オレオールの思惑
市原迅人と出会ったのはそう時間はかからなかった。
ただ会って話をしようと思っていた。
けど、彼に会って、久方ぶりに手合わせをしたくなった。
彼を見てそう思ってしまった。
選考会が終わってそう時間も経っていないというのに、彼は大きく成長していたからだ。
久しぶりだね……この胸の高揚感は。
久方ぶりにあたしの心は胸躍っていた。
まだあたしにこんな感情が残っていた事に心底驚いた。
だが、その驚きをさらに超える出来事が起きる。
『なんってこったい……あたしの太刀をこうも防ぐったぁ……』
彼はあたしの太刀を何度も何度も防ぎきっていた。
大抵の奴らならこれで終わるのだが、この子はあたしの太刀を何度も防いでいるのだ。
まだ本気は出してはいなくとも、ここまで粘られた事はあまり記憶にない。
鍛錬は毎日欠かさず行っている。
あたしの腕が落ちた訳ではない。
ただ純粋にこの子が強いって訳だ。
しかもこの子は意図せず、鎧纏の手前まで来ていた事にも驚きを隠せずにいた。
まだ粗削りだが、この子の成長は凄まじいモノだと思いながら、あたしは太刀を振り続ける。
「蒼龍の喚起・第3段階」
こいつぁ驚いた……まだ鎧纏の手前とはいえ、その域にまで上がってこれるのかい?
彼は蒼い炎に包まれていく。
先程とは違い、手と足以外にも装備されていくが、まだ未完で具現化までは至ってはいない。
「これでまだまだなんだ……末恐ろしいったらありゃしないよ」
しかも、先程まで読めていた思考が断片的にしか読めなくなった。
「強者の仲間入りまであと少し……」
蒼い炎が激しさを増していく。
そして、荒々しくも、強さを感じる。
シュゥゥゥーッ
荒々しかった炎が徐々に収束していく。
すると、あたしの目の前に、蒼い炎を纏いし獣が現れる。
「蒼、龍……の、鎧、装」
「具現化してなくとも、全身を纏う程とはね」
「「「グワアアアアアアアアアアアアア―――ッ!!!」」」
「はは……まるで獣さね」
蒼炎の獣は雄々しく叫ぶ。
見た目とは裏腹に、中身は野獣の如き覇気を惜しみなく放出する。
久方ぶりに感じる心地いい殺気。
「ロックッ!」
「はいっ! 何でしょうお師匠⁈」
「こんな子を落とした日本の馬鹿どもはこれを見たらどう思うかね?」
「恐らく自分達にとって脅威に感じるやもしれませんな」
「日本のジジィ、ババァ共はいつまでくだらない事を気にしてんのかねぇ」
「悪しき特徴をまだ日本は絶えず残っております」
「大和魂とはいったいどこへやら」
野獣は体勢を低くする。
「ガアッ!!」
それと同時に一瞬で消える。
ガキィィィィィィ――
獣の様な鋭い爪であたしの頭を狙ってきたが、あたしはそれを刀でいなす。
そこを皮切りに、野獣の怒涛の攻撃が始まる。
「ガァアアアアアアアアア――!!」
「うん……速さ、重さ、バランス……申し分ないが、もっと頑張らないと、あたしには当たらないよ」
「ガッ⁈」
「野獣の如き理性が坊やを支配しようとしているけど、今の状態をあとどれくらい維持ができるかい?」
「グゥゥゥゥ――」
「喋る事を止め、意識を集中してるのかい? これ以上は良くないね」
これ以上やれば意識を持って行かれる。
それだと氷歌にドヤされそうだからねぇ。
あたしはこれ以上必要がないと判断し、終わらせる事にする。
と言っても、坊やのあの状態は意識を断つ他戦いを終えないだろうねぇ……
「坊やはあたしの想像を超えた。 そんな子にはご褒美をあげないとね」
「ガッ⁈」
坊やの隙を突き、距離を取る。
「これも勉強だよ。 まだ意識がある内に今からあたしが見せる事をよ~く頭に焼き付けな」
「グゥゥゥゥ――」
「良い子だ……起きな、『白銀』」
あたしは始纏を発動し、持っていた刀が一瞬で変化する。
「あたしが誘っておいて悪いんだけどね……今日はこれで終わりとさせてもらうよ」
「ガァアアアアアアアアア――」
坊やは激しい炎と共に、あたしに突っ込んでくる。
力の差があると分かってなお、あたしにこうやって突っ込んでくる馬鹿はいない。
けど、あたしはそういった馬鹿は嫌いではない。
『皚皚の白亜』
パキパキィィィーー
あたしが白銀を振り落とした瞬間、辺り一面、白い世界へと変わり、あたしに突っ込んでこようとしていた坊やは青白く凍り付けになり、その場で立ち止まっていた。
「あと、少しであたしに届くとこだったねぇ」
白銀を振り落とし、『皚皚の白亜』をお見舞いしてもなお、坊やはあたしの顔まで約30cmというところまで、手を伸ばしていた。
あたしはその光景を見て、自然と笑みが零れた。
久方ぶりに心躍る手合わせをした。
さて、これからどうしようか……?
あたしは考えを巡らせる。
坊やがこの先繰り広げるであろう出来事に胸が踊っている。
そんな事を考えながら、あたしに伸ばしてきた坊やの指先をチョンッと触る。
「さて、このままの状態はよろしくないね」
しかし、このまま氷漬けってのはよくない。
あたしの技をモロに喰らっている。
死んではいないが、このままこの状態のままではよろしくない。
まぁ、意識は少しの間戻りはしないだろうから、部屋でゆっくりと休ませてあげようかね。
「ロック、坊やを介抱して……やって……」
あたしは白銀を解こうと思った時、何か違和感を感じる。
坊やの方を振り返ると、氷漬けのままである。
なら、何で違和感を感じる?
そうだ……あたしの『皚皚の白亜』を喰らった者は皆真っ白になって氷漬けになる。
だが、坊やを見ると、真っ白ではなく青白い。
なぜ真っ白に氷漬けになっていない?
今までこんな事があったか、あたしは、あたしの長い人生を振り返ってみる。
「お、お師匠⁈」
ロックの叫びに、あたしは即座に氷漬けになっている坊やへと振り返る。
なんと、坊やから湯気が立ち上がり、そして、徐々に蒼く輝きだしたのだ。
「ま、まさか……あたしの技を喰らって―――」
「グアアアアアアアアアアアア―――!!!」
坊やはあたしの氷を溶かし、蒸気が勢いよく立ち上がる。
それと同時に、蒼炎も激しく燃え上がる。
死なない程度に抑えていたとしても、意識を刈り取るには十分な威力を放ったはず!
あり得ない状況に、あたしは自然と笑みを浮かべていた。
坊やなら……坊やならきっと……
そんなことを考えていると、坊や……いえ、獣がゆっくりと視線をあたしに向けてくるのを感じた。
その視線は先程よりも鋭く、獲物を捉えようとする狩人の目をしていた。




