それぞれの思いは交差する
「な、なんだろうか? 俺に話ってのは……?」
あの感じだと怒ってはいないとは思うけど……ダメだ思い浮かばん!
俺は身支度を済ませ、迷いながらオレオールさんのいる部屋へと辿り着く。
「お待たせしました」
「いや、構わないよ。 迷っていたんだろ」
「おっしゃる通りです」
「ははは。 まぁ座るといいよ」
「あ、はい。 失礼します」
席に座ると、オレオールさんは俺をジッと見つめる。
変な緊張感が漂っている。
それに、少しプレッシャーも感じるぞ?
俺に向けられている?
いや、これはオレオールさん自身がプレッシャーを感じているのか?
なぜ?
そんなはずはない!
なぜ自分自身にプレッシャーを感じているんだ?
この部屋には俺とオレオールさんの二人しかいない。
「ふぅ……いやはや、こんなに言葉に出すのが難しいとはね」
オレオールさんは深いタメ息を吐くと、首を傾げる。
「あたしらしくないねぇ……よしっ! 単刀直入に言うさね」
「はぁ……何でしょうか?」
首を傾けながら、オレオールさんは優しい笑みを見せる。
「坊や、あんたあたしの下で修業をしないかい?」
「……俺に言っているんですよね?」
「ふふふ。 他に誰に言うってんだい?」
おっと、そうだそうだ。
この部屋には俺とオレオールさんの二人しかいないって自分で言っていたんだった。
でも、それぐらいインパクトの強い申し出だったため、プチパニックを起こしちまったぜ。
いや、まさかこんな思いもしない申し出が俺に来るとは……
ロックさんも言っていたけど、ロックさんを最後にお弟子さんは取っていないって言っていたよな?
「坊やも聞いたと思うけど、あたしは弟子を取る事は辞めた身さね」
「はい。 ロックさんが最後のお弟子さんだとお聞きしました」
「けど、坊やにあたしができうる事を教えたいっていう欲が出てきちまった訳さ」
「欲ですか?」
「そう欲さ。 もう長い事生きてきたあたしだけど、やりたい事は全てやってきたつもりでいたんだけどね……坊やと殺り合っている最中、やっぱりあたしは坊やのファンなんだな~って実感しちまったんだわ」
「今殺り合ってってとこ……なんでもありません。 ファンって……てっきり俺を煽てるために言った冗談かと思っていたんですけど……今もですよね?」
「あたしは冗談も言うが、坊やのファンだってのは本心さね」
「わ~お……夢なら冷めないでほしい」
「何だい? 夢だと思ってるのかい? ならもう一度殺り合――」
「痛い痛いっ! これは夢じゃない! 夢じゃないです! いや~痛いな~!」
俺は瞬時に自分の頬を引っ張り痛いと言ってアピールする。
「何だい? てっきりまたあたしと殺り合いたいのかと思ったじゃないか」
「当面は遠慮したいのと、そろそろ殺すと書いて殺り合うって言葉を手合わせって言葉に直しません?」
「さっきも言った通り、あたしも冗談は言うさね」
「じょ、冗談だったんですねぇ……へぇ……なら、俺がオレオールさんの下で修業ってのも――」
「それは本当だよ、坊や」
「本当なんですね……あの、さっきから気になっていたんですが、いつから俺の事を坊やって呼ぶようになったんでしょうか?」
「坊やは坊やさね。 だいぶ歳も離れているし、あたしからしたら可愛い可愛い愛しの坊やさね」
「愛しの……あ、あ~なるほど! ロックさんも昔坊やって言われていたんですね」
「い~んや、坊やって呼ぶのは、坊やが初めてだよ」
「なら俺も名前で――」
「あん?」
「坊やで結構です」
「よろしい」
殺されるかと思う程の鋭い目つきを一瞬見せつけられた……怖くて本能が名前何て好きに呼ばせなさいって瞬時に頭の中に響き渡った。
「さて、どうだい? 弟子ではないが、あたしが出来得る限りの事を教えるつもりさ。 弟子ではないからって、教えない事もない。 同等に教えるつもりさ」
俺は悩む……これは願ってもいない申し出だ……この申し出を断ってしまったらきっと後悔する。
だが氷歌がどう思うだろうか?
いや、今なんで氷歌が出てくるんだよ!
今、氷歌は関係ないだろうが!
これは俺が決める事であって、氷歌にいちいち許可を得ないといけない事ではないだろうが!
