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俺は物心がつく前からドラムを叩いていた。正確に言えば、その前から母親のお腹を内側から叩いていたし、哺乳瓶で音を奏でるのは得意だった。
何でもかんでも叩いては音を出して喜んでいた俺に、父親がオモチャの太鼓やらドラムセットやらタンバリンやらを与えてくれた。
俺は基本、打楽器しか演奏しない。打楽器ならなんでも演奏する。マリンバやピアノ、カスタネットも得意だ。ドラマーというよりパーカッション奏者だと自認している。
俺が選んだのは、校内の連中じゃない。繋がりはある。当時の彼女の兄貴がバンドマンで、音楽スタジオでアルバイトをしていた。そこを利用していたバンドがドラマーを探していて、その兄貴が俺を紹介した。しかもその他のメンバーの二人が学校の卒業生で顔見知りだった。
彼女と一緒に何度かそのスタジオで遊んでいた。兄貴は俺のドラムプレイを気に入っていた。その兄貴もドラマーだったんだ。上手いけれど、正確なリズムに拘るタイプだった。ライヴ向きじゃない。特にロックナインには向いていない。
そのバンドは物凄く個性的だった。ギターに鍵盤にベースと構成はシンプルだ。ヴォーカルは全員が担当する。全員に自作曲がある。音楽の趣味はバラバラで統一感はないけれど、纏まれば楽しくなる。俺が入れば纏まるけれど、曲を書いた事がない。それが不安だった。
俺は歌えない。ドラマーが歌うなんて恥だ。本気でそう考えていた。あの人を見るまでは。
打楽器要員としてバンドに参加した。つまりは正式メンバーじゃないって事だ。あいつからの誘いを待つ為でもあるし、バンドには俺以外が必要だと感じていたからとの想いもある。
結果として、双方大満足だった。




