【Vol.07】
晴れた昼下がり。
ラジオからは雑音が流れる。
民家の軒先。崩れて雑草だらけの掃き出し窓に腰をかけ、武洋がイヤホンに集中している。
自分の頭上でゲルマニウムのアンテナをふりまわしつつ。
隣にちょこんと蓮が腰かけ、武洋をのぞきこんでいる。
心配そうな、面白がっていそうな。きのうよりも表情豊かな子供らしい顔で。
視線に気づいて武洋、なんでもないよと手を横にふる。
イヤホンからは小さな音で、陽気なDJ風の喋りが聞こえる。
『さあ、さっき話した指名手配の続報だ。ついに米兵を殺しちまったやつのことだぜ。ひゃっほー!長髪で黒シャツの大男だってんだが、それだけじゃわかんねぇよなぁ。こいつの続報だ!どうやら日本人だって話でな!』
武洋はゲルマニウムをわきに置き、イヤホンを外す。
はっはっは、と特大の苦笑い。
やべぇなぁ、しょうがねぇなぁ、予想はしてたがなぁ、と。
青い目をまんまるくしている蓮の、頭をぽんぽんする。
子供が気にすることじゃない、と。
それでも心配そうにしているから。
頭ぽんぽんの手で、毛をくしゃくしゃにする。
急ぐ旅じゃなし、午後はすこし休むかな、と言いながら。
「内緒の話をしてやろう。絶対に人前では使っちゃいけない、魔法の言葉があるんだぜ」
にたぁ、と悪だくみをしている顔で、蓮をのぞきこむ。
蓮の目が、好奇心でキラキラになる。
武洋は庭の雑草をどけて土を平らにして、しゃがむ。落ちてた枝で土の上に、大きな字を書く。
S H I T。
蓮も一緒にしゃがんで地面をみつめる。これはなんだ、と武洋を見あげる。
「シット。くそったれ、て意味だ。最大級の侮辱だから、アメ公にこれを言ったらまず殴り合いになる」
ほええ、と蓮、目を丸くしている。
武洋はそのとなりに、別の大きな字を書く。
F U C K。
「ファック。てめえなんかケツ掘ってやらぁ、て意味だ。これも最大級の侮辱だな」
はいリピートアフタミープリーズ、と言いかけたが、蓮の声が出ないことを思い出す。
武洋は先を続ける。お坊ちゃまにこんなの教えたのがバレたらあの上品な親御さんに渋い顔されそうだな、と乾いた笑いを浮かべつつ。
地面に、大きな字で。
D A M N。
「デム。頭にGODをつけてガッデムて言うことのが多いかな。これも意味はくそったれ。自分より強そうなやつには絶対に言っちゃいけない」
それじゃ弱そうなやつには言うのかな、と蓮の目。
いけないことだと言われるとワクワクして身を乗り出すのは、どこの種族の子供も一緒らしい。
「ケンカで勝てる相手になら言ってもいい。けどな。ケンカしたいなら何も言わずにブン殴るほうが勝率が上がる。腹の中をいちいち口に出してもメリットないぞ」
ほほー、と蓮の目。
「自分が言うためじゃなく、言われたときのために覚えとけ。これをおまえに言ってくるやつは、おまえを見下してる敵だ。今すぐは勝てなくても相手の顔を記憶しろ。どこかで機会があったら、後ろから近づいて、ケツを蹴とばしてやるんだ」
おおおー、と蓮の目。
わかったな、と武洋が目で問う。
わかった!と蓮は嬉しそうにコックリする。
「こういうのを四文字言葉ていうんだ。で、これの親分にあたるのが、これ」
武洋はひときわ大きな字で書く。
GET THE FUCK OUT。
「ゲット・ザ・ファック・アウト。消えろ、出てけ、二度とおれに関わるな、なんて類の最上級。相手の人格を根こそぎ否定する。自分で使うこた一生ないだろうから練習しなくていいぞ。頭のすみっこに知識として置いておけ」
はいよ、と武洋、掌をタテにしてみせる。
わかったよ、と答える代わりに蓮は、ミットに見立てた武洋の掌へ突きの拳を打つ。自然な流れで行われる仕草は、ふたりのあいだでだけ通じる挨拶になっている。
ふーやれやれ、と武洋は腰をあげる。
あー、気分わるいわー、ラジオのせいで気分わるいわー、と独り言のようにブツクサ言って。
靴の先で土の上の四文字言葉を消す。
そしてもっと雑草をどけて、広い場所をつくって、ビニールシートをしく。
室内に放り出してあった、米兵からかっぱらってきたアサルトライフルを持ってくる。
どっかりと、あぐらをかいて。
ていねいに分解し、部品を並べはじめる。
これも目を丸くして見ている蓮へ。
「そのへん座っててくれ。絶対にさわるなよ。ネジひとつでも、なくなったら困るんだ」
蓮、武洋のすぐ後ろにきて、ちょこんと正座する。武洋のわきから作業をのぞきこむ。興味しんしんで頬を赤くして。
興奮している顔がかわいくて、武洋も笑ってしまう。
「銃器類はな、使ったらその日のうちに。使わなくても週に一回は、掃除しとくんだ。でないとカーボンがたまって弾詰まりになるからな」
ふぁぁ、と蓮。
「暗闇で組み立てなきゃならない時のために、部品の並べ方は決めておく。どう置くかは自己流でいい」
こんなふうに、と、シートの上に部品をひとつひとつ並べていく。
蓮、コックリする。
「弾に接触する部品には、オイルは塗るな。まちがえて塗っちまったら、発砲する前に拭いたらいい」
これとこれとこれだ、と、ボルトフェースとチャンバーとバレルを示す。
蓮、二度と忘れるものかとばかりに凝視して、コックリ。
すべてを分解してから武洋は部品をひとつづつ、ウェスで拭いて、小瓶のガンオイルを塗っていく。指が届かないところは針金でウェスをこよりにして差し入れる。どこにでもある汎用のミニ工具だけで器用に仕上げていく。
やがてオイルを塗り終えて、天日干し。
武洋はあぐらをほどいてそのまま後ろへ倒れて寝そべり、わずかな昼寝をする。蓮もならって武洋のわきで、ちょこんと仰向けになって目をつむる。
目を閉じたまま、武洋が言う。
「空手を過信するな」
蓮が目をあける。
武洋は目を閉じたまま。
「どうがんばったって素手は原爆には勝てねぇ。最初の不意打ちで一発かますためのもんだぐらいに思っとくほうがいい。拳より頭を使え。同じ武器でも戦闘の組み立て次第で威力は上げていけるんだ」
蓮、真剣な顔。一文字も漏らすまいとしているかのような。
雲が陰る。
そろそろ乾いたか、と武洋。
体を起こして、あぐらをかく。ウェスを刷毛のように使って余分なオイルを落とし、部品を組み立てていく。
そして完成。
アサルトライフルXM5。元の美しい姿に戻る。
銃身を陽にかざして武洋、気分が治ったようで。ごきげんな顔で立ちあがり、家の中へ行こうとする。
そのシャツのすそを蓮がひっぱる。お忙しいところを申し訳ありませんが、とでも言いたげな顔で。
なんだよ、と振りかえる武洋。
蓮がシートの上を指さす。
そこには締め忘れたらしい、ボルトがひとつ。
ありゃりゃ、の顔の武洋。
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