【Vol.12】
【Vol.12】
テントを出たところで運悪く、シンの自警団とかちあう。
昔と変わらない、とがった顔。だがだいぶ老けた。
むこうも武洋を覚えていたようで。
瞬間、カッとなる顔。
「てめぇ、よくも帰ってきやがって…!」
やべぇ、の顔の武洋。
背中で事態を見極めようとしている蓮の青い瞳。
シンの後ろには手下が十人弱か。それぞれが手に、鎌や棒を持っている。うち半数は腕や足に怪我をしている。戦力になるのは残り半数。
手下が武洋を囲む。正面にシン。
こころなし背中の蓮が、どこかワクワクしているような。
しょうがねぇなと武洋、構える。背中に蓮とナップザックをぶらさげたまま。
めんどくせぇな、それどころじゃねえんだがな、とボヤきつつ。
シン、鉈をふりかざして飛びかかってくる。
かわして頭へ肘を落として地面へ沈める。
重なるように左右から同時に、手下がかかってくる。
身をかがめて左右のやつらを相打ちさせ、かがんだ反動を生かして下から蹴りとばす。
残り、五人。
斜めから男が棒を打ちおろしてくる。左腕でそれえを受け、流して正拳を鳩尾へ。
深く入れすぎたようで吐きながら男が倒れる。
なるべく同胞は叩きたくないんだがなと渋い顔して武洋、背中から素手て突いてくる男をよけてそのまま転ばせる。
残り、三人。
なるべく体力を消耗したくない。くれる攻撃をかわして落とす戦法で片付けようとしているので三人の出方待ちの姿勢になるが、三人はもう動かない。びびって膝がふるえている。
「降参したいなら、しゃがめ」
そう言うと、へなへなと三人とも腰を落とす。
武洋は中央でつぶれているシンの襟首をつかんで持ち上げる。
「あれは本当に、容子か?」
シン、親の仇を見るような目をくれるが、やがて目を伏せる。
そうだ、と力なく返事する。
「誰が殺した」
「アメ公だ」
「なぜだ」
「知るか。たまってただけだろう」
「それで暴動を?」
「悪いか。おれの女だ。おまえのじゃない」
「おまえのそういう真っ直ぐなとこ、ずっと羨ましかったよ」
は? とシンが目をむく。
武洋はシンを地面におろす。
燃えさかる桜並木の中へ、歩きはじめる。
蓮が背中で、騎手になったつもりか、ぺしっと武洋の頭を叩く。
「だから馬じゃねんだっつの…」
しょうがねぇなと武洋が走り出す。
御苑の東へ。大木戸門へ。
「あれが空手の型だ。演者視点での特等席ご観覧、お楽しみいただけたかい」
「うん! すごかった!」
ごきげんな騎手様が、武洋の頭をぺしっと叩く。
武洋はもう文句も言わずに駆け抜ける。
炎の中を。
背中から飛んできたランチャー弾が、足元に着弾して破裂する。
爆風を浴びて蓮が熱さに顔をしかめる。だが武洋はそのまま走る。
大木戸門へ。
バリケードの主力部隊はメインゲートの新宿門へ配置されているのだろう。手薄になっている大木戸の武装門番たちを突きとばし、木材のバリケードを破って、外へ。
そのまま北へ走る。
容子の御霊の冥福を祈りつつ。
ようやくのことで花園東公園に辿りつく。。
公園の子供用遊具に溜まっていた雨水で、持ってきたIDタグを洗う。地と泥が生臭くこびりついていてなかなか落ちないが、幸いにも金属タグである。根気よくこすり落とす。女の名前が現れる。まぎれもなく容子のである。
洗いながら武洋、目を細めて思案している。
次の手を、どうするか。
蓮はそばでIDタグではなくそれを下げていた金属チェーンを洗っている。だが汚れはともかく千切れていて、チェーンは使い物にならないようである。
ぐー、と、蓮の腹が鳴る。
武洋、罪の意識でIDタグから目をそらす。タンクトップの内に下げていた自分のIDタグと一緒に重ねリングに装着し、タンクトップの内へ戻す。
「腹、減ったなぁ」
「うん」
「何食いたい?」
「オートミール以外なら何でもいい」
「そうかそんなにオートミールが好きか。しょうがないなぁ。オートミールしかないんだよなぁ」
わははと笑って武洋、ナップザックをあける。どっかりとあぐらをかいて。メスティンに雨水とオートミールをいれて、固形燃料に火をつける。
蓮、げんなりの顔。
それでも空腹には勝てない。武洋のとなりにぺたんと座る。しぶしぶの顔をして小鉢を用意する。
両手で小鉢を持ったまま、何かいいものはないかと空を見あげる。
カラスが飛んでいる。
低空飛行。
大きな翼で、遊具の上に着地してくる。
あ、やめろ、と言いかける武洋。
それより早く跳ねる蓮。
カラスの悲鳴。
瞬時に仕留め、ひらりと舞うように着地する蓮。
今度は武洋が、げんなりの顔。
「肉食動物の肉は臭くて食えないと、あれほど…」
蓮、しまった、の顔。
武洋、もう知らん、の顔。
「カラスに謝れ。それから自分で食え。命を粗末にした罰だ」
ショックで呆然の蓮の口から、カラスが落ちる。
よく見るとカラスはまだ生きている。獲物が大きすぎて蓮の牙が小さすぎて。頸動脈の場所を刺してはいたのだが牙が達していなかったらしい。失礼な猫型獣人にクチバシで一撃を食らわして、カラスは羽ばたいて飛び立つ。
蓮、つつかれた頭にコブ作りつつ。生きててくれてありがとうとカラスの後姿を拝む。
武洋、唐突に。
「ミスタ・ストーンを知ってるか」
蓮が小鉢をなめながら武洋を見る。
何の話かも見当つかない顔。
「昔の政治家。このあたりを支配してた。ある時いきなりどこからともなく現れて、熱狂的に支持されてな。聞いたこともねぇ奇抜な政策てんこもりで首都を産みなおした。神みたいに思われてたけど、笑うと無邪気で可愛いオッサンだったらしい。子供を育てるのも得意でな。生涯独身で育児が得意って、どっかキリストみてぇだと笑ってたやつもいたんだと。ストーンイズムを腹に抱えた指導者たちが、ミスタのもとから巣立っていったらしい」
「おじさんが、かわいいの?」
「おれは見たことないけどな」
「それで、どうしたの?」
「今はその直系のイズム継承者が都庁のトップになっている」
「うん」
「ミスタの昔のスキャンダルが世に出たら嬉しくはない政治家だ」
選挙制度など戸籍が焼け落ちた現状ではほとんど意味をなさないが、それでもIDをベースにした選挙権は細々と機能している。戦火の下の利権は膨大で、次期選挙へのマイナス材料は少ないに越したことはないだろう。
カラスの黒い大きな羽が、空からふわりと落ちてくる。
不吉な予感を運ぶように。
蓮が、武洋を見つめる。
武洋がいつものように陽気に笑う。
「切札の出し方を見せてやる。面白いから手伝ってくれ」
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