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【Vol.08】

 夕暮れ時。

 今度は赤い屋根の家の、軒先に蓮がいる。

 奥の薄暗いリビングでは武洋が真剣にラジオを聞いている。

 蓮はすこし退屈そうに、庭に面した掃き出し窓に腰かけて、足をぶらぶらさせている。

 空を見あげてから。

 自分の、左の拳を見る。

 グーにして、前へ突きだす。

 うーん何かがちがう、の顔。

 次に、右の拳を前へ突きだす。

 習慣のように、連動して左拳を後ろへ引いていて、遠心力が生まれている。

 パスッとかすかな風音がして、威力はないが形がさまになっている。

 蓮はもういちど左の拳を突きだす。

 右の拳は動いていない。

 左はただ前へ出ただけで、形がへろへろしている。

 脳裏に、武洋の声。

『よくある武術は右手で攻撃、左手で防御する。空手の面白いのはな、左右どっちも攻撃にも防御にも使えるんだ。左を鍛えろ。右と同じように使えたら、戦闘の組み立てが俄然楽しくなっちゃうんだぜ』

 ふりかえれば武洋の背中が見える。大きな体を丸くして、ラジオに没頭している。

『練習しろ練習。何度もやってりゃそのうち動くようになる』

 蓮は左の拳を見る。シャム独特の、細い手首。肉球のついた指。肘あたりまでは白い毛で、先へゆくほど濃いチョコレート色になっている。

 えい、と拳を突きだしてみる。だが。掌で受けとめてくれる者もなし。つまらなそうな顔になる。

 脳裏に武洋の声。

『空手を過信するな』

 蓮は口をとがらせる。もうどっちだよ、と。

 空を見る。

 スズメがいる。

 青い目が光る。


 ひらり。

 シャム猫のシルエットが空に舞う。


 着地した時には白い牙がスズメの頸動脈を正確に刺している。スズメはかすかに口の中で動いているが、もう助からないだろう。

 蓮はスズメを掃き出し窓の桟に置く。

 庭で、枯葉を集めはじめる。

 こんもりと枯葉を山にしてから、山裾の葉をつかむ。

 むんっ、と力をこめると、放電。

 パチッと音がして、枯葉が燃えはじめる。

 蓮はその上に、羽根をむしったスズメをくべる。


 武洋、なんだか匂うな、の顔。

 庭を見る。

 驚いた顔で、飛び出してくる。

 蓮がふりむく。

 口に、こんがり焼けたスズメをくわえている。

 一緒に食べる?の顔。

 武洋は青ざめる。

 両手で蓮の肩をつかんで揺さぶる。

「誰かに見られたか?」

 蓮、言われた意味がわからない。

「火をつけるところを誰かに見られたか?」

 蓮、考える余裕もない。鬼のような顔した武洋が怖くて、目に涙が浮かんでいる。

 ふるえる口から、スズメの足の骨が落ちる。

 武洋、しくじったな、の顔。つとめて笑ってみせてから、静かに聞く。

「誰か人間の姿を見たか?」

 蓮、思い出そうとする。スズメに夢中で往来など見ていなかった。だが自覚せずしたことなので。言葉が話せたとしても説明できない。

 蓮は困ってますます泣きそうになる。

 武洋は肩の力を落とす。

「わかんないよな。うん。おれが悪かったよ」

 はははと笑うと、蓮がすこしホッとする顔。

 武洋は青い目をまっすぐに見て。一言一言をゆっくりと言い聞かせる。

「頼む。約束してくれ。電気を作るのは、おれがいいと言ったときだけだ。レンジだけじゃなく全部だ」

 蓮、コックリする。

「その力を誰にも見せるな。一生だ」

 蓮、コックリする。

「どれだけ信じた仲間にも。愛した女にもだ。見せればそいつが巻き添えになって、おまえと一緒に可哀想なことになる。秘密は重いが、耐えろ。生きろ。強くなれ」

 蓮の目を見て。

「切札は、一生隠してるから切札になる。そいつを出すのは自分が死ぬ覚悟ができた時だ」

 蓮、半分わかっていないが、それでもコックリする。




 誰かに見られたかもしれない、見られてないかもしれない。

 眠っている真夜中に集団で襲ってこられては無傷では済まないだろう。念のため急いでここを離れよう、と。

 夕暮れだったが、ふたりで民家を出る。


 小田急線の、線路の中。すこしでも視界がきくところを歩けるように。

 山賊のような数人組の男たちと、ときおりすれ違う。

 月明かりもあまりない闇。

 壊れたレールを踏みながら。人の背ほどの雑草をかきわけながら。

 すれちがう男たちが、武洋たちを値踏みしていく。勝てる相手なのかどうか。

 武洋の腕には、アサルトライフルXM5。

 視線がかちあうたびに武洋、カッと眼に力をこめる。

 男たちはあからさまにじろじろ見て、銃を奪えそうかどうかを頭の中で計算し、舌打ちをして去っていく。

 武洋の左手には、蓮の右手。

 夜目のきく蓮が、まだ音がきこえる前に、男たちの気配を察する。

 蓮が武洋の手をつかみ、不穏な気配を感じるたびに、力を込める。

 緊張の度合いから武洋は、人数や距離や方角を推測する。

 カサッ、と。

 音がして草がかきわけられ、数人の男たちが顔を出す。

 すると彼らの目の前に武洋がいて眼が光っている。

 人数にまかせて襲いかからればあるいは武洋が負けるかもしれないが、男たちはギョッとして戦意を喪失する。

 強いビジュアルの演出はそれだけで、無駄な戦いを回避する武器になると、おぼろげながら蓮は感じる。

 そしてまた一組が、雑草のあいだから現れては去っていく。


 蓮は疲れと緊張で、しだいに膝がふるえてくる。

 それでも歩く。

 ひとつ敵をみつけてそれが去るたび、武洋が頭をなでてくる。

 よくやった、おまえはすごいよ、おまえのおかげだよ、と。


 たまに雲がとぎれて月が顔を出す。

 月に照らされた武洋の大きな顔が、笑っている。

 蓮は転びそうになる。

 疲れたか、すまないな、と、囁きが聞こえる。

 大きな左腕が、蓮を抱きあげる。

 蓮は太い首にしがみついて前方をにらみ、腕の中で揺られていく。敵を感じるたびに武洋の猪のように太い首に爪をたてて合図を送りながら。

 眠気と疲れで意識が飛びかける。

 蓮の爪が武洋の首に食いこみ、首から血が流れはじめる。武洋が眉をひそめながら、しょうがないやつだなと笑っている。

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