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最終回

私は『無忘症』をネットで検索してみた。『無忘症』はあたかも昔から存在する病気のようにネットにたくさん現れた。専門外来のある精神科の病院もすでに存在している。自己診断をするサイトまである。『無忘症』を検索すると『抗無忘薬レタワイス』の広告が必ず現れる。


私は本当に雅也のことを忘れたかった。忘れて次に進みたい。でも『抗無忘薬レタワイス』を飲んで私の記憶から彼が全くいなくなってしまったらと考えるとどうしても薬に手が伸びない。辛いこともあったけど、楽しかった思い出がないわけじゃない。


今思えば、彼と過ごした6年は楽しいことばかりだった。じゃあなぜ彼は私から去ったのだろう。酷い。自分は次の彼女を確保してから私に別れ話をするなんて、浮気より酷い。最後にビンタくらいすればよかった。ムカつく。昨日のことのように腹が立つ。やっぱり忘れるべきだ。全部忘れてやる。


会社の昼休みに薬局に行ってみた。『抗無忘薬レタワイス』は医師から処方してもらえるし、市販薬もある。薬局で売っているパッケージはピンクで可愛いデザインだ。10錠で1562円。頭痛薬よりは高いけど、飲み続ける必要はない。数回飲めば効果があるらしい。その点は頭痛薬みたいだ。


昼食を取ってから、一錠、手のひらに乗せてみた。糖衣錠の錠剤はピンクの光沢がある。さようなら、雅也。ひと思いに飲む。6年の記憶を飲み干した。これで先に進める。昼休みが終わって席に戻り、いつものように業務をこなした。


もうすぐ、退社時間だ。そういえば、午後になってから、仕事中に雅也のことを思い出さなかった。すごい!この薬、効いているんじゃない!


5時半になり、私は帰る準備を始めた。気分は晴れやかですっきり爽快だ。さぁ、帰ろう。立ち上がった瞬間にめまいがした。目の前が真っ白になって、私はその場にうずくまってしまった。


「小渕さん!大丈夫?」

「えっ、はい、大丈夫です。ちょっと立ち眩みが・・渡瀬さん、どうして私の旧姓を知っているんですか?」

「何を言っているの?ちょっと休憩室で横になったほうがいいわ。」

「大丈夫です。もう5時半だから、帰ります。」

「帰る前に少し休んで様子みたほうがいいわよ。」

「えぇ、でも、もうお迎えの時間なので。」

「何のお迎え?」

「子供の保育園です。かほりと雅人が別々の保育園に通っているので、お迎えに時間がかかって・・・」

「小渕さん・・あなた結婚しているの?」

「私、古川です。夫の苗字の古川です。」


 【使用上の注意】

服用後に次の症状があらわれることがあるので、このような症状の持続、又は増強が見られた場合には服用を中止し、この文書を持って、医師、薬剤師又は登録販売者に相談すること。

*過去において理想としていた状況が、現在の現実として認識された場合。




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