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次の日から、徐々に私の仕事は増やされたが、問題はなかった。定時には余裕で終わって帰れる。物足りないくらいだ。それでも四半期の締めで部内は忙しかったから、重宝された。
「小渕さんに来てもらって本当に助かったよ。」
前の席の岸さんが言ってくれる言葉も本心のように聞こえる。
「お役に立てれば私も嬉しいです。」
なんか自分がよそ者って感じが拭えない。派遣社員って、結局そういう立ち位置なのだろうか。まぁいいや、今は人づきあいが面倒だし、表面上だけで当たり障りなく過ごしたい。まだ疲れているのかもしれない。
岸さんは二人の子供のパパさんだ。優しい物腰は子煩悩そうに見える。雅也も子供が好きそうだった。私はかほりや雅人と楽しそうに遊ぶ雅也を想像していた。まだ自分の子供なんて考えられないって言ったのは、私への牽制球だったんだろうか。
「これこれ、この数字見てくれない?おかしくない?」
「・・えっ、どれですか?」
いけない、また雅也のこと考えている。仕事に集中しなくては。数字を確認する。
「そうですね、これだけ桁がおかしいですね。ただの入力ミスじゃないですか。」
「そうね、そうみたい。やっぱりダブルチェックしないと駄目ね。」
私は軽く微笑んで頷いた。給与額の桁には、最初目を疑った。ペイロールも業務の一つだから、支社長から派遣社員まで全員の給与額を知ってしまう。もちろん、口外禁止だ。入社の時に秘密保持契約書にサインされられる。なんか恐ろしい文言で、違反した場合のことが書かれていた。研究開発する会社だし、ライバル社も多いから、機密に関してはとても厳しい。
それにしても給与には驚いた。前職のドイツの会社はヨーロッパでも一、二を争う大手の建築資材会社でグローバルに展開していたけど、日本支社長の年収はこの製薬会社の支社長の半分弱だ。部長クラスだと三分の一に近い。役職がない社員でもここなら軽く二倍はもらえる。自分の時給がいいことに喜んでいたが、他の人たちはもっともっと貰っていた。金銭の余裕がこの会社のなんともゆったりした雰囲気を作り出すのかもしれない。
会社の利益も莫大だ。特許が切れて後発医薬品が発売されるまでの最長25年の間に稼ぎ出す額は、小さな国の国家予算くらいある。もちろん研究開発費がかかるから、実際の利益はそこまではいかないが、全世界での売り上げはとんでもない額だ。その上、薬は売った代金が保険で支払われるから、代金を取りっぱぐれることもない。
前職の会社は建築業界だから、請負業者が多くて、一社が潰れるとドミノ倒しのように他社も損害を受けて潰れることもある。売ったはいいが、代金が回収できないことも日常茶飯事だ。だからその危機管理のためにかなりの費用をかけなければならない。
その点、製薬会社はそんな心配は無用だ。社内ののんびりした空気はビジネスに危機感のないこういう状況からも生まれるんじゃないだろうか。私は仕事に慣れながら、辺りを見回して会社の分析をしていた。お金持ちの家に働きに来たお手伝いさんみたいだ。