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あいつはようやく気がついた。
あいつがライヴハウスに顔を出していたのは、予想通りだ。俺は誘っていない。誘うつもりなんてはなからない。
あいつはライヴハウスの常連で、店員とも仲がいい。毎回無料で入場している。その代わり、手伝いもしている。ライヴ前やライヴ後、バンドの入れ替わり時にドリンク販売をしてステージの片付けもしている。その日あいつは、俺のドラムセットをセッティングしていた。正確には俺のじゃなくてライヴハウス所有の物だけど、俺用のセッティングを手伝っていた。ドラマーが俺だって事には気がついていた筈なのに、話しかけてこない。俺の目さえ見なかった。
けれど、ライヴ終了後に声をかけてきた。
お前は俺とやるべきだ。
たった一言そう言い、消えて行く。あいつはどうにもこうにも絵になる男だ。
そして次の日の朝、教室でメンバー募集のチラシを渡された。
これが一枚目だ。そう言われた。俺は受け取り、折り畳んでしまった。後七枚ある。今年中にはライヴをしよう。そんな言葉をあいつが言っていたけれど、俺は聞こえない振りをした。
あいつが拘るロックナインは、正直趣味じゃない。けれど、可能性は感じている。俺とあいつがいれば、ただのモノマネになんてならない。ロックナインを一つのジャンルとして確立出来ると信じている。今のような当てつけではなく、新しい音になる筈だ。
けれどまだ、メンバーは二人きり。スタジオ練習はした。手応えはあった。あいつの頭はまるで宇宙だ。ギターも似合うけれど、あいつのマンドリンはその音色がピカイチだ。立ち姿も様になる。まさにマウンドに立つピッチャーそのものだ。
俺はあいつの全てを受け止める。あいつの音は沈まない。俺のドラムがあいつの音を支えるんだ。いいや、俺はあいつにとっての青空で、あいつは自由に飛び回るカラスのよう。
さぁ、これからが忙しい。後七人ものメンバーを集めなければならない。バンドを始めるなら二人でも問題ない。ベースを入れればそれだけで一般的だ。ピアノを入れてもいい。サックスにパーカッション、シロフォンやマリンバも悪くない。ヴァイオリン? 大正琴? とにかく一緒に楽しめる連中でないとロックナインにはならない。ロックナインは、楽しんでこその音楽だ。パンクやスカに似ている。
俺には何人かの心当たりがある。本来ならあいつに任せるべきだろうけれど、あいつの行動力じゃあ結成までに十年はかかるだろう。その頃にはきっと、俺達なんて必要とされない。楽しい音楽は、意外としょっちゅう生まれている。