隣国の王様に一目惚れしたある我が儘王女の顛末
ある日、視察という名目で、隣国リアイラブル王国の未婚の王様が、沢山の臣下を伴って我スライ王国へとやってきました。
お父様と王国の方針により、成人していないワタクシは、同じ場で挨拶をすることが許されず、別室に待機させられていました。
しかし、他国の王族がやってくるなんて初めての事。
好奇心が抑え切れずにこっそり覗きに行きましたわ!
途中、身の程知らずな侍女に邪魔されましたが、その侍女はクビにすることで覗きにいけましたの。
お父様であるスライ王国の王の対面に座ったその王様は、十代後半くらいの、とても見目麗しい方でした。
その方はまるで絵画から抜け出たような目鼻立ちのしっかりとした色男で。
身長も高くがっしりしており、高級で肌触りの良さそうな服を品よく着こなすスタイルの良さも、常に笑みをたたえている口元も、出されたお茶を飲むその仕草も全て、品格の高さが良く理解できました。
この王国にはいないタイプ。
正に、生まれながらにしての王族。
と言った佇まいは、ワタクシのハートをいとも簡単に撃ち抜いてしまいました。
「あの方はワタクシの王子様ですわ!絶対に結婚しますわ!」
と、心に強く決めました。
だってワタクシほど美しい女性はこの王国にはおりません。
見たことはありませんが、他国においてもそれは変わらないと断言できます!
この貧乏ったらしい王国内で、これほどまでにきちんと手入れされた髪。そして、スラリとした手足に、男性が好むはずの胸だって大きく、ウエストもしっかりくびれた美しいスタイルを持った、ワ・タ・ク・シ。
常に贅を尽くした美しいドレスを身に纏い、美しい物に囲まれた恵まれた生活をしていますから、持参金もたっぷり持って行く予定。
あのお方に、不自由はさせませんわ!
顔だって誰よりも美しいと言われて育ってきましたし!
ずっと不思議に思っているのは、この王国では、このワタクシの完璧とも言えるスタイルの良さが全く通用しないと言う点。
ワタクシの潜在意識としては、ボンッキュッボン!のこのナイスバディは、男性からみたらむしゃぶり付きたいほど魅力的に映るはずなのですが。
ワタクシの食指が動く殿方には、全くもって通用しないのです。
何故なのでしょうか。
全くタイプではない気色の悪い男性や、お父様のような支配欲の権化のような男性には何故か通用するのに…。
何が違うのでしょう?
この感じからすると、隣国の麗しい私の王子様にも通用しないのかしら…。
いえいえ!あれほどの美しい方ですもの。
相手にしたい女性の理想が高いからこその未婚なのですわ!
ワタクシこそふさわしいですわ!
あの方が数日にわたってこの国の時計の視察をしている間、ワタクシは出来る限りあの方を陰から見ておりました。
一度その声を耳にする機会がありましたが、そのお声だけで天国に逝ってしまうと思えるほどのイケボでしたの!
「きゃぁ!思い出してしまいましたわ!」
もっとあのお声を聞いていたかった…。
その視察終えて隣国の一行が帰国してから、父に突撃しました。
バァンッ!
「お父様!あの方、アライラブル王国の王様のお名前を伺ってもよろしくて?あの方は私の求めてきた王子様そのものです!絶対に結婚させてください!!」
「はぁ。リアイラブル王国な。隣国の名前くらい覚えなさい。はぁ。」
スライ王国の王は自分の娘の記憶力の無さというか、教育が行き届いていない事を疎ましく思ってため息をついた。
それでも可愛い娘にだけは強く言えないのだ。
「国の名前など、上が変われば変わるのですもの、覚えるに値しませんわ!それよりもあの方のお名前です!」
「国の名前も覚えていなければ王族の名前も覚えられんのか!最低限でも外交があるのだから、学び直してこい!」
王がそう言うと、心得たとばかりにそばに控えていた王女用の護衛の二人が、王女の両脇を抱える。
「ええ!ひどい!お父様ー!あの方のお名前をーー!」
ずるずると引きずられ部屋から追い出される王女。頭を抱えて嘆く国王。
「はぁ。頭が痛い。」
自分の直系の子供は、残念ながらこの頭が少し足りない、贅沢と恋愛ばかりにかまけている娘が一人だけ。
見目の良い男性を見れば、結婚するだの自分の求めてきた王子様そのものだと大暴れしては、『運命の相手』だとか、『決まった運命』だとか、『私ったらお伽話の主人公のようだわぁ』など…意味不明なセリフを吐いて、相手にも自分にも迷惑をかけるのだ。
毎回毎回、醜聞にならないよう裏から手を回すため最大限耳を傾けているのだが、今回の相手はトップで迷惑をかけるわけにはいかない相手だ。
強く言わねばなるまいて。
この国の中の貴族であれば揉み消せることも、他国の王族となればそうもいかない。
とはいえ、既にこの王国内の貴族や金のある商人にはやらかし終えている。
娘の婿としては今一つ足りていなかったため、金を握らせて黙らせるか、裏から手を回して商売を立ち行かせなくして処分した。
「もう、国内であの娘を引き取ってくれる男は居ないのは事実。リアイラブル王国の王は裏も読めぬような単純そうな男だったし、娘を引き取らせるのに最適か。」
そばに控えていたこの王国の宰相が、そんな王の呟きに待ったをかけた。
「お言葉ですが、隣国リアイラブル王国は、この王国とは違い “精霊の加護が届く国“ と言われております。王族に、失礼ながらあの我儘王女が入ればあの国が荒れ、この国にも天罰が下るやもしれません。」
「精霊だと?」
伝説として、この星には精霊と呼ばれる存在がいるとされているらしい。
らしいと言うのは、この国内においての目撃例はないし、国の歴史上居たとの話は聞いたことがない。
もしいるなら、この王国に光でも届けてくれたら良いのだ。そうしたら信じてやらんこともない。
「バカバカしいにも程がある。精霊などおらぬわ!そんなものを信じているから、あの国の技術力はさっぱり上がらんのだ。」
「はっ!」
宰相は先日王から鞭打たれた背中が痛むのを我慢して引き下がる。
進言したところで話はいつも聞いてもらえない。
無理して発言したところで、手を上げられたら痛いのは自分だけだ。
それなら言う必要はない。
とりあえずの外交として、他国の情報は手に入れてはいるものの、宰相自身だって精霊はなんぞは信じていない。
あの国はこの王国と違って太陽というものが顔を出し、植物が外でも育つという。
何をバカな。と思う。
太陽がなんぼなものか!こんな不毛な大地に植物が育つはずがないではないか。この国よりも室内栽培がうまく行っているのだろう。何か素晴らしい技術を持っているに違いない。
あの国に限らず他国の情報はなかなか手に入らない。間諜を忍ばせるのだが、何故かその間諜がほとんど戻ってこないのだ。
間諜だとバレて処刑でもされているのだろう。
うちの間諜は腕が良いはずなのだが…。
今回の視察の打診があった際、こちらとしてはその栽培方法を探ろうという目的があったため受け入れたのだが、あの王はのらりくらりとかわし、室内栽培の情報を一切漏らさなかったのだ。
あの腹黒め。パッと見は単純そうな男だが、一応は王族としての強かさも持ち合わせているのだろう。
少しでも話してくれたら、あちらの欲しがっていた時計の技術提供もやぶさかではなかったのだかな。
今回の視察は互いに得られるものは無かったはずだ。
「娘は可愛く育ったが、散財が酷くて財務相から悲鳴が上がっておったな。」
王は宰相に聞こえるように話すが、宰相は口を出さない。
「もうこれ以上財政を圧迫したら、国が滅ぶとも限らん。頃合いだな。友好関係を結ぶのにあの子を差し出して、食材の輸入を増やしてもらうとするか。」
娘を他国に一番高く売り渡す算段をし始める。
「まぁ、うちの娘は見目は良いのだ。気に入らん男などおらんしな。輿入れして結婚式まで大人しくしていろと言い含めたらどうにかなるだろう。隣国は精霊に誓った結婚は反故に出来ないというからな。」
王女が好きになってきた歴代の男性からは、嫌われて結婚に至らなかった事は、周囲が王の耳に入れていない。
入れたが最後、有益な資産を生む貴族のクビが飛び、国が滅びに進んだだろう。
周囲の者はそれが解るからこそ、王の耳には、
『王女がやっぱり嫌がったから。』
と言うことにして破談に持ち込んでいた。
王女側の都合により破談にするため、裏から手を回していたに過ぎないのだが。
とはいえ、暴君で娘を溺愛する王ならば、王女が相手に受け入れられなかったと聞かされたところで信じなかっただろうが。
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「もう!名前くらい教えてくださっても良いのに!」
私を溺愛しているお父様にしては珍しく、怒っているように見えましたが、腹の虫の居所でも悪かったのでしょう。
「姫様、こちらを。」
侍女が一冊の教科書を持ってきて、目の前に置く。
「まぁ!ワタクシに勉強しろとでも言うの!?」
バシッ!!
