないんだ」
僕たちは再びテレビ画面に目を向けた。
テレビの画面には、相変わらず異常現象のニュースが流れ続けている。僕は、無力な自分を呪いながら、ただただテレビ画面を見つめることしかできなかった。
砂嵐の向こう側に、何がいたのか。そして、これから何が起こるのか。僕には、何もわからなかった。