思いとは種々ありけり
「負けました。テヘッ」
「んんんっ⁈」
「いや、いい所まで行ったんですがね~。 あと少し、いやだいぶやられたのかなぁ?」
夜峩さんは笑いながら話を進める。
「ま、負けたんですか?」
「いや、そりゃそうですよ~。 考えてみたら、私が強くなると同時に夜宵だって強くなり、成長しますから。 ですが、今まで私は夜宵に負け続けてきましたが、今回の負けは何故か清々しい気持ちでした」
「清々しい気持ちですか?」
「はい。 夜宵には負けはしましたが、まだ自分には強くなれる伸びシロがまだまだあると分かりました。そしたら怒りよりも嬉しさが勝っちゃって」
「あぁ~……そういうのありますよね~。 でも、どうやって夜宵さんと結婚できたんですか?」
「実は、今回の決闘では言いませんでした」
「言わなかったんですか?」
「はい……やはりそういった気持ちで挑むのは良くないと感じましてね。 ですから、夜宵と真摯に向き合い、そして決闘で今度こそ夜宵に勝つ。 そして、勝って、かっこよく、結婚してくれと伝えてやるんだという気持ちで挑みました。 夜宵も前回とは違うと感じたんでしょうね……そしたら夜宵も言い返してきまして」
「何て言って来たんですか?」
『私が勝ったら、お願いを聞いてもらいます』
「私は分かったと伝え、決闘が始まりました。ですがやはり今までの決闘とは違い、私もすぐには負けませんでした。 戦いの中で私は強くなっている。 夜宵の攻撃が見える。 そんな事を考えていたら楽しくなっちゃいまして、不覚にも戦いの最中にも関わらず笑みを浮かべてしまうぐらいに」
「その言い方だと、やっぱり夜宵さんに勝ったんじゃないんですか?」
「いえ、私は負けましたよ。 今でもあの時の事を鮮明に覚えています。 そして、戦っている時の……夜宵の――」
先程まで嬉しそうな顔をしていた夜峩さんさんから笑顔が消える。
「――夜宵の恐ろしい笑顔も……」
「……」
夜峩さんが虚ろわざる者の攻撃を弾き返した時、危うく夜宵さんに当たりそうになった。
その時の夜宵さんから感じた殺気、そしてあの背筋が凍るような笑みを思い出した。
「最初こそ、順調でした……しかし、戦っていく内に、夜宵の笑みを見た瞬間、感じたのです。 こいつ……今まで本気ではなかったんだと……」
「う、嘘ですよね?」
「そう思いたいのはやまやまでしょうが、私はそう感じました……そして、そう思った瞬間私の意識は暗闇へと墜ちていったのです」
夜峩さんは悟り、力を付けた……しかし、夜宵さんはその先へと進んでいた事になる。
夜峩さんと虚ろわざる者との戦いを見て、夜峩さんの力を見てなお、夜宵さんは夜峩さんの上を行く姿を想像しただけで身の毛もよだつ思いをした。
「意識を戻した瞬間、私は空を見上げていました。 その瞬間私はまた負けたのだと察しました。 空を見上げていると何か頭に柔らかく、温かい温もりを感じました。 横に視線を向けると、夜宵が私に膝枕をして、意識が戻るまで一緒に居てくれたのです」
「ひ、膝枕ですか⁈ 羨ま、いや、意識が戻るまで一緒に居てくれたんですね。 夜宵さん優しいですね」
「いえ、私は逆に恐怖を感じていました」
「な、なんでですかっ⁈」
「決闘を始める前に夜宵に言われたことを思い出したのです……」
「あ、あ~ぁぁ……そうでしたね」
「はい……私は今回負ける気はなかったのですが、蓋を開けたらこのあり様……勢いで負けたら何でも願いを聞いてやると意気込みながら言いつけた手前、いったいどのような恐ろしい要求をされるのか……夜宵が意識を戻した私を見下ろす笑みが、私の恐怖を倍増させていきました……」
うわ~……俺は何とも言えず、寂しそうな夜峩さんを見つめる。
「そ、それで、何を要求されたのですか?」
「私は、このままではまずいと思い、夜宵にまた決闘を申し込みました」
「な、なんでそこで決闘の言葉が出てくるんですか⁈」
「正直、あの時はテンパリと夜宵の不気味な笑みにより、情けなくも、瞬時に出た言葉が……決闘という言葉しか出てこなかったんですぅ~」
「な、なんてこった……」
あの勇ましい姿はどこへ行ったんだ?