置かれた教科書をつかんで侍女に向けて投げつける。
上手く体に当ててやりましたわ。
「必要なとこだけ読み上げなさい!」
「し、失礼致しました!」
しっかり躾けてやらなければなりません。
全く、何年ワタクシに付いているのかしら。
ちらりとその侍女の顔を見て、あれ?と不思議に思う。
こんな顔していたかしら?
こんな髪色だった?
あぁ、先日あの侍女を国外追放したんでしたわ。
だってアライアブル王国のあの方を見に行こうとして、止められたんですもの。
あのブサイクは何の権限があってワタクシの前に立ちはだかったのかしら。
身の程を知らないバカな女でしたわ。
今頃魔獣に殺されているか、運良く国外に出たとしても、のたれ死んでいるでしょうね。
この草木の育たぬ荒れた地に放り出される事以上の苦しみはありませんもの。
「姫様、何をお伝えしたら…。」
おずおずと申し出る侍女にため息も漏れる。なんて頭の悪い女なのかしら。
「アライアブル王国の国王の名前です。」
「ア、アライ、ラブルオ、ウコク?あ、はい!リカード・リアイラブル様です!」
それって何?と言う顔をした後、心得たとばかりに教科書も開かずに胸を張って答えた新しい侍女。
なんです?知ってて当然と言う顔をして、腹立たしい!
「もう出て行きなさい!貴女もクビよ!」
「え!そんなっ!」
知りたい情報は手に入ったけれど、全く腹立たしい!
控えていた先程の護衛の二人が侍女を引きずって部屋を出たおかげで、ギャーギャーと騒いでいた侍女の声が遠ざかっていった。
パタン。
「はぁ。あの方はリカード様とおっしゃるのね!リカード・アライラブル様…。名前まで素敵。絶対に手に入れるわ!あの方の横はワタクシ以外似合わないのだから!」
国王であるお父様の子供はワタクシだけ。
あの方は隣国の国王なのだから、王配としてきてもらうわけにはいかないわよね。
ワタクシが他国に嫁入りしてしまえば、この王国の次の国王は誰になるのかしら?
「まぁ、遠縁の従兄弟がやれば良いわ。お嫁入りするワタクシには関係ありませんものね!」
そんな事はお父様が考えることだわ。
ワタクシがあの方の隣にあるために、何をすべきか考えなくちゃね!
こう言う時にアイデアをくれた侍女はクビにしてしまったし、宰相にでも相談しましょっと。
「あ、でもその前に、そろそろ私に相応しい真っ白な馬車が仕上がってきた頃かしら?工房へ行って確認しなくちゃ!」
頭が少し弱い王女はそこそこ見目の良い護衛を伴って工房へ向かうのだった。
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カタン。
屋根裏に続く穴が開かれる音がして、宰相はそちらに顔を向ける。穴から顔を出したのは、半年ほど前に外国の様子を確認に行った間諜の一人だ。
サッと降り立ったその間諜は、顔を半分隠しているのに、見たこともないほどツヤツヤとした顔色なのが見てとれた。この間諜に一体何があったのか。
いや、それよりも半年もどこで何をしていたのか。
「死んだかと思っていたぞ?」
他国には月に数人送り続けているが、戻ってくる者はほとんどいない。おそらく食べ物が無くなって死んだり、魔獣にやられたり、他国に捕まって拷問されて殺されたりしているのだろう。
魔獣。
外には魔獣と呼ばれる魔牛が時々現れる。
あんなものに出会ったら争う術なく殺されてしまうだろう。
腕の立つ者が時々魔獣を狩り、魔獣が守っている鉱石を採ってくるが、あれは特別な訓練をしているから成せるだけだろう。
それに、時々大きな地震に見舞われるため、この王国の建築物は要塞並みに堅牢で、ほとんどの建物が繋がっている。
そして最大のネックが、この星の大地は不毛だと言う点だろう。室外では何も育たない。
時計がなければ今が夜なのか昼なのかすらわからない暗闇の大地だ。
それゆえに国内の人間は色が驚くほどに白いのだが、戻ってきた間諜は一瞬誰だか解らないほど黒くツヤツヤになっている。
汚れているのか?でも顔色は良さそうに見えるが?
