翔ける
「さぁ坊や……否応なく、坊やは死の淵に立たされる……あたしと同様にね」
『纏』に会うためには極限状態……死の淵に立つ事で『纏』がいる世界へと足を踏み入れる。
そして、『纏』に会い、自分自身を認めさせなければ――
「死ぬしかない」
あたしは坊やが落ちた方へと視線を向ける。
『坊やなら大丈夫』
そう思ったからこそ、あたしと同じ様に深淵の渓谷に坊やを落としてやった。
実際、あたしもこの深淵の渓谷に身を投げ、『纏』である白銀に会えた。
あたしが身をもって経験した事を、坊やに同じ事をさせた。
酷い考えだって?
甘えんじゃないよ。
「この先、坊やには幾つもの困難が待ち受けている……手っ取り早い方がいい」
それに、坊やの話だと、『纏』の方から会いたがっている節があった。
そんなのあたしが生きてきた中で、坊やが初めての事さね。
『纏』の方からアクションをかけてくるなんてことは……
「……いや……坊やも稀人だが、違う意味であの若も稀人か……嫌な事を思い出した……若も生きていたら坊やと同じぐらいの歳か……」
あたしは昔の事をふと思い出した事に対し、嬉しさを感じた。
「この状況で思い出すとは……不思議なもんさね」
『纏』に好かれる坊やに対し、若は小さいながらも民から祝福を受け、そして、民を思い、民を明るくし、その心粋に惚れた『纏』は、小さな若を認めた。
そして、その若には、優秀で若に心から慕わられていたナイスガイ……
この二人も坊やに負けないぐらいの素質を持っていた。
だが世の常とはよく言ったもんで、世に羽ばたく良き芽を快く思わない者がいる。
いつでも理不尽は付き纏う……
権力を手に入れる事で、人は二つに分かれる。
弱き者が権力を持つ事で、その者が辿ってきた道のりを思い返し、そして、周りを見渡し、弱き者が大勢いる事に気付き、奮い立つ者。
その者は生まれた時から自身が弱かった事を理解しているから、より一層弱き者のために力を使える。
しかし、生まれた時から力を自身が持っていると勘違いしている者は、弱者の事は考えず、ただ踏みつける……そして、玩具の様に自分の思い通りにして遊ぶ。
そして、偽りの力が、本物の力を手に入れた場合……それは猟奇的でより一層狂気的な思考へと加速する。
それを私利私欲のために使う者。
自身に不利益が生じれば切り捨てる者。
そう言った者の負が増長し、その思考は周囲の者を否応なく飲み込んでいく。
その様な者達のせいで、日々を普通に暮らすだけで満足なのにも関わらず、そういった者達のせいで、良い事よりも悪い事の方が日常を占める様になってしまった。
それでもあたし達は必死に日々を生きようと歯を食いしばりながら生きようと食らいついている。
あたし一人では全ての人を救えない……あの時は痛い程痛感したものさ。
「あたしが近くにいたら……ふぅぅぅ……時間の流れってもんは生きている内は早い……坊や……『纏』のいる世界だと、この世の世界とは流れる時間が異なる……むっ⁈ もうそろそろかねぇ?」
そんな事を言っていると、突然緊張感が走る。
渓谷の下に視線を向けると、何とも言いようのない光景に驚愕する。
坊やが落ちて20秒が経過しようとしたその時、底の見えない真っ暗だった渓谷が、蒼白い輝きによって染まっていく。
この輝きは以前見た――
「いや、それ以上の強い輝きを発しているじゃ~ないかい」
ツルツルな岩肌が、蒼白い輝きに反射し、より一層輝きが増していく。
まるで、深淵の渓谷が祝福でもしているかの様にすら思えてくる程に。
―――フゥゥッフォンッ!!
蒼白い輝きを放つ物体は、あたしの目の前をもの凄い速さで空高く舞い上がっていく。
「それが坊やの始纏かい? 良ぃ~じゃぁ~ないかいっ!!」
坊やが放つ輝きは、太陽に照らされてより輝きを増す。
どうやら、坊やはあたしの想像を遥かに超えていた。
長い年月……この歳になって、日々が充実している。
坊やは日に日に違う坊やを見せてくれる。
『坊やはあと何回あたしを驚かせてくれるんだい?』
あたしは心底、心の底から笑みが込み上げてくる。
「坊や……この先、あたしをどれだけドキドキさせてくれるのか……想像しただけでも胸が躍るったらあ~りゃしないよ……たくっ!」
この先、坊やが理不尽に圧し潰されそうになっても、自身の力で跳ね除けられる程の力を手に入れるまで、あたしはこの命にかけて、坊や……迅人を育ててみせると強く誓った日になった。




