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【Vol.13】

【Vol.13】


 NTT四谷ビル。

 かつてはここで電話交換手が回線の取次をしていた。取次が自動化されてからは東京開通コントロールセンターがフレッツ光の配線土木工事を統括していた。今は従業員もみんな逃げ、地方に事務局をたてて、残ったわずかな回線の管理を細々としているらしい。

 ビル正面の駐車場にはNTTと提携していた協和エクシオの、社名入り工事車両が停まっている。中型のバケット車とハイエースである。

 武洋と蓮、車両をよけてビル入口へ。

 玄関扉の曇った強化ガラスは割れている。暗証キー方式である。扉の左にある暗証キーボックスは壊れていて、武洋が拳をガッと当てるとボックスごと地面に落ちる。

 蓮が玄関扉を押すと、開く。

 ああもう怪我するから触るな、と武洋が手でおいでおいでをする。

 蓮が割れガラスの間から手を抜いて、武洋の背中へぴょんと乗る。


 ビルの中。

 崩れかけた階段をゆっくりと登る。

 周囲のビルはほとんどが崩落が始まっていて天井のないビルも多い。この四谷ビルもいつ崩れるかはわかったものではない。

 一段ずつ強度を確かめながら登る。

 崩落の気配があればすぐ蓮を腹にかばって受け身をとろうと身構えつつ。

 八階まで登る。

 フロア入口に、玄関と同じタイプの暗証キーがついている。それも殴って壊して扉をあけて、フロアへ入る。


 通信界の王者がこのビルを捨てて逃げたのは、何年前だったのだろう。

 サッカーができそうな広い細長いオフィスに、十数年もの灰色の綿埃が積もっている。窓のブラインドの隙間から陽が筋になり、綿埃を幻想的に照らしている。

 武洋はフロア入って左奥まで歩いていく。パソコンがいくつも並ぶシステム開発エリアのあたりで、歩き回る。床から崩落の気配の音がしないのを確かめる。いくつかのデスクをわきによける。六畳ほどのスペースを作ってから、降りていいぞと合図する。

 蓮が背中からぴょんと降りる。

 つま先が床につく瞬間に武洋がひやりとするが、音も重力もない猫らしい着地にホッとする。

「ま、ともかくメシにしよう。喜べ。おまえの大好物のオートミールだ」

 蓮、げんなりの顔。

 抗議の表明で、武洋の背中にぴょんと戻る。

 あのよ、と武洋は蓮を乗せたまま。

「おまえに言いたいことが二つある。一つ、おれの背中はおまえの巣じゃない。住みつくな。二つ、おれだって飽きてんだ。文句言わんで食えっつの」


 ハニワのような無表情で、蓮が小鉢をなめている。

 同じ顔して並んで武洋も、あぐらをかいて小鉢をかきこむ。

「おれの親父が暴漢に襲われて死んだ話はしたっけか」

 蓮の動きが止まる。

 じっと武洋を見上げる。

「むかし西芝ていう電機メーカーの、軍需工場が川崎にあった。親父はそこの研究所の所員だった。異変があってからも研究所には電気供給があった。ソーラーと似た発電システムをもっと安価に大量生産しようとしていた。大学での基礎研究なら優秀な頭脳は米中に集中してたが、民間寄りの立ち位置だったせいか川崎の研究は安価性に優れていた。川崎から新世代エネルギーシステムが生まれる可能性がゼロじゃなかったんで、いくつもの機関や企業が川崎にもわずかながらに出資していた」

 難しい話。

 それでも蓮は、理解しようと全身を耳にして聞いている。

「ミスタ・スト-ンの後継者がな。このあたりの地方自治体の首領だった頃から、ソーラーには注力していた。日本のエネルギー問題の脆弱性に気がついていたんだろう。安価で安定したシステムのために何年も議会で戦っていた。川崎にも出資していた。野党の理解を得られなくて都政予算は組めなかったようで、配下の関連企業からな」

 青い瞳が見開かれている。

 質問ないのを確かめて、武洋は話をつづける。

「この関連企業が、米軍と裏でつながりがあった。開発された川崎の技術はこの関連企業を通じて米軍にも流れた。実際にはMITで開発された技術のほうが実用性があったらしくて米軍の国益に供したわけじゃなかったが、意図せず国賊になっちまったのは否めない。そのカネの流れが、ここにある」

 武洋は下を向き、自分の口に手をつっこむ。

 ゴッ、と鈍い音がする。

 そして顔をあげる。口をタオルで拭いながら。

 指のあいだにあるのは、奥歯だ。

 血を見て蓮が青ざめる。

 武洋の目があたりのデスクを探る。工具箱の中からペンチを拾い、奥歯をはさんで砕く。

 サイズ数ミリの極小マイクロチップが現れる。

「NTTだの電力会社だののテロリストに入られちゃ困る会社は、職場にスマホ持ち込み禁止でな。職場に入室する前にスマホをロッカーに預ける。だがな。たぶん親父は、面倒だった。いちいちロッカーまで行くのを嫌がって不精して、自分の研究室にこっそりスマホを持ち込んでた。メモも取ってた。親父の遺体のシャツの内側からスマホが発見されて、お袋が呆れて笑っていたよ」

 こんなふうにな、と。

 タンクトップの内側からチェーンをたぐり、IDタグを出す。

 そこへマイクロチップも一緒に入れ、タンクトップの中へ戻す。

「情報を持ったまま死んだのは、偶然だ。研究所にも米軍にも知られていない」

 すこし遠い目をして。

 おそらくは脳裏に、父の顔。

「世界から電気が消えて、親父たちは研究所にカンヅメだった。日本のための研究だからと研究所に電気が通じていて、灯りが一晩中ついていた。それが暴徒には気に入らなかったんだろうと警察に言われた。一か月ぶりに帰宅しようとして、夜道で、十人くらいの日本人の集団に襲われた」

 かすかに微笑んで。

「親父、おれに似たこんなゴツい顔して、お袋に惚れてたんだぜ。暴漢に襲われた時、死ぬ前にお袋の顔が見たかっただろうに、家と反対方向に走ったんだ。家の場所を知られないように。家のほうに走れば繁華街だったから誰かに助けてもらえたかもしれなかったのに。そんな計算する余裕もなくて、ただ本能で、家族を守ろうとして、走ったんだ」

 蓮の頭をぽんぽんする。

 食べ終わった小鉢を横に置き。

「生きるって何だと思う」

 戸惑う顔をする蓮へ。

「どんな人生だろうといつかみんな死ぬよな。だったら最初から死んどきゃ合理的だろうに生まれてくる。なんでだと思う。おれは、次の世代に何かをつなぐために生まれてくるんじゃないかと思うんだ」

 蓮が見ている。

 今はわからなくても頭に刻み込んでおこうとしているように。

 そんな蓮の頭を抱きしめて、武洋。

「自分の遺伝子でなくてもいい。技術でも思想でもいい。次の世界のために何かを届けることが、生きる意味じゃねえかと思うんだ。親父がしたみたいにさ」

 独りごとのように言い、微笑む。

 キリスト像にも似た笑みで。

「おれは親父の息子に生まれたことを、誇りに思ってるよ」

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