宰相は疑問に思うも、間諜からの報告待ちだ。
「なかなか戻れず失礼しました。」
片膝をついて頭を下げる間諜。
「で、他国の経済はどのようであったか。いや、他国には入り込めたのか?」
「はい。どうにか国外に出られまして、産業の確認をして参りました。」
間諜に言われて気がつく。
そうだ。この者は産業に対する調査で国外に出たのだと。
「して、この国よりも進んだ産業はあったのか?」
「いいえ。時計は無く時間の感覚は腹時計。家も新しく作られることがなく、古い物を使い回しており、魔道具産業やガラス産業もこの国に及びませんでした。」
間諜は調べろと言われた事と聞かれた事以外は口にしてはならないと教育されている。
そのため、この国を出たら太陽の光がさんさんと降り注いでいる事、木々や草はそこら中に生え、この国のように食べ物に困ることはない事、地震はほぼないから木造住宅で何ら問題もない事、半年楽しく遊び暮らしていた事、この報告を終えたら、他国で暮らす算段がついている事などは一切伝えなかった。
「ほう。ならば、うちの我儘王女を押し付けても問題はなさそうか?」
「姫様、でございますか?」
間諜はしばし考える。
この国には既に愛着は一切ない。アホな暴君の下で働く意味も意義もない事が分かったからだ。
他の間諜達は、皆国外に出て同じように感じるらしい。ひもじい思いをし、痛い思いをし、意味のわからぬ虐待を受けるこの国に帰る事を選択はしないのは当たり前だった。
他国には、食べ物が溢れ、しっかりとした仕事もある。そして皆、心の底から優しいのだ。
この生まれた国の人間の中にも優しい者もいたが、優しい者は搾取される側に回ってしまう。
強く、残酷に、狡賢くいなければ、この国では生きていけないのだ。
自分も戻ってくるつもりは無かったが、間諜として外国に出される者が沢山戻らない事で、まだ外に出せるほど育っていない若い者達が出される事が増え出したのだ。
このまま放置しておけば、魔獣にやられて死ぬだけだ。
ならば、自分が一度戻り、外に行く必要がない事を知らせねばなるまい。
そんな少しの正義感だけで戻ってきたわけだが。
あの姫様を他国に?
問題しかないだろう?
しかし、国内に置いておいても良いことは一つもない。
隣国リアイラブル王国には、伝説がしっかり根付いていた。
つまるところ、
精霊の加護のある隣国では、王族の気性が穏やかであれば、王国自体が穏やかに。
気性が激しいものが王族に1人でもいれば、その人数とその強さに応じて、同じ気性のものが国内に現れるというのだ。
にわかには信じられないが、この現象は精霊の加護が強ければ強いほど顕著に現れ、この世界の常識なのだと誰しもが話してくれた。
間諜はそれを情報として聞きはしたが、見ていない。精霊もいるのかどうか分からない。
自分の生まれ育った国にないものは、簡単に信じることは出来ないものだ。
それに、そんな曖昧な報告をあげたら地下牢に入れられてしまうだろう。
冗談じゃない。
よって間諜は伝えない。
隣国の住人達が言う伝説や常識がどうであれ、この生まれ育った国が今後どうにかなったところで、家族は既に殺されている。
どうなろうと知ったこっちゃない。
「姫様も喜ばれるかと思います。」
こうしてスライ王国側の意図は謀らずも決まったのだ。
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スライ王国の国王は、リカード陛下からの手紙を見て大喜びだ。
娘の処分…もとい輿入れが決まったのだから。
輿入れに伴い、友好関係の締結の内容の一つ、王女の持参金がとんでもない金額を提示され、非常に厳しかったが、結納金の代わりとして、沢山の見たこともない食料品たちが届けられた。
その種類と量が思っても見ないほどだった点と、今後娘が散財するだろう金額を弾き出し、損得を考えると、得しかない!
輿入れから婚約、結婚まで期間があるのは気になるが、王国の決まり事であると言われてしまえば仕方がない。
娘を説得しようじゃないか。
スライ王国の国王と宰相は、お荷物王女が片付くことが嬉しいのと、年若いリカードとリアイラブル王国の宰相を侮っているため、契約書のめぼしいところだけを斜め読みした。
玉璽を次々と押し、リアイラブル王国へ返送する準備を整えた。
「見目の良い男だったからな。見目の良い娘の絵姿を見て、欲しくなったのだろう。が、他にもっとスタイルの良い娘から縁談話が来て心変わりするとも限らん。それに、娘の性格を知られる前に…いや。こういうこと早いに越したことはないからな。」
と自分達の行動に意味を持たせ、文官に返送を頼む二人。
「友好関係を締結してしまえば、食料も安く輸入出来るようになるだろう。散財する娘も居なくなるし、良いことだらけではないか!」
スライ王国の国王はそう言って笑う。宰相も一緒に喜びたかったが、どこに怒りのスイッチがあるか解らないため、後ろで控えて真顔を保つ。
その後王女を呼び、先程読んだ契約書の内容をオブラートに包みつつ伝えることになったのだが、
「なんですの!?その、婚約から結婚まで一年と言う期間は!!その間アライラブル王国の在り方を学んでほしいですって!?知ってますわよ!」
やはり、一年の婚約期間に納得が出来ないようだ。
「いや、リアイラブル王国な?まだ覚えられんのか…。」
王女は国の名前を間違えて覚えていることを理解していないので、覚え直しようがない。
国王はイライラするが、娘の顔とスタイルだけを見て溜飲を下げる。
喋りさえしなければ、亡き妻に似てとてもタイプに育ったものだ。
と、ニヤニヤが止まらなくなる。
その父親のニヤニヤ顔が、王女には笑顔に見えた。
「その一年の間に愛を育むというやり方だそうです。つまり、婚約期間に恋人関係を楽しみたいと言うことなのでしょう。随分とロマンチックな王国ですな。」
文句を言うなと王女に伝えても無駄なのを知っている宰相は、夢見る乙女の王女に向かって口から出まかせな物語を作り出す。
二人の様子から、これは良い方向性の話なのだと解釈した王女。
「まぁ!リカード様ったら、ワタクシと恋人期間を楽しみたいと?いやですわ!嬉しすぎますわ!」
恋愛に関しては特にチョロいのだ。うちの王女は。
王女を上手いこと乗せ、リカードを誤魔化して結婚するか子供ができてしまえば、精霊に認められた結婚となり、もう離縁はない。あの王国はそういう王国なのだ。
その後どんなに本性を現して散財しても、暴れても、我儘を言っても、こちらに帰ってくることはないのだ。
「いいか?娘よ。結婚の誓約書に互いに記入するか、子供ができさえすれば、好きにして良いのだ。だから、それまでの間は、あちらの言う通りに生活するのだ。お前は素晴らしい娘なのだから、そんな簡単なことくらいは出来るな?」
父である国王も、娘を上げに上げて我慢するように伝える。
「勿論ですわ!ワタクシ、賢いですからね!素晴らしいですからね!しっかり一年間はあちらの言う通りに過ごしますわ!それくらい、ちょちょいのちょいですわー!」
うむ。どうにかなりそうだ。
と、スライ王国の王様と宰相は視線で会話をする。
大喜びの王女は、同封されたリカードの絵姿を渡された。
「まぁ!ワタクシの持っているものと違う絵姿ですわ!なんて素敵なんでしょう!」
と、胸に抱き、くるくると回る。
「あの、姫。リカード殿下は自分の妻には自分の好みの服や靴など、プレゼントしたものだけを身に纏って居てほしい方、との報告がございましたよ!本当に、なんてロマンス好きな方なのでしょうね!」
宰相は、暗に散財は我慢しろと伝える。
「まぁ!女性に対して支配欲がおありなのね!なんて素敵!解りましたわ!あちらでは、自分でデザインするのは止めますね!」
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どうにか王女の機嫌を損ねることなく、輿入れの日がやってきた。
途中で
やっぱり婚約から結婚までの期間を自国と同じ半年にならないか?
