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【Vol.14】

 どこかに黒電話があるはずだ。

 武洋が言う。ふたりでビルを隅々まで手分けして探す。

 かつて日本では有線電話といえばメタル回線のみだった。NTT基地局からご家庭までを銅線でつなぐものである。途中からインターネット回線を利用したIP回線が現れた。NTTにとって維持費が安く上がるため、メタル線を順次IPに切り替えていった。ひかり電話もIPの一種で、これは回線自体が銅線ではなく光ファイバーを新設している。なおIPは、メタル回線と同じケーブルを使うものもあるがその場合も信号の種類は異なる。メタル回線は音声をアナログデータで、IPはデジタルデータで送受信する。つまり電気を必要とする。災害などで停電が起きればIPは動かなくなる。2024年には、緊急時用のメタルのみ残し、各家庭や企業に配線されていたメタル回線網をNTT内の設備交換によりIP網に切り替えている。

 そして異変が起きた。永遠の停電状態になった。電気が使えていた時代ですらメタルからIPへ交換するのに何年もかかっている。いまさらメタルへ戻す力はなく、電話回線網は壊滅した。だが。わずかに残った緊急時用のメタル回線、かつ黒電話であれば、電気を使わないので通話ができる。理論上は。

 ここはNTT四谷ビル。かつての通信界の王者の牙城のひとつであれば、どこかにメタルの黒電話が残っていてもおかしくはない。

 蓮が聞く。

「つまり?」

 武洋が答える。

「メタルの黒電話を探せ」


 宝探しのようで楽しいらしい。

 蓮は顔を埃だらけにして各階を飛び回っている。地下は社員食堂になっていて、かつては多くの社員の胃を満たしていた巨大な寸胴鍋やレードルやコンロやシンクが放置されている。何か美味しいものはないかと電話そっちのけで探したらしいが、何も見つからない。何を探していたのかも忘れて、ぶーたれている。

 逆に武洋のほうは四階の備品管理部から、災害時用の非常食レトルトを発掘する。震災などでビルから出られなくなり寝泊まりする際に社員へ配るものである。しかし。

 賞味期限が十年も過ぎている。

 水をかければ数分でカレーピラフになるレトルトを、食べるべきか食べないべきか、それが問題だ。


 ひとまず水をかけて出来上がった皿を前にして。

 蓮が言う。

「いつも守ってくれて、ありがとう」

 だからお先にどうぞ、と皿を差し出す。

 毒味させたいらしい。

 武洋も言う。

「おまえのおかげでここまで来れたよ。最大の功労者だよな」

 だからお先にどうぞ、と皿を押し戻す。

 にこにこにこ。

 無言の笑顔で皿を押しつけあうも、ふたりとも腹は減っている。

 ぐー。

 と腹が鳴るのを試合終了のゴングにし、ふたり同時に食べることにする。

 カレーピラフをふたつの小鉢に分けて盛る。

 さあ食べよう。

 いっせーのせ、で小鉢を口に運ぶ。

 そして同時に、口にはつけるが食べはせず。相手が食べるのを横目で見て待つ。

「…」

「…」

 裏切者、と呟くところまで息がぴったりである。


 さて。

 他にも仕事はある。黒電話探しは蓮にまかせて、武洋は別の材料を探す。

 一階の奥と半地下には倉庫があり、クロージャ程度なら自作できるようになっている。

 そこから見つくろってきて八階へ運んできたものが、無線送信機、マイク、ミキサー、アンテナなど。それらを組み立て、屋上にある災害時避難情報発信用の電波増幅機へつなぐ。

 簡易だがラジオのコミュニティFM局の完成。むろん無免許の違法局である。

 なお、ビル玄関の扉は暗証キーを壊してしまったので。かわりに倉庫から運んだコンパネを打ちつけて侵入者を防いでいる。


 最後に仕事が、もうひとつ。

 ただそれには蓮の協力が要る。

 黒電話はまだ見つからないかと様子を見に行こうとしたら、いつのまに後ろに蓮がいる。デスクの上にあぐらをかいていた武洋に、どいてくれと言う。

 言われるがまま立ちあがると、蓮、満面の笑み。

「やっぱ、ここだった!」

 どうやらずっと武洋が尻に敷いてたガラクタ類の下にあったらしい、メタルの黒電話である。


 日が暮れつつある。

 最後の仕事を、蓮に手伝ってもらっている。

 これを最初で最後にしような、と重々言い聞かせつつ。

 蓮に、電気を作ってもらうのだ。

 オフィスデスクに武洋が座る。大きな体を小さくちぢこめ、古いモニタのデスクトップにむかう。

 蓮はデスクの天板に腰をかける。足をぷらぷらさせながら、パソコンの電源コードのコンセントを握る。

 ウインドウズが立ちあがる。

 好奇心ではちきれそうな目で、蓮がモニタにかぶりつく。

 もふもふの頭が視界を遮るから武洋がモニタを見れなくなる。

 ちょっとよけてくれよと手で蓮の頭を押す。

 蓮は頭をひっこめるが、すぐまた夢中でモニタをのぞき、武洋に頭をどかされる。


 極小マイクロチップをリーダで読み込んだものが、デスクトップにアイコン表示されている。

 武洋はエディタで、簡単なプログラムを書いている。

 小学校のころに習った基本を必死で思い出しつつ。

 おそらく武洋たちが最後の貴重な、学校でプログラムを習うことができた世代だろう。2020年以前は必修化されておらず、武洋より後の世代は電気がない。

 作っているのはメタル線でファイル送信するダイヤルアップ用プロトコル類と、ファイルに時限消去装置をつけるもの、などなど。

 どうして学生時代にきちんと勉強しなかったんだろう、と、よくある大人のボヤキを武洋も口にしつつ。

 幸いにも専門家たちのパソコンなので参考データには事欠かない。パスワードは付箋でモニタに貼ってある。頭脳はトップクラスだが旧公社の緩い社風の中。おじさんたちが楽しく穏やかに暮らしていた残像が、埃にうずもれた廃墟に重なって見える。

 フロアの隅にはガラクタ機材が山のように積まれていて、ふもとに寝袋とカップ麺が散らかっている。つい今しがたまでそこに人が寝て食事していた生活感が残っている。家に帰るのが面倒で、根城にして暮らしてた社員がいたのだろう。おじさんも戦争浮浪児も、人の営みの微笑ましさは似たようなものである。


 デスクで足をぷらぷらさせている蓮。

 白黒の字のエディタしかないので退屈らしい。

 だんだん眠くなってるらしい。

 ときどき、カクンと首が落ちかける。

 そのたび、電気が途切れてパソコンが落ちる。

 保存できなかったプログラムコードは消え、一からやり直しになる。

「…」

 しょうがないので隣のデスクのパソコンも点ける。

 蓮に電源コードを二本とも握らせて。

 起動するのは、よい子が喜ぶ、マインスイーパ。単純だが有名なゲームである。

 蓮はもう踊りだしそうなほど喜んで、生まれて初めてのパソコンゲームにかじりつく。ぷちぷち、ぽちぽち、夢中でマウスを操作する。

 そして。

 夢中になりすぎて、握ってた手がうっかり開く。

 電源コードが武洋の分だけ、蓮の指からこぼれて落ちる。

「…」

 ふたたび真っ暗になったモニタを前に、ガックリうなだれる武洋。

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