夜
「す、姿、形が変わろうが、しょ、所詮、貴様は俺の実験体に過ぎないんだよっ!」
ほほぅ……夜峩さんのこの姿を見てもそんな軽口が叩けるとは、外見は確かにデカく、厳つく、そして、睨まれたらチビッてしまいそうな程の強面になったが、そこにしかに意識が向いていないという事は、こいつは虚ろわざる者の中で弱い部類なのだろうか?
内面を見ようとすれば先程とは遥かに違うというのに……
「父上のあの姿を吾輩久々に見たであります」
「かっこいいな、夜煌の父ちゃんは」
「はいであります!」
夜煌の父ちゃんをかっこいいと言うと、夜煌は嬉しそうに返事を返してきた。
「しっかし、あんなかわいらしかった姿からあんな姿になるとは」
「私達夜猿一族は、生まれた時から自身の体に負荷をかけて生まれてくるんです」
「生まれた時から、ですか?」
「はい・・・・・・本能でその負荷に慣れていきながら、私達一族は成長していきます。そして、その過程で、力の開放の加減を覚えていくのです」
「生まれながらの戦闘民族なんですね」
「そうですね。私達一族は昔から巌樹様をお守りするための種族ですので、迅人様が来てくれなければ……」
夜煌のお母さんはそう言うと目尻を下げ、夜煌を見つめる。
「母上?」
「ふふふ、大丈夫よ。最後まで諦めなければこういった奇跡が訪れる事がわかったから」
奇跡と言った途端、俺を見つめだす夜煌のお母さん。
「さぁ、夜煌。お父さんのあの姿を目に焼き付けなさい。一瞬の瞬きすら惜しむほどに・・・・・・ね」
「わ、わかったであります、母上!」
母親の真剣な言葉を聞き、夜煌はお父さんの方を見つめ、その目には力が入っているのを感じた。
お父さんの一挙手一投足を見逃すまいとする姿勢を、俺も見習わないといけないなと思った。
「貴様にとって、我々は実験体にすぎんかもしれん……」
「じ、自覚しているのなら、その攻撃的な態度はなんだ⁈ 劣等種は劣等種らしく、俺にいいように使われていればいいんだよっ!」
ここまで来ても瘴気を使った攻撃を繰り出していくかと思ったが、どうやらちがうっぽいぞ?
「出てこい!」
虚ろわざる者がそう言うと、空間から次々と穢れた者達が現れ始める。
「どうだ! お前らだけじゃないんだよ! こいつらはお前達が使えなかった時のためのバックアップだ! これでお前達も、そして古代種も殺してや――」
「蒼炎の地癒震」
「――や、る? へ?」
俺はすぐに地面を強く踏みつけ、『蒼炎の地癒震』を使う。
中にはまだ意識があり、元の姿に戻る者もいるかと思ったが、すでに意識がすでに穢れに乗っ取られてしまったためか、穢れと共に全て浄化され消えていった。
「な、お、お前⁈ お前がやったのか⁈」
「いや、ちがう」
「俺の目の前でやって見せただろうが!」
「うわ~、覗き見るとかありえないんだけど」
「な、なんだその引き気味な顔は⁈ 隠そうともせず、堂々と見せつけたのはお前だろうが!」
まぁ、隠そうともせずに『蒼炎の地癒震』を使ったのには理由がある。
その理由が夜峩さんである。
「迅人殿、また手助けいただきありがとうございます」
「いえ、逆に手出ししてすいませんでした」
「いいえ、お気になさらず……これで心置きなく、奴を消せる」
「なに⁈」
ドゴォォォン
「ぐへっ⁈」
虚ろわざる者は一瞬にして後方へと吹っ飛ぶ消える。
それと同時に夜峩さんの姿も消える。
ドゴォォォン
ドゴォォォン
ドゴォォォン
森の奥からこちらまでに地響きが伝わると共に轟音が響き渡る。
ドゴォォォン
ヒュンッ
「危ないわよ」
夜煌のお母さんが夜煌の頭に手をやり、頭を下げさせる。
すると、その夜煌の頭の上を凄い速さで何かが通り抜け、木にぶつかる。
「ごへっ⁈」
木にぶつかり、勢いよく地面に顔を付け、意識を失いかけている虚ろわざる者だった。
「すまない。大丈夫だったか夜宵」
「えぇ、大丈夫よ。けれど、次はもうちょっと他の所へ飛ばしてくれるかしら?」
「あ、あぁ、すまなかった。次は気をつけるよ」
そう言った夜煌のお母さんの瞳が赤く迸ったのを俺は見逃さなかった。
えっ?
