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『この日を覚えていますか?』
Google Photosグーグルフォトが聞いてくる。
『あれから1年』
『あれから5年』
一体、私に何を思い出させたいのか、何の前触れもなくGoogle Photosが聞いてくる。これって、5年前にイタリアに行った時だ。ジェラードを食べている私を雅也が笑わせて撮った変な顔の写真だ。雅也はココナッツのアイスしか食べなかったなぁ・・・もう5年も前になるのか。5年前のちょうど今日ってこと。だから何だっていうのよ。
山手線が新橋に着いた。今日が初日だから気を引き締めないといけない。38になって転職もきつい。今更新人だなんて。SL広場から歩いて7分なら許容範囲だし、製薬会社は初めてだけど、経理だから業界はどこでもいい。正社員ではないから今後のキャリアに響くけど、派遣社員で時給2200円なら前職より給料が少し上がる。
自社ビルではないらしいけど、大きくて新しいオフィスビルだ。私は今日からここで働く。アメリカのFZ製薬の日本支社だ。本当は次の仕事まで少し休もうかと思ったけど、ちょうど四半期決算の時期で人手がないからと言われて給料もいいから受けてしまった。実際、働いていたほうが気が紛れるからいいかもしれない。
私は男と別れたばかりだ。いや、もう半年近くなるか。6年付き合って、結婚も考えていた。結局それは私だけの考えだったけど。古川雅也は逃げてった。今頃、他の女とうまくやっているんだろう。あぁ、もう考えない!考えたくない、あんな奴のこと。
広い一階ロビーの奥にあるエレベーターホールから、髪の毛を一つに縛った女の人が、私を目掛けて小走りにやってくる。渡瀬さんだ。私の直属の上司になる。
「小渕さん、おはよう。」
「おはようございます。」
化粧っけがなくて素朴な印象の渡瀬さんに、私は初対面の時から気を許していた。
「今日からよろしくね。じゃあオフィスに行きましょう。みんなを紹介するわ。」
「はい。」
私はにっこり微笑んで後について行った。22階でエレベーターが開くと、だだっ広いフロアに、何百人もの人たちが座って仕事している。こんなに人がいるのに静かだ。