と、王女が勝手に書簡を隣国に送りつけたという事件があった。
リアイラブル王国の宰相から持参金を二倍と入国後の勉強時間を倍にするならどうぞ。と返事が来ると、王女はおとなしくなった。
金をどうにかするのは父親だから関係ないが、勉強嫌いの王女が二倍の勉強は耐えられなかったようだ。
さて、せっかくの輿入れなのだ。
使うことがないのに作られた王女デザインの夢の馬車を先頭にしたいと駄々をこねた。
王女はそれをこれだけは譲れないのだ!婚約から結婚まで一年も我慢するのだ、これくらいは許せ!と、ゴリゴリに押し通した。
「私たちもこの馬車に乗るのですか…。姫だけ乗るわけには?」
「護衛が何を言う。私だって乗るのだ。我慢しろ。」
一緒に乗らねばならない護衛も父である王様も、馬車を前に泣きたくなった。
隣で宰相は乗らずに済んでホッとしているのを、王様は睨みつける。
娘である王女は、これ以上はあり得ないという周囲の反対を押し切って作った、宝石をゴテゴテと貼り付けたドレスに、首や手首、耳など、あらゆる場所に宝石類を身に纏い、馬車を見て大喜びで入っていく。
かなりヨタヨタ歩いており、護衛に左右を支えられていたが、道中も大丈夫だろうか。
護衛たちも王様も宰相も、王女がデザインしているとは聞いていたが、初めて見るその馬車に茫然自失だ。
六頭立てのその馬車は、こんな天気の悪い真っ暗な世界なのに、全体が白く光って見えた。
よく見ると、この王国の一大産業であるガラスの粒が満遍なく張り付いていた。
そのガラス粒は、王女が散々口うるさく注文したことで仕上がった、キラキラと輝く最高級のフェイクジュエリー(ガラス)だ。
「「……。」」
それを貼り付けることに何の意味があるのか。
誰にも理解できそうにない。
正面から見ると、光り輝く円錐状に尖ったデカい角が、紫色に染められた御者用の雨除けからニョキリと生え、その左右には馬の耳も付いていた。
車体には左右対称に生えた謎の物体が四枚見えた。
馬車の後方にはフッサフサの白いポニーテールがキラキラと輝いて揺れている。
「馬に似せたかったにしても、謎の角と謎の白い大きな雨除けは一体何を現しているのでしょうか。」
宰相は王様に聞くが、王様だってこんなの知らない。
時々おかしなことを言う娘だとは思っていたのだ。
「かぼちゃの馬車だの、ぺがーさーす?ゆーにこん、だったか?子供の頃からよくわからん想像上の動物の絵を描いていたが、それに似ている気もする。」
娘でなければ、こんな物に散財しているのを目撃したら切って捨てるところだが、仕方がない。
これに乗って輿入れが終わればこんなことで悩むことは二度とないはず。
今少しの辛抱なのである。
この後、護衛と王様は馬車の中に入ることになるのだが、悲鳴が上がるのは出発してから間もなくのことである。
王女が作ったこの馬車は、“見た目も中身もメリーゴーラウンド“と、王女が名付けた馬車だった。
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さて到着したスライ王国御一行は、生まれて初めて太陽という物を見て、その眩しさに当てられた。
初めて見る太陽が、太陽だとは気が付けない。
強烈な光源であり、新たな攻撃かもしれないと、警戒レベルを上げた。
ほぼ目が開かない状態でリアイラブル王国の王宮へはいることとなった。
荷物を下ろす際も目を開けていられないスライ王国の者達は、荷物の検査も点検もリアイラブル王国の者たちに任せるしかなかった。
「では、今後ともよろしく。折り返して持参金は届けさせますので。」
輿入れの際に持ち込める王女の荷物は馬車一台分と言われていたのに、二台分も積んで来た王女は馬車の影でしっかり叱られた。
持ってくるはずの持参金代わりの宝石を積んだ馬車の中身を、そうとは知らずに自分のドレスの入った箱と入れ替えさせていたのだ。
持参金を持たずにやってきたため、本当にスライ王国の王族なのかと怪しまれ、一悶着あったのだ。
「では、お父様、よろしくお願いしますね!」
スライ王国御一行様はとんぼ帰りが決定し、がっくり肩を落としながら馬車で消えて行く。
王女はやっと会えた麗しのリカードの腕に、ぎゅうぎゅうと胸を押し付け続ける。
これでリカード様もイチコロ!メロメロになるに違いありません!
むふふと鼻息を荒くし、更にリカードの腕に絡みついて、ウキウキと王宮?に足を踏み入れる王女。
王女も太陽にやられてほぼ目が開いていなかったのが、室内に入ると少し開けられるようになった。
ようやく王宮内が見られると、王女は喜んで周囲を見渡して、唖然としてしまった。
「なんなのここ!あ、王宮のはずがありませんよね?すみません。倉庫ですよね?」
と、木造平屋の内装を見て失礼な物言いを繰り返してしまったが、そっとリカードを見ると、リカードは笑顔のままだったので、王女はホッとした。
準備された部屋に案内され、内装を確認するため一歩先に入ると、確認する間もなく後ろから声がかけられ、振り向いた。
「今日は遠いところからこちらまでご足労頂きまして感謝いたします。明日よりリアイラブル王国の教育が始まりますので、今日はこちらでごゆっくりされてくださいね。」
目を細めて満面の笑顔を向けるリカードに、王女の心は高鳴った。
「こちらの二人は王女付きの侍女となります。では。」
綺麗な礼をとった後、リカードは扉を閉めて行ってしまった。
「えぇ!?お待ちになってー!あぁ…。もう行ってしまわれるなんて、お忙しいのね。」
そう呟くと、ジロリと侍女二人を睨みつける。
「気が利かない侍女ね!さっさとお茶の準備をなさいな!」
「この王国では、王族であれど、男性と二人でお話しすることはありません。」
「結婚していない相手と、あのように触れ合うことは許されません。」
と突然始まるお説教に、王女はますます腹を立てる。
「はぁぁ!?そんなことしていたら、恋愛なんて出来ないじゃない!?この国の人たちはどうやって恋愛してるって言うのよ!!」
王女は説明してくれた侍女に噛み付くが、二人からの返答はなく、さっと両脇を抱えられて部屋にある扉へ連れて行かれる。
「ちょっと!触らないでよ!この平民が!!」
暴君の上、選民意識が高い王女は非常に嫌がるが、この部屋に自分を守る護衛は居ない。一対二では勝てそうにない。諦めて連れて行かれることにした。
扉の先は風呂場のようで、侍女二人により、重くてゴテゴテと宝石の散りばめられたドレスを脱がされる。下着まで剥ぎ取られると、タルに入った水を桶に掬って膝下にかけられた。
「きゃあ!こんな冷たい水でなんて、風邪をひいてしまうじゃない!無能でグズな女たちね!」
と暴れて桶を取り上げると、入った水を侍女に向けてぶちまけた。
ぐっしょり濡れた侍女たちは、無表情のまま王女にしっかり説明する。
「この国ではこれが一般的です。」
「お客様は持参金を一握りもお持ちにならなかったとの事ですので、花嫁候補と認められておりません。」