過去の話を聞いているだけなのに、落ち込みようが半端ない。
まだ、かわいさが勝っている分、聞いていられる俺……でも、俺が聞いた手前、ちゃんと落し所を見定めなければ……。
俺はとうとう、禁断の言葉を口にする事にした。
「そ、それで、夜宵さんは何と言ってきたんですか?」
「……断られました」
そりゃそうだ……この状況で決闘を申し込むとかあり得んだろう。
「夜宵はこうも言い続けました」
『夜峩……あなたとの決闘は今日を持って金輪際お受けはいたしません』
「えっ⁈ 金輪際決闘はできないと言われたんですか?」
「はい……まぁ、膝枕をして、私の意識が戻るまで一緒にいてくれた彼女に対し、最初の言葉があれでは嫌気も差すだろうなと……私は最初そう思っていました」
「えっ? どういうことですか?」
俺が思っていた事を夜峩さんが言ってくれていたのだが、断られた理由はそうじゃないのか?
「夜宵は先程までとは打って変わり、優しい顔で話を続けました」
『夜峩……あなたとの決闘は今日を持って終わりとなります』
『そ、それでは俺はもう夜宵とは決闘ができない……私は……私は……』
『言葉が足りませんでしたね。 夜峩……私とあなたが決闘をする理由がもうなくなったのです』
『それはどういう意味だっ⁈ 私などもう眼中にないということか?』
『そうではありません。あなたは私の想像を超えたから、決闘の意味はないと言ったのです』
『想像を超えた? 馬鹿を言うな! 私は一度も夜宵に勝てた事がないんだぞ? それを、想像を超えたという言葉で片付けるのはおかしいではないか?』
『私は力だけの事を言っているのではありません。 私はあなたに問いました。 そしてあなたは私の問いにしっかりと答えたではありませんか』
『問い、だと?』
『私に結婚を申し込む者は、負けて、挫折して、諦め、二度と私に挑む事はなくなりました。 けれども、他の者達とは違い、あなたは何度も何度も挑み、何度も何度も挫折を味わいながらも挑み続けてきました。そして、私の問いに対し、諦めるではなく、挑むでもなく、あなたは強く見せる努力を止め、強くなる努力をする……夜峩、あなたはそう導き出した。 だから私は……いえ、私が戦う理由はなくなったのです』
『や、夜宵……そ、それはいったいどう意味なんだ……?』
「私は夜宵の言葉を聞き、素っ気ない態度を取っていた夜宵が、私を見ていてくれていたのだと……嬉しく思いました」
「かっこいいですね、夜宵さん」
「はい……私には勿体ない自慢の妻です」
「でも、だからこそわからないんです……どうやって夜峩さんは、夜宵さんを奥さんにできたのか?」
「ははは……そうですよね。 話しはもう少し続きます」
俺は夜峩さんの話に耳を傾ける。
「夜宵が私を見ていてくれた事に嬉しさを感じてはいました……その反面、夜宵が口にした戦う理由がなくなったという言葉が私には理解できませんでした」
「そうですね……」
俺は話しを折らないように慎重になる。
「私がその意味を夜宵に聞くと、こう返してきました」
『決闘を始める前に、私と約束した話しを覚えていますか?』
『あ、あぁ……覚えているよ』
「私はその言葉を聞き、再度、何を要求されるのかと怖気出し始めました。 覚悟を決め、何をお願いするのかを夜宵に聞くと、夜宵は予想だにしない反応を見せたのです」
「な、何が? 何があったんですか⁈」
夜峩さんは深く息を吸い、そして吐く。
「夜宵は顔を赤らめて、急に涙目になったのです……そして、不覚にもその姿を見た私は、『あ、かわいい』と思いました……そして、夜宵は顔を赤らめながら、震える声で私に言いました」
夜峩さんはそう言うと、一旦静まる……俺は静寂の中、夜峩さんが言う夜宵さんの願いが何なのかを待つ。
『私と結婚してくれますか?』
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