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さまよう少女

作者: 灰庭 太郎

 日課にしている夜の散歩の途中、少女は穴を見つけた。それは地面ではなく空間にできた、裂け目のようなぽっかりと空いた黒い穴で、夜の闇よりもさらに暗く、中をのぞいても何も見ることはできなかった。けれども少女はそこに入ってみることにした。不思議と恐怖は感じなかった。

 入ってしばらく暗闇を歩くと、いつの間にか見知らぬ場所に出ていた。周りを見渡すと、そこかしこに穴はあった。他の穴がどこに続いているのか、少女は試してみたくなった。いくつもいくつも少女は穴を通り過ぎた。穴は通り抜けるたびに知らない景色、見たことのない生き物を少女に見せてくれた。少女は、これは夢だと思った。だから不安は感じなかった。いつかは夢から醒めて、暖かい布団で目覚めるのだと思った。ママの作るおいしい朝ごはんが少女の楽しみだった。明日の献立はなんだろう。ふわふわのオムライス?栄養たっぷりの野菜炒め?甘口のカレー?想像したらよだれが出てきた。少女に好き嫌いはない。ママの作ったものならなんでも食べれた。自然と楽しい気持ちになる。見知らぬ場所で少女はスキップをした。

 しばらくしてから、少女は違和感を覚えた。体が疲れてきた。やけにリアルな夢だ。それにずいぶんと長い。いったいいつになったら目覚めるのだろうか。少女はだんだんと怖くなってきた。そろそろ元の場所に帰ろう。少女は後ろを振り返る。

 ...どの穴から来たんだっけ?少女は視界に広がるたくさんの穴を見て背筋が寒くなった。もしかしたらもう帰れないのかもしれない。そんな不安が襲ってきた。少女は思わず走り出した。冷静では居られなかった。とにかく目の前の穴を通り過ぎた。見覚えのあるような、あるいははじめてみるような景色が走馬灯のように少女の後ろに消えていく。ママ、ママ、ママ!少女は心の中で叫んだ。いや実際に叫んでいたのかもしれない。少女は必死だった。走って走って走り続けた。心臓が、足が痛かった。息ができなかった。少女はただ走り続けた。そしていくつめかの穴をくぐったとき、ついに自分が見覚えのある場所に戻ってきたのだと彼女は気づいた。少女はその場で座り込んだ。息が苦しい。体中が痛い。それでも、それよりも、返ってこれたという安心感で彼女は涙を流した。汗やら涙やら鼻水やらで顔がぐしゃぐしゃになった。

 「...はははっ。」

 ほっとしたからか、自然と笑いが口から漏れた。

 「なにやってんだろ、私。」しばらくして、少女は顔を拭いて勢いよく立ち上がった。よし、帰ろう。帰って、ママに今日の話をしよう。こんな変なこと、信じてもらえるか分からないけれど。彼女は歩き出した。

 

 家に着いて、彼女は元気よく「ただいま!」と声を出した。いつもの家、いつもの玄関。

 ...あれ?けれど少女は違和感を感じる。何かが違うような気がする。具体的に何とは言えないけれど。何かがずれているような。そんな違和感。

 「あら、お帰りなさい。」と、ママの声が聞こえた。

 「...ママ?ママ、だよね?」

 「いきなりどうしたの?別人にでも見えた?」

 「いや...ううん、なんでもない。」

 「そう?ならいいけど。お風呂湧いているから、はいっちゃって。着替え置いておくから」

 「うん。」

 少女は言われた通りにバスルームに行く。見慣れた光景、いつも通りの日常。でも、何かがずれているような。蛇口をひねって体を洗い、シャンプーで髪を洗う。...シャンプーの香りはこんなのだったっけ?シャンプーの量、こんなに少なかったっけ?何かが違うような気がする。気のせい?あんな体験をしたからだろうか。きっとそうに違いない。

 「着替え置いとくよ。」

 ママの声が聞こえる。それがなぜか聞き覚えのない声のような気がする。そんなはずはないのだけれど。

 「ありがとう」と、少女は返事をする。体を洗って、湯船につかる。...そういえば、あの穴は家の中には見えない。ふとそんなことを少女は思った。あの穴はなんだったのだろう。どこに出てくるのだろうか。少女は通り抜けていたときのことを思い出そうとした。しかし夢中で通り抜けていたからか、あまりはっきりと思い出すことはできなかった。まぁ、いいか。少女は開き直る。生きていれば不思議なことの一つや二つ、あるよね。体が温まったからか、前向きな気持ちになった。少女は湯船から上がり、タオルで体を拭いた。そして着替えをとった。

 少女は凍り付いた。そこには少女が欲しかった服があった。通販で見つけて一目ぼれした服だ。けれど、その時は運悪くお金が無くて、買えなかったことを少女ははっきりと覚えている。それはつい一週間前のことだった。その服が、なぜかそこにあった。少女は何が起きているのかよくわからなかった。少女はその服を持ったまま、ママのところへ言った。

 「ママ...」

 「なに?ってあんたどうしたの、服も着ないで。風邪ひくわよ。」

 「この服ってママが買ったの?」

 「えぇ?何急に?」

 「いいから。」

 「変な子ね...。」

 ママは不思議そうに少女を見た。

 「この服、確かあなたが欲しい欲しいってものすごくねだってきたから仕方なく買ってあげたやつじゃない。一週間ぐらい前かしら?もしかしてもう忘れちゃったの?」

 ママはちょっと不機嫌になった。

 「...そうだっけ...?」

 「そうよ、買ってあげる代わりに次のテスト頑張るって言ったの、ママ覚えてるわよ。」

 少女は背筋が寒くなるのを感じた。そんなことを言った覚えはない。自分の記憶が確かなら、だけど。

 「ねぇちょっと、顔色が悪いんじゃない?早く服着ちゃいなさい。」

 「...そうする。」

 少女は服を来てさっさと自分の部屋に戻り、ベッドにこもった。電気はつけなかった。何かを見つけてしまいそうで怖かったからだ。そしてそのままなんとなく違和感のある布団と枕の位置を直して、彼女は無理やり目を閉じた。


 次の日。少女はママの作った朝ご飯を食べた。

 そして。

 自分が前にいたのとは違う場所に戻ってきてしまったのだとはっきり理解した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] お話の組み立てがよくできていると思います。 主人公を少女(小学生くらい?)に設定することで不可思議な体験への“入り”が自然なものになっていると感じました。 また、少女が違和感を覚えることの…
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