「持参金が届き次第、扱いが花嫁候補となりますので、ご了承ください。」
「なんですって!?なら明日からの勉強も無しね!持参金が届いてからにしてもらうわ!!」
王女はさも当たり前のように言うので、侍女二人は顔を合わせて心得たとばかりに頷いた。
「そのように我が国の宰相にお伝えさせていただきます。」
「あら。素直なのね。くれぐれもよろしくね!」
そう言うと、王女はさっさと自分で体を洗う準備を始めた。
自国でも風呂は水だ。
侍女たちはいつも震えて使い物にならないので、自分一人で入っていたので問題ない。
どうせこの侍女達も使い物にはならないだろう。
置いてあるタオルを水につけ、石鹸を擦り付けるが、自国の物よりも泡が立たないし、香りもない。
「なによこれ!石鹸が泡立たないじゃない!工場みたいな匂いもするし、この国は貧乏なの?それとも無能の集まり?石鹸くらい開発しなさいよっ!!」
不平不満が止まらない。
「それにこの桶!なんで隙間が空いてるのよ!水が逃げてくじゃない!」
腹が立って桶を投げると、床に当たって二つに割れた。
「なんて貧弱な桶なのかしら!ありえないわ!」
怒りに任せてもう一つの桶であちこち周囲をガンガンと叩く。それでもイライラがおさまらない。
もう一つの桶も王女の手の中で割れた。
「ちょっと!!桶がなくちゃ頭が流せないじゃない!どうなってるのよ!!新しい桶を持ってきなさいよ!」
侍女達は無言で、二人で伴って風呂場を出て行った。
「はぁ!?普通は一人残るもんでしょ!?」
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翌日、ふわふわな布団で起きた王女は、すっかり寝過ごしてしまっていた。
本来なら既に勉強が始まる時間はとっくに過ぎている。
持参金が来るまで勉強はしないと声高らかに告げられたため、侍女は起こしに来なかったのだろう。
「この布団だけは褒められるわぁ。自国の口うるさい侍女たちはいないしね。」
布団の中で寝返りを打つ。
「護衛も侍女も連れて来られないと知った時にはちょっと焦ったけど、無能だけど、口うるさいってわけでもなさそうだし、そばに置いておいても良さそうだったわ。ブサイクだから、ワタクシの引き立て役としても良いしね!」
王女はこれ幸いと惰眠を貪ることにした。
一つ目の異変に気がついたのは、三度寝から起きた時だった。
王女は起き上がると、整理されていない持ち込んだ荷物の山が目に入った。
自分が寝ていたから起こさないようにしたのかとも思ったが、音を立てずに多少の荷物整理くらいはできるのではないか。
王女は呆れ果てていた。
「この王国の侍女は仕事ができな過ぎるわ。やっぱり新しい侍女に代えてもらわなくちゃ!!」
自分で持ち込んだ荷物ではあるが、部屋の一角をその荷物で埋め尽くされ、広いはずの客間を圧迫していた。
「何故こんな狭い部屋に押し込められてるのかしら?もっと広い部屋はないわけ?それに何故こんな隙間風が入るような建物なのかしら?やはりここは倉庫なのでは?ワタクシ、侮られているのでは!?」
と、自国とは違う建築様式に文句たらたらであった。
ぐぅぅー。
一通り不平不満をこぼすと、お腹が減っていることに気が付いた。
この部屋に侍女や護衛を呼ぶ呼び鈴は準備されていないため、呼び寄せることが出来ない。
扉を開けて声を上げれば誰かは来るだろうが、王族としてそんなみっともないことはしないのだ。
「昨日到着したのが昼前?今が翌日の夕方頃かしら?」
窓から差し込む光源のせいで、時間の感覚が狂ってしまった。
今がどれくらいの時間なのかが解らない。
馬車の移動はお腹が減って、何度も休憩させてもらい、その度に食事を準備させたので、腹時計も狂っているようだ。
「そのうち呼ばれるわよね。なら、昼食でも晩餐でも良いようにドレスを選んでおかなくちゃ。」
王女は運び込まれた箱を開けて中身を確認する。
縦に積まれた箱は開けられない。靴が見つからないのは、おそらくその積まれた箱のどれかに入っているのだろう。
今履いている靴に合わせたドレスを選ぶしか無さそうだ。
次々とドレスを取り出し、選んだドレスについてしまった少しのシワが取れるように、ベッドの上にそっと置いておく。
「ハンガーラックはいつ搬入されるのかしら?ここは仮のお部屋でしょうし、衣装部屋は隣接されてないみたいだし。」
ドレス至上主義の王女としては、全てのドレスを箱から出してしまいたいが、ハンガーラックがないなら仕方がない。
侍女ほどうまくはないが、ドレスをそっと箱に詰め直した。
その日、なのかどうか誰も訪ねてこないので、尋ねようもなく、今がいつの何時なのかさっぱり解らない。
部屋の外に誰の気配もないまま時間だけが過ぎていく。
そう。誰も食事に呼びにこないのだ。
「もしかして、この王国は二食文化なのかしら?そしたら、寝過ごしたワタクシが食事に呼ばれなかったのも、時間が経過したからですが…。」
何となく、体の脂が一日以上経過したような感じがして、風呂場へ向かって樽の蓋を開ける。
風呂用の水は追加されていた。
「一度寝汗を流しましょうか。」
ずっと寝間着だったので、一人で脱ぎ着ができるのだ。ドレスだったらそうは行かない。
王女一人で風呂に入り、体も頭もほとんど泡立たない石鹸に悪戦苦闘しつつ、洗い流した。
「あら?タオルの準備はまだかしら?」
ずっと侍女がいないのだから、タオルを準備する者だっていないのは当たり前だが、失念していた。
「こんなことなら髪を洗わずにいたら良かったですわ…。」
王女はびしょびしょのまま、風呂場から部屋に戻って、持ち込んだ箱を漁る。
が、タオルは見つからない。
仕方がない。
部屋に備え付けのタンスを漁ることにした。
この部屋をあてがわれたという事は、この部屋にあるものは自由に使って良いはず!
いくつかの引き出しを開いていくと、未使用のシーツを見つける事が出来たので、それを引っ張り出して体と髪の水分を拭っていく。
もちろんタンスは全て開けっぱなし、びしょびしょのまま出たので床も濡らしているが、掃除をするのはメイドの仕事だ。自分には関係ない。
まだ開けていない箱で、手に届きそうなものがあることに気がついた王女は、そちらに手を伸ばしてみた。
「あら!下着が入ってる箱だったのね!良かったわ!」
下着を身につけると、さっき引っ張り出したシーツで長く伸ばした髪を拭いていく。
シーツはタオルとは違ってあっという間に水気を吸わなくなった。
王女は先程の引き出しからシーツをさらに出して髪を拭うが、それもあっという間にびしょびしょになった。
結局、最後のシーツを使用して、なんとか気にならない程度まで乾かす事が出来たころ、王女の両腕はパンパンになっていた。
「腕のいい侍女を遣すように伝えなくちゃ!」
王女はそう心に決めるが、待てど暮らせど誰も訪ねてこない!
一体どうなっているの?!
