【Vol.03】
武洋が歩く後ろから、少年がついてくる。
他に行くところもないのだろう。板状のチョコレートを一口ずつ折って口に運びながら、ついてくる。おそらくチョコは味など分かってないだろう。魂を持っていかれたような顔で機械的に口に運んでいる。背は武洋の腰ほどか。ベレー帽をかぶり、白いシャツとグレーの半ズボン。まるで上流の私立小学校の制服のよう。年はいくつなのか聞いたら、十四才だと答える。もともと人間より小さい生き物らしい。
夜の住宅街。
とはいえ、どこも無人である。灯りも人の気配もない。長いあいだ放置され、腐って崩れて苔むしたような民家ばかりである。
武洋は歩く。
数歩離れた後ろを、少年がついてくる。
せめて汚れた服を清潔にしてやりたいな、と、ふと思う。
あたりを見回す。
小さな公園がある。
ポンプが電気制御なのでどこでも水道は枯れているが、幼児向けの遊具に雨水がたまっていることもある。
そういえば、きのうは雨だった。
公園に入り、雨水をさがす。
人の腰ほどもある雑草の陰に、誰かが捨てていったらしいビオトープの割れ鉢をみつける。
おいで、と。
少年を手招きする。
「おれの肩、座れるか?」
かがんで、筋肉で盛り上がった肩に腰かけさせる。少年は素直に足を預けてくるので、ビオトープに漬けて靴と足を洗う。
獣人の足。
人間の足と、形はほぼ一緒だが指の腹には肉球がある。ふわふわの白い猫毛に覆われていて、足先が細くてチョコレート色になっている。
靴の内側に、「蓮」と書いてある。
「名前、蓮ていうのか」
蓮はちいさくコックリする。
「親戚とか、いるのか?」
蓮は首を横にふる。
「行くあて、ないのか?」
蓮はちいさくコックリする。
心細そうな、泣きだしそうな、だけどそんな感情すら湧いてこないほどショックを受けていて。
武洋も、途方にくれている。
あのダンボールハウスから、着替えは拾ってきている。
きれいになった足をふき、清潔な服を履かせてやりながら。
「じつはな。おいちゃんも、行くところがないんだ」
二〇三〇年。ある朝いきなり電気が使えなくなった。
今から二〇年ほど前のことである。
そもそも発電所とは、火力や水力や原子力でタービンを回すことで発電機を動かして電気を作る。発電機とは磁石のまわりにコイルを巻いた原理のもの。コイルを回すとそこに磁界ができ、電圧がかかり、電磁誘導という現象が起きる。だが。なぜコイルを回せば電磁誘導が起きるのか、そも電磁誘導とは何か、解明されていなかった。環境破壊、地殻変動、何が災いしたのかもわからない。仕組みがわからないから直し方もなかった。
電気は使用量以上を発電しないと繋がっている全世帯が停電する。ガスや水道やガソリンエンジンも、それを動かすポンプや起動システムが電気制御なため、すべて停まった。
唯一動いていたのが、太陽光発電。これだけはタービン発電機とは異なる原理なので電気を作れた。
人々は我先にとソーラーパネルを奪い合った。民家の屋根についているパネルはもちろんのこと、山林で大規模なエネルギー事業をしていた会社にも暴徒が押し寄せ、パネルを奪っていった。日本人は災害時の紳士性で有名だったが、スマホ依存症も多かった。禁断症状からパニックを起こしていくつかの暴動が起きた。
直後に政府はソーラーこそが国家の基盤とばかりに自衛隊を出動させた。人々からソーラーパネルを没収し、国の管理下に置いた。
今、細々と運営されている司法や行政や警察機構は、管理制限されたソーラーエネルギーで動いている。
各国の電機メーカーはソーラーパネルの増産に舵を切ったが、肝心の生産工場が動かない。やっと作ったパネルは寿命が十年ほどしかないため作るはしから老朽化した。灯油やガソリンなど別エネルギーで動く機械は開発はされていたが都市の主要インフラにするには問題点も多い。それを改良しようにも研究所も停電し、流通システムは暴徒に壊され、そもそも都市機構をまるごと別エネルギーシステムに交換する力はどの国にもなく。都市は崩壊した。高層ビル群が朽ちるまで、十年そこらしかかからなかった。
ただ、悪いことばかりではない。
アフガニスタンなど紛争地域、アフリカなど裏にEUがいる貧困地域は、平和になった。欧米も中ソも他国介入の余裕がなくなり撤退したおかげである。都市のない未開地域も同様。また、中国やインドなど環境汚染の激しかった地域も汚染進行が小休止した。人類が壊した自然が元に戻るまでには何十年とかかるだろうが、すでに一部は緑が戻りつつある。
深刻な打撃を受けたのは、列強諸国、そして日本。
おそらく日本が一番の被害国だろう。資源も国土もない。工業技術も先進アジアに抜かれ、基本国力である人口すらも少子化で消えた。没落まっしぐらでいたところに電気消失がやってきた。
さて。
第二次大戦以来、日本は米国の属国である。
横田基地を筆頭に、厚木、座間、福生、横須賀。首都を囲む五つの米軍基地がある。他国の軍事基地が五芒星のように首都を包囲している国など地球のどこにも例がない。東日本大震災の折はトモダチ作戦などと銘打った艦隊を押しつけられ、稼働費として天文学的金額を請求された。少なくとも米国は日本を、トモダチではなく家畜と思っている。
それでも電気があった時代は、まだ、トモダチを詐称する余力があった。
電気事変が起き、彼らは本音を剝き出しにした。自国の立て直しの資金を家畜から絞り取らねばならない。いまや日本はGHQもどきの米軍に支配と搾取され、貧しい無法地帯になっている。
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