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父親はバンドを組んでいた。それは結婚する前の事で、その後も幾度かのライヴをしたが、ほんの気まぐれで集まったメンバーとの演奏を楽しんでいたに過ぎない。本気で誰かを楽しませる為の活動はしていない。ただ集まって楽しんでいただけ。
そもそも音楽は本人達が楽しんでこそではある。俺はまだその境地に到っていない。楽しませる事が俺の楽しみだ。見ず知らずの大勢と共に楽しみたい。
母親の音楽好きは、ちょっと可愛い。自分の母親を可愛いなんていうと、おかしな誤解を受けてしまうかも知れない。それでも構わないと思うが、誤解はやっぱり好きじゃない。どうせならきちんと理解されたいと思うのは俺の我儘か?
自分の親が好きなのは当然だ。一年近くもそのお腹の中にいたんだ。愛情が深くなるのは仕方ない。しかも男の俺にとっては初めて出会う異性だ。可愛いの基準になってもおかしな事じゃない。といっても俺は、母親に依存している訳じゃない。単純に愛している。それが全てだ。
全ての母親が愛すべき存在であって欲しいと思う。現実が違う事は分かっている。自分の母親を可愛いとは思えず、愛さえ感じない事に批判はしない。自分の身体を痛めてこの世に送り出した子供に愛を感じない母親がいるのも事実だ。まるで毎日の排泄物と同じような扱いといっても過言ではない。幸いな事に、俺はそんな人間には出会っていない。けれど現実ってやつは俺の知っている世界よりもずっと広くて複雑だ。俺なんかの常識では測りきれない事ばかり。そもそも俺は、俺自身の事さえ測りきれていない。