何かがあったのだろうか。
王族の嗜みとして、外に声をかけることだけはよそうと思っていたが、我慢も限界に達した。
王女は廊下に続く扉を開けようとしてノブに手をかける。
「え?回らない?」
王女は暗闇の世界が当たり前の国で育っているので、夜目が利く。
ノブの周りを確認するが、かぎをかけるようなところは見当たらない。
もう一度回すが、ちょびっと動くだけで扉が開くほどではない。
「はぁぁ!?どうなってますの!?」
ノブを持って扉を押し引きするが、びくともしないのだ。
ドンドンと扉を叩くが、誰かが来る気配も全くない。
今が夜中だという事に気がつけない王女は扉を叩いて叫ぶ。
「誰かここを開けなさい!!命令よ!誰か!早く来なさい!!」
ドンドンと叩いて騒き続けるが、何の反応もない。
「なんなの!?どうなってますのー!?」
王女は暴れて部屋にある椅子を振り回して扉にぶつけるも、扉はびくともせず、椅子が傷ついただけだった。
夜中の間、散々暴れた王女だったが、お腹も空くし眠くもなった。お腹が減って寝られないかもと思っていたが、疲れの方が強いのか、ベッドに倒れ込んだ。
太陽が昇り始めて朝が来る頃、王女はベッドで寝息を立てて寝てしまっていた。
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王女が起きたのは昼近くだったし、この部屋に入ってから既に三日目になるが王女は感覚が鈍ったまま。
ベッドサイドに準備されていた水差しの水も尽きていた。
今日こそ誰かに様子を聞かねばと、ベッドから起き上がり、寝巻きのまま扉のノブに手をかける。
ガチャリ。
扉は簡単に開いた。
どうせまた開かないだろうと勢いよくノブを回したため、廊下に転び出てしまった。
バチーン!
全身を廊下に打ち付けてしまい、痛みでなかなか立ち上がれずにいたが、そのままの姿勢で痛みを逃し、ゆっくりと起き上がる。
昨日あれほど声を上げたのに誰もこなかったのだ、どうせ誰もいないだろうと周囲を見渡す。
すると、自分がいた部屋の扉の両脇に、ゴツい体付きの侍女服を着た女が二人直立していたではないか!
「ちょっとあなたたち!新しい侍女なのではなくて?誰も訪ねてこないし、呼んでも誰もこないし、この王宮は一体全体どうなってますの!?」
直立したままの侍女たちは、互いに目を合わせはするものの、返事をしない。
それが余計に王女の癇に障った。
自国ではいつも手元にあった鞭がない!
それならばと、自分の手を振り上げ、侍女を叩いて躾けてやろうと考えたのだ。
パシッ
「ええっ!?」
振り下ろした王女の手首は、あっさり侍女に掴まり、手首を掴んだまま部屋に戻され、ベッドに放り投げられた。
その侍女はちらりと部屋の荒れ具合を確認すると、扉を閉めて出て行ったのだ。
「!!ちょっと!この扱いは何なんですの!?花嫁であるワタクシに対してこのような事をして、ただで済むと思っているの!?」
ベッドサイドに置いてある空になった水差しを扉に向けて投げつけた。
ガッ!パリーン!
ガラスでできた高級な水差しは粉々になって扉の前に散ったのだった。
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一体何が悪かったのか、飯抜きが続いて文句を言う気力がなくなった頃、宰相が契約書を携えて部屋を訪ねてきた。
部屋は荒れ放題で、足元にはガラスの破片が飛び散ったままなのを宰相はちらりとも確認せず、椅子も壊れたままだからか、立ったまま事務的に言葉を伝えてきた。
「ご理解されていないようですが、今の貴女は陛下の花嫁候補ではありません。」
「はあぁ!?」
から説明が始まった。今の自分は客でもないので、食事も出せない事、壊された備品や部屋の壁はもちろん直す必要があり、壊した者がその責を負う。つまり、持参金より支払う必要がある事などを契約書を見せながら説明してくる。
全て初耳だが、契約書には自国の玉璽が押されているのが見えるため、文句はぐっと抑える。
「もちろん侍女に水をぶっかけた事に対する賠償金も支払っていただきます。侍女は正式で立派な職業であり、王女の八つ当たりの相手でもなければ、奴隷でもありませんので。」
王女はそれよりも、自分が花嫁候補ではないという点について聞きたかったので、相手の話が終わるまで拳を握ったまま我慢した。
相手はこの国の宰相である。自国の宰相だって面倒なのだ。
文句を言ったところでやり込められてストレスが溜まるだけに決まっている。
「最初に契約した時の持参金だけでは足りないようですが、どうするおつもりでしょうか?」
と尋ねられ、王女は文句を言いかけた口もつぐんだ。
嫁入りする際、持参金がかなり多いため、今後支援は出来ないと父である王と宰相に言い含められていたのを思い出したのだ。
「…輿入れの際に着ていたドレスについた宝石で支払うことは出来て?」
というので、後ろに控えていた侍女が、トコトコと部屋に入ってきて、そのドレスを引っ張り出して来た。
宰相はちらりとドレスを横目で確認すると、護衛に
「商人を呼ぶように。」
と伝え、次の話へと移る。
「この王国では、働かざる者食うべからずの精神に則り、持参金が来るまで花嫁候補として扱えないからこそ、勉強という名の仕事をこなさねばならないのですが、貴女は初日に勉強は持参金が来るまでしないとおっしゃられましたので、現在まで、お食事を差し上げる事が出来ませんでした。」
と、これまた契約書を見せた。
眩しすぎる部屋の中で、玉璽は確認出来るが文字は光の反射で読むことができない。
より目を凝らして契約書に近寄って文字を追うと、確かにそう書かれている。
日付も確認したが、輿入れよりもかなり前の日付が、国王の字で記されていたのも見て分かった。
あんのクソお父様め!
なんで一つも教えてくださらなかったのよ!
教えたとて、理解できたかは解らないが、こんな目に遭う事もなかったかもしれない。
自分の雰囲気から目の前の宰相は、自分がこの契約書の内容を知らなかったと悟ったのか、
「何故この内容を知らずにこの王国に足を踏み入れたのか、不思議でなりませんね。」
と言われるが、王女だってこんな事なら知らされてから自国を出たかったと思っていたところだ!
しかし背に腹はかえられない。これ以上の飯抜きは命の危険があると足りない頭が訴えているのだ。既に頭を支える元気もなく、頭を下げたまま
「言われた通りにお勉強しますので、お食事の準備をお願いしますわ。」
もう一度思う。背に腹はかえられぬのだ。
出来るかは解らないが、勉強するポーズくらいはしてやろう。
ここに至るまで、散々暴れたこともあり、勉強は長時間に変更、結婚式までの期間も持参金が来てからのカウントとなること、また、こちらが判断した“問題行動“によって結婚までの期間を伸ばす旨を伝えられた時には、さすがに、
「私は知らなかったの!こんなの騙し討ちよ!!」
と文句を言ったら、暴れると思われたのか、両脇をぎっちり侍女二人に拘束された。
そちらの書類にも玉璽がしっかり押され、何ならスライ王国の王と宰相のサインまで記入されているのを見せられたのだ。
玉璽の意味だけはよく知る王女。伸びに伸びた結婚式の間まで、大人しく勉強せざるを得なくなったのだった。
しばらくすると、商人が小走りで部屋に入ってきた。
ノックもせず、出入りの許可を得ようとすらしないことに王女は腹を立てたが、お腹が減りすぎて言葉も出ない。
やってきた商人は部屋の惨状に少し目を剥いたが、口には出さず、宰相の指し示したドレスを手に取った。
宝石用のルーペをポケットから取り出すと、ドレスに張り付いた宝石の鑑定を始め、金額を算出して、宰相に伝えたようだ。
「半分はフェイクジュエリーですか。ふむ。この王国に於いて、価値はありません。処分代がかかりますね。」
「はぁぁ!?嘘でしょ?私のドレスにフェイクジュエリーが!?」
高級な宝石だけ使うように伝えていたのに、いったい誰の策略か!針子たちがくすねたのか、針子たちも騙されたのか!