たくっ……こういったマインドが俺の成長を邪魔している……それに、氷歌はこんな事で目くじらを……立てないだろう……
強くなるためには、どうしても、オレオールさんの力が必要だ。
俺の知らない事や、ラグナさんの記憶を見ても靄がかかり、解決できない言葉も出てきている。
俺が弱いせいでもあるが、『順応』の力を上手く引き出せていないし、俺の成長によって、『龍の心』も強くなる。
まだ、色々な物が俺には足りていない。
このままじゃ宝の持ち腐れのまま死ぬ事も考えられる。
それに、奴らともまた近い内に遭遇するに決まっている。
俺に足りない物……そんな物分かり切っている。
そんな事を考えていると、自然と俺の気持ちは決まる。
俺は強くなりたい。
+++++
「そんなあなたにお願いがあるの」
あの時の氷歌の顔は今でも忘れられない。
あの子が嬉しそうに私に願い事をするなんて、ほんっと長生きはするもんだと思った。
「お願いって何なのさ?」
「迅人をあなたの下で修業をさせてあげられないかしら」
「いいのかい? あたしなんかで? もうかれこれ……弟子はだいぶ前からとっていない私なんかでいいのかい?」
「あなたの気持ちは痛い程理解しているつもり……だから弟子としてではなく、ただ、迅人に修行をつけてほしいの」
氷歌はそう言うと、会場に視線を移す。
そこには綺麗な蒼炎を纏う男がいる。
「あなたにはまた、嫌な思いをさせてしまうかもしれない……けど、あなたにしか頼めない事なの……あなたは迅人をちゃんと見ていてくれた。 周囲が炎帝である夏乃子が勝つと思っていた。 あなたも最初はそう思っていたけど、すぐに考えを改めた。 だからあなたに迅人を任せたいの。 それと今の私では……私だと、どうしても甘えちゃいそうで……」
「甘えちゃいそう? それを言うなら甘えさせてしまうじゃないのかい? しかし、あんたのお気に入りの子が甘えるかい? そうは見えないけどねぇ?」
「いいえ、私が迅人に甘えてしまうのよ」
「はい? あんたがどうしてあの子に甘えるのさ?」
私がそう言うと、氷歌の顔が若干赤くなった。
だがすぐに反対の方を向いてしまう。
「迅人を小さなころから見ている私が言うのもあれだけど、私は迅人を縛り続けてしまっていたんだと感じたの……縛り続けてしまったせいで、迅人は危うく帰らない人になっていた……けれども、迅人が生きていると知り、そして、帰ってきた時の迅人の顔付が男らしく変わっていた。 その時私は、自分の過ちに気付いた……私が迅人を縛り続けていたで、迅人の成長を止めていたんだと……そして、もっと色んな世界を見せるべきだと考えたの」
「なるほどね……それで何であたしなんだい?」
「あなたは長年生きてきた経験が、私が知る中でダントツだから」
「なるほど……あの子に経験を積ませてたいって訳かい」
「えぇ……迅人はいずれ強くなる。 誰もが目を見張る程に……けど、その前に死んでしまっては意味がない。 だからあなたの下で経験を積ませてほしいのよ」
「なるほどねぇ……あたしの下で経験を積ませると……まるであんた達は師弟関係を超えた、いや、親でもあるまいし、そういった感情はもう――」
「それ以上言ったら五体満足な状態で帰れないわよ」
氷歌から尋常じゃない殺気が漏れ出す。
「お~お~怖い怖い! わかったから、その殺気は閉まってちょうだいな」
「あなたが私をからかうからでしょ?」
「からかうねぇ」
「どうやらここで痛い目に遭いたいわけね?」
「冗談だってのさ! まったく、あの子が絡むと、あんたはあんたじゃなくなるねぇ……あの時……あの子がいなくなった時みたいに」
「う、うるさいわね」
「あの時、あんたを止めるのに苦労したっけか?」
「もう昔の話を持ち出さないでくれるかしら?」
再度、氷歌から殺気が漏れ出す。
これ以上はダメだね……目がマジになりかけてる。
でも、この子をここまでからかう事ができるとは……思いもしなかった。
あたしは会場にいる市原迅人に視線を向ける。
あの子が、この子に対してここまで感情を揺さぶられる程の存在だとはねぇ……
あたしは俄然、市原迅人に興味が湧いてきた。
「いいよ。 あんたのお気に入りの子を、あたしの下で見てあげるさね」
「ありがとう。 けど、私から条件があるの」
「条件って何なのさ?」
すると、市原迅人を見る氷歌の目付きが鋭くなる。
「もし、私を理由に、色々言って来た場合、あなたの下での修行の話は無かったことにしてちょうだい。 いつまでも、私に怯え、判断が鈍る様なら、この先、迅人は成長できないわ」
「はぁ……あんたのその……もぅいいわ……分かったよ……けど、もしあんたを理由にあ~だこ~だ言ってきたら、本当になかった事にしちゃっていいのかい?」
「それは無いわ」
「自信ありげに言うじゃないか? 自分で言っておいてそれは無いんじゃないかね?」
「あなたに選択肢をあげただけよ」
「選択肢だって? あたしにそんなもんは必要……ない……」
これは氷歌なりに、あたしに対し気を遣ってくれた事に気付く。
あたしにも選ぶ権利はあるのだと遠回しにだが与えてくれたのだ。
断る口実を。
だが、氷歌は、絶対的な自信があるようだ……市原迅人に。
ここまでくると、俄然、市原迅人という人物に興味が湧いてくる。
氷帝を夢中にさせる程の男に。
しかし、氷歌は自分の気持ちに気付いてはいる……だが、その気持ちを押し留めている。
それはきっと、氷歌には責任という言葉が付き纏っているからだ。
果たして、この子の重荷を軽く、いや、無くせる程の力が市原迅人にあるのか?
否!
あたしは市原迅人の戦いを見て、市原迅人が気になっていた。
周囲がどう思うが、あの子に対する評価はあたしの中ではとても高い。
あとは会って確かめるまで!
「あんたのその話し、受けてやるさね」
「よろしく頼むわね。あら、終わったみたいね」
会場が騒然としだした。
下を見ると、市原迅人が炎帝を負かした瞬間だった。
「当たり前じゃない。 今の迅人に夏乃子が勝てるわけないわ」
氷歌は炎帝に勝つ事は最初から当たり前だと言わんばかりの様な顔をしている。
会場にいる観客は驚きと、ジャイアントキリングが起きた事で、ボルテージが最高潮へと達する。
それと同時に歓声が大きくなるにつれ、あたしの心臓の鼓動が速く、大きくなっていくのを感じとっていた。
「さっきも言ったけど、あげないわよ」
「うるさいよ」
氷帝である氷歌を夢中にさせる程の男……
早く、会ってみたいものだ……市原迅人に。