もしかして、夜宵さんって……え?
「ごほっ……よ、よぐも、よぐも、俺の顔を……俺を……俺の貴重な血を、血を流してくれたな……」
「ほぅ……これだけ殴られてまだ、意識が途切れんとは」
「こ、この程度の攻撃如きで、こ、この俺の意識を刈り取る事など……できるかああああああ!!」
虚ろわざる者は叫び出すと、自身の垂れ流した血が蒸発し、その蒸発した血が固まっていき、虚ろわざる者を包み込んでいく。
「血塊の獣」
そう虚ろわざる者が言うと、赤黒い蒸気を吹き出し、禍々しく、大きな獣じみた者が形作られていく。
うわ〜、あの赤黒い蒸気体に悪そ〜。
見ただけでわかる。
触ったらただじゃ済まなそうだ。
「この姿になった俺にはどんな攻撃さえも俺には届きはしない!」
これは熊か?
凶暴な熊?
ここにきて熊をモチーフにするのか?
まぁ、その辺は人それぞれの考えがあるからとやかくは言わんがさ・・・・・・
見るからに打撃では勝てないと踏み、防御に回るってこと……それか、ただ単に……
まぁいいや……本能で分かってるだろう……けど、そんなことしても夜峩さんには何の意味もないと思うけど……
「そこまで自身があるのであれば、この一撃に耐えてみるがよい」
「あーはっはっは! やれるものならやってみるが……な、なんだそれは⁈」
虚ろわざる者は夜峩さんを見て驚き始めた。
夜峩さんを見ると先程よりも筋肉が膨張し始めたのである。
「な、さっきまでのが本気ではなかったのか⁈」
「誰が本気だと言った? これでもまだ3割程度だぞ」
「う、嘘つくんじゃ――」
「なら、受けてみるといい」
ドオオン⁈
夜峩さんは地面を強く踏みつけると、辺り一面が揺らぐ。
それと同時に夜峩さんから魔力がグンッと跳ね上がるのを感じる。
「お、俺の血塊の獣は絶対にお前如きに破れはしな――」
「その身に刻むがいい! 夜刻一振っ!!」
ヒュゥ――
「へ? は、はは、な、なんだ⁈ 声を張り上げたかと思ったら、ただの見掛け倒し――」
ゴオオオオオオオオ――
「ふぎゃあああああ――」
夜峩さんが声を張り上げながら拳を虚ろわざる者へと向けると、1~2秒程の静けさから、一瞬で轟音が響き渡る。
夜峩さんが放ったであろう攻撃により、虚ろわざる者を覆っていた赤黒い塊は一瞬で消し飛び、その場に何もなくなっていた。
「す、すごい……」
夜峩さんが放った攻撃に俺は正直驚く。
これでまだ3割程の力しか出していないとは驚きだ。
だが、今はこの驚きは閉まっておかなければならない。
「迅人様……」
「はい……まぁ、一人ではないとは思ってはいましたけど」
俺と夜峩さんは上に視線を向ける。
そこには先程の虚ろわざる者を抱き抱えた、もう一人の虚ろわざる者と、上空に浮かびながらしゃがみ込み、手に顎を乗せてこちらを見下ろしている虚ろわざる者……
この仮面には見覚えがある……
「やぁ、迅人君、元気にしてたか~い?」
おちゃらけた口調で俺の名を呼ぶロキの姿があった。
お読みいただきありがとうございました。
すいません。
虚ろわざる者をホーロゥとしていましたが、訂正で虚ろわざる者でいかせていただきます。
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