それに!
「私が作り出したフェイクジュエリーに価値がないですって!?」
わなわなと震える王女に対して、商人と宰相は無情にも告げてくる。
「よって、お金は全く足りませんね。」
自分で作るように命じたフェイクジュエリーによって足を引っ張られた王女は悔しくて地団駄を踏みたかったが、両隣にいる侍女が恐ろしかったのでまたしても我慢をせざるを得ない。それに腹が減りすぎていつものように暴れる元気もない。
それにしたって、賠償金が高すぎるのではないか?相手はたかだか平民ではないか。
しかし、勉強してこなかった王女はその金額の正当性すら理解出来ない。
「た、足りない分は、持参したドレスと、それに合わせた靴を売るわ。」
そう言って箱を指差して商人に査定して貰ったが、お金にはならないと言われ、王女は絶句した。
「え?なんで?高級品よ?平民では手に入らない一品なのよ?」
「ええと、申し訳ございませんが、このような中古の珍品はこの王国では誰も欲しがりません。」
「ち、中古?珍品?」
「あぁ、申し訳ございません。このようなアンティークなお品は人気がございません。」
「あ、アンティーク?」
「あ、またしても失礼いたしました。こちらの骨董品ですが、着用済みですのでお値段が付けられません。」
「……。」
自分が気に入って自信満々で着用してきたドレスを、珍品だのアンティークだの、骨董品だのと、失礼ではあるまいか!
そう思って周囲を見ると、誰もが着用しやすそうな生地の、仕立ての良さそうな服を着ていた。
「こちらのドレスや靴は仕立てる技術が大昔に廃れておりますので、再現するためにさぞかしお金が掛かったことでしょうね。ほら触ってみてください。生地が全く違うでしょう?そちらのドレスは着心地よりも、再現性を重視して作られたようで、肌を傷付けますね。お辛くはなかったですか?」
商人にそう言われてやっと、皆が着ている服を、「あんな服は平民服だわ!」とバカにしてきたが、自分がバカにされている側なのだと気がついた。
ドレスや靴に価値がないと言われ、そんな物を着用していた自分にも価値がないような気がして頭を振る。
大丈夫!私は王女なのよ!
生意気な商人と侍女たちに怒りを向ける。
「うっ!」
王女の怒りを感じた両隣の侍女達は、殺気を出して王女を牽制する。
「ほんと、何なのよ!!私はこの王国の皇后になるのよ!?控えなさいよ!!」
「貴女は花嫁候補ですらありませんよ。勉強も始めていない中での蛮行の数々、帰っていただいても良いのです。さぁ、お支払いを続けましょうね。」
宰相はニコリともせずに王女を眺める。
「くっ!!」
足りない金を自力で準備できるはずもなく、持ち込んだネックレスや指輪、腕輪にイヤリング、リボンにつけられた宝石など、全て商人に買い取って貰ってやっと足りたのだった。
「はぁ…。」
気に入っていたペンダントもあったのだが、結婚したらリカードに新しい宝石を買ってもらえば良いのだと思い直して買取に出した王女は、
この王国では、人を傷つけると自分の宝石が減るのだ。
と、ひとつ間違った学びをしただけだった。
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スライ王国から持参金が持ち込まれたのは、王女が王宮にやってきてから二十日後の事だった。
持参金入りの箱を下ろし、検査と検品を終えると、受け取り済みの書類と、新たな手紙を持って、フラフラしながらスライ王国へ向けて帰って行った。
スライ王国側の使者が持たされた新たな手紙は、この二十日間の王女の蛮行全てが書き記されている。
また、結婚契約書と共にサインと捺印のされた書類の写しと、それを反故するかのような王女の立ち居振る舞いに対するスライ王国側の直接の謝罪と慰謝料の要求が求められていた。
丸六日かけてリアイラブル王国からやっと帰ってきた御者から渡された手紙を見て、スライ王国の国王と宰相は目を回した。
「あんの、バカ娘め!!結婚式まで我慢しろとあれほど申し付けたでは無いか!!」
国王は怒り狂い、周囲の者に鞭を振るって気持ちを発散させる。
宰相は、きちんと書類に目を通さなかった事を嘆きつつ、挽回のチャンスは無いかと頭を捻った。
しかし、時間はかけていられない。
友好国は周囲にないが、契約を反故する王国として知られてしまえば、国一番の収益であるガラス製品は売れなくなるだろう。
そう言ったことに敏感な冒険者は入ってこなくなる未来しか見えてこない。
そうなれば国として破綻してしまうのだ。
あのクソ王女め!何の役にも立たない体だけ女がっ!
自分の失態を棚に上げ、王女を罵る宰相。
スライ王国の国王と宰相は、求められている慰謝料をかき集め、一刻も早くリアイラブル王国へ向けて出発したい。
宰相は周囲の家臣たちに指示を飛ばす。
まずは慰謝料と往復の食料を何とかかき集め、あちらの王国に到着するまでの六日で何とか知恵を絞り出さなければならなかったのだった。
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待ち侘びた持参金が到着してからは、食事が一日二食になったが、それだけ。
勉強を始めた日から、食事は出るようになったが、絶食後の食事だからと、流動食が一日に一度だけ。
しばらくすると、歯応えのあるものに変更され量も増えたがやはり一日に一食だったので、二食に増えたのは喜ばしい。
スライ王国でもリアイラブル王国でも、一般的な食事は一日二食であるので、問題は無いように思えたが、スライ王国の王族だけは一日三食食べていたようで、王女はしきりに文句を言っていた。
「一日に二食なんて!力が出ませんわ!!」
「リアイラブル王国に嫁ぐとは、そう言う事です。」
言われてしまえば、慣れるしか無い。
慣れるしか無いのだが、ストレスは溜まる一方だった。
見目麗しいリカードに一目で良いから会わせろと暴れた日も何度となくあったが、その度に侍女に取り押さえられ、結婚式までの日程が伸びていく。
「一体なんなのよ!!」
王女がベッドの上で布団を叩いてストレスを発散し始めた。
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王女が輿入れしてきてひと月経過した日、リアイラブル王国のリカード陛下と宰相に、王女は呼び出された。
「やっとですわ!やっとやっと!!私の白馬に乗った王子様と会えますのねー!」
今日に限っては自分が一番気に入っているドレスに身を包む。
周囲の者から珍品、アンティーク、骨董品と言われようと、自分が信じてきた価値観をそう簡単に変えられない。
それに、ドレスに身を包むと高揚感が得られるのだ。
体のラインが美しく出るドレスに踵の高いヒールを履き、買い取ってもらえなかった宝石を身に纏って、自慢の髪を靡かせ木造平屋の部屋を出る。
護衛と同じだけの力を持つ侍女に両脇をかためられながら。
ここにやってきてひと月の間、部屋から出る事も出来ず、部屋に軟禁させられて、後半は勉強ばかりさせられていたのも、リカードと結婚するためだと我慢していた。
やっと自分の頑張りが認められて、会う事が許されたのだと思い込んでいる王女は、ウキウキと木造の廊下を歩く。
時々細いヒールが床の板材の間に挟まって転びそうになるが、両脇にいる侍女が手を貸してくれる事はない。
王女のお気に入りのヒールは既に傷だらけになっていた。
もう!本当に嫌ですわ!!
この倉庫ともこれでおさらばですわね!
今日からやっとちゃんとした宮殿に連れて行っていただけるのね!
ウキウキと歩いて到着したのは、またしても簡素な木材の扉。
倉庫から倉庫に移動しただけじゃないの!?
扉を見てげんなりしながら中に入ると、麗しのリカードが座るソファの前に、床と一体化せんばかりの土下座をしている父と自国の宰相がいた。
「はぁ!?一体何でこんなことになってますの?」
王女の声を聞いてスライ王国の国王と宰相が、ガバッと起き上がり王女に詰め寄る。
「お前のせいだろうが!」「貴女の責任です!」
「はぁぁ!?こんなに頑張ってるワタクシに、対して、なんて事をいいますの!?ワタシクここに来て何一つ購入しておりませんし!散財もしておりませんわ!!」
取っ組み合いの喧嘩になりそうなところを、護衛と侍女により三人は押さえつけられた。
「既に知らせている通り、我がリアイラブル王国は、精霊の加護で守られております!」
リカードの後ろに控えていた、リアイラブル王国の宰相は一歩前に出ると、高らかに説明を始めた。
「精霊の加護がある王国の王族の気性は、穏やかであれば王国自体が穏やかに。気性が激しいものが王族に1人でも混じれば、その人数の割合に応じて、同じ気性の者が王国に現れると言われてきました!」
文官の一人が、皆の前に分析表なるものを配り、その説明をする。
「今皆様の前に置いた一枚目の表をご覧ください!王女がやってきたひと月前から、王国内で問題を起こした者の推移となります。」
その表を見る限り、初めの二十日間は犯罪ゼロ、残りの十日は国内の二割の者が犯罪を犯して捕まったと読み取れる。
リアイラブル王国の全国民は百万人。
その二割というと、二十万人がこの十日で犯罪者になったのだ。
これはやばい人数である。
「この王国には現在四人の王族が居られます。十日前に持参金が届きましたので、スライ王国の王女様は我が王の花嫁候補となりました。つまり、十日前に仮も含めて王族が五人になった計算です。」
「はぁ!?それが何だっていうのよ!私は関係ないじゃない!」
「こんな簡単な計算も出来んのか!」
王女のバカさ加減に父であるスライ王国の国王は泣きたくなった。
「五人のうちの一人は二割です!つまり姫が仮としても王族として入った十日前から増えた犯罪は姫様の責任ということですよ!」
王女の味方をしたかったはずなのに、あまりの馬鹿さ加減につい口に出してしまった。王女のせいだと。言ってしまった…。
スライ王国の宰相は王女に対してだけでなく自分にもがっくりした。
でも、突っ込まずにはいられなかったのだ。
「この現象は精霊の加護が強ければ強いほど顕著に現れる。この世界の常識だ。何故バレないと思ったのか。不思議でならない。」
ずっと黙っていたリカードはそう発言すると、立ち上がって部屋を出て行った。
それを見届けた護衛達は、押さえつけていた三人を椅子に座らせた。
「ではここからは賠償のお話です。」
リアイラブル王国の宰相は、机に書類を広げた。
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持参金は全て賠償金の一部となり消えた。
残りは文官と護衛がスライ王国へ行って取り立てることとなったが、払いきれそうにないと宰相が呟いた。
スライ王国の王女は王と宰相に引きずられながら、輿入れの際に乗ってきた六頭立ての馬車に乗って自国へと帰って行った。
そして、ガラス製品全般の取引は終了。
リアイラブル王国からスライ王国への食品の輸出は全面禁止。
食べるものが買えなければ冒険者のような人たちだって生活はできないし、リアイラブル王国との結末を知り、ほとんどの冒険者は自国へ帰って行った。
冒険者による魔獣の狩りと鉱石採掘場の入場料の収入が、国益のほぼ六割を占めていたスライ王国は、まもなく破綻するだろう。
国として成り立たないと理解したスライ王国の王様と宰相は、リアイラブル王国の属国になることに玉璽を押したのだ。
スライ王国の国王と宰相、そして娘の王女の前に、見たこともない不思議な小さな生物がぴかりと光って現れた。
「「「!!!」」」
「初めましてだな。我は精霊王が一人、リアイラブル王国に加護を与えし王だ。お前たち二人はやはり密入星した魂だったな。」
国王と宰相を指差してそう言うと、二人は怒り狂って暴れ出した。
精霊王の前では、本性を隠しきれないのだ。
自分の娘も罵り、周囲を罵り、部屋のありとあらゆる物を投げつける。
「きゃあ!お父様!危ないですわ!!」
王女は必死に避け続けるが、遂に椅子が体にぶつかってしまった。だが、国王も宰相も暴れるのをやめようとしなかった。
すると、二人の周りに光の玉が浮かびはじめたのだ。
それは一つ二つと増え続けて二人を取り囲んだ。光がまとわりつき始めた二人は、ポカンとした表情だ。
まるで国王と宰相の二人が光っているかのようで、次第に光の塊になっていった。
光の塊となった二人はふわふわと浮かび上がり始めたことで、今度は慌て出したが、どうすることもできない。
「なんだ!どうなっている!?」
ゆっくりとその光は消えてゆき、それと一緒に二人もどこかに消え失せた。
父の最後の言葉は、どうなっている!?だった。
何が何だかわからぬまま、消えて行った父。
王女はふと、子供の頃に読んでもらった絵本を思い出し、納得した。
精霊王たちに鍛錬所へと送られて行ったのだと。
「お主は自星の者に許可されて転生してきたのか。それにしては未熟。未熟すぎる。ここはお主のいたファンタジーと御伽噺の星とは全く違うことがわかったか?」
そう言われると、自分がいると思っていたユニコーンもペガサスもいないし、あるはずの煌びやかな舞踏会も魔法の林檎もなぜか存在しない。
違う星だと言われると、納得できた。
「お主のいた星は、まだ存在するな。戻してやることもできるがどうしたい?」
「そこには、王子は沢山いますか?」
精霊王は薄く笑いながら頷いた。
「ならば、お願いします。もうこの星はゴリゴリです。」
王女は頭を下げて願いでる。
精霊王は王女が光に包まれ消えていくのを見守ると、
「愛されるかどうかはお主次第だがな。」
と一言だけ呟いた。