traps and tricks
俺と始は、向こう側へ続く橋を渡ろうとしていた。
「なぁ、やっぱ他の方法を考えてみないか?」
「はぁ? 何を今さら! 他に方法があれば俺だってこんな危なっかしい橋渡りたくはないよ!」
始はジト目で俺を睨む。
いつからそんな怖い目を俺に向けるようになったんだよ……俺悲しい。
「バカな事を考えてないで、さっさとこの橋を渡って、俺達の世界に戻るぞ。そして、すぐにでもお前の足を見てもらわないとな」
「ははは……あのさ、結構この片方の足が無いの意外とかっこいいなって思ってるんだわ」
「でた……それで、鋼の義足を付けて、変な名前を付けるつもりだろう?」
「バ、バカな事を言うんじゃないないよ~! そ、そんな厨二っぽい事するかよ!」
「めちゃくちゃ同様してんじゃね~かよ。お前は昔っから分かりやすいんだよ。それと、それも嘘だってこともな」
「なっ⁈」
「俺はお前以外を相棒にする気はないからな」
「はっ! お前こそ厨二っぽい事を言ってんじゃね~かよ」
「う、うるさいぞ! ほら、無駄口叩いてないで、ちゃちゃっと渡るぞ!」
「はいはい……わかったよ」
始は俺を支える様に橋を渡り始める。
少し、少し、慎重に歩を進める。
なんせ、今にも崩れそうな橋だ。
慎重になるのは当たり前だ。
それに下はマグマの川が流れている。
落ちたら最後……死んだも同然である。
「はぁ……」
突然始が深いため息吐く。
「どうした? そんなため息なんかついて? おじさんに話してみないか? うん?」
「こんな状況にも関わらず、ふざけてるお前の神経を俺は疑うよ」
「失敬な! これでもニューナイーブなんですからね!」
「意味がわからん。 たく……帰ったらの事を考えてたんだよ」
「帰ったらの事? 俺はお前とまたゲートに入って、稼ぐんだろ?」
「そうじゃなくてだな。お前の事を考えてたんじゃなくて、氷歌ちゃんに何て言ったらいいか考えて――」
「それ以上言わんくっていい! その名前を聞いた瞬間、背中に悪寒を感じた……っていうかお前約束破んなよ!」
「いや、そうもいかんだろ……お前に万が一の事があったら俺は……いや、もう片足無くなってるから街ごと――」
「だからそれ以上は言わんくっていいって言ってんの! 分かる? あいつはこういった話をすると、すぐに感づくんだ! 今だって血眼になって俺達を探し回っているかもしれない!」
「俺もお前とは小さい頃から一緒にいるが、氷歌ちゃんとお前は同じ病院、同じ日に、同じ時間に産まれて、しかも住まいは近所ときたもんだ。それだけ偶然が重なったら、お前を心配もするだろうが」
「いや、正確に言ったら、俺の方が5秒先に産まれたんだ! それなのに、あいつは俺を弟のように思っている節があるんだ。ほんっと困ったもんだぜ」
「それだけお前の事を大切に思っての事だと――」
「それがいらんお世話だってんだ! だが、あいつはそれすら気付いてない! 曲がりなりにもあいつはSクラスだから尚タチが悪いんだ! 力で俺を捻じ伏せ、言うことを利かせようとする! しまいには、俺に戦うな! 強くならなくていい! 最終的には私が面倒を見てあげるから! それが姉の務めってもんだって言いきりやがった! 俺はお前を姉だなんて思ってないっつ―――のっ!!」
「ま、まぁ、ある意味優良物件だけどな……」
「バカを言うなっ! 俺は男だぞ! ヒモになるつもりなんかさらさらないね!」
「まぁ、確かにお前の言う事には一理あるが……氷歌ちゃんだぞ?」
「ふぅぅぅぅ……弱いって嫌いだ。けど、そんな中、お前は俺を誘ってくれた。ほんと感謝してる」
「ははは……半殺しに合うはめになったけどな」
「お前の懸命な努力は、けっして無駄にはしない! それよりもお前は大丈夫なのか? アンジーが――」
「俺が悪かったって! アンジーの話はやめてくれ! あいつも何をしでかすか分からないんだから!」
「ああー! お前から話を持ち掛けてきたんだぞ! 狩りに来てる時は女の話は無しだって約束したのに、お前から――」
「わ~かったっ! 分かったって! 俺が悪かったよ! でも、アンジーはきっとちゃんと話をすれば分かってくれる。俺はアンジーを信じてる、俺はアンジーを信じてる!!」
「同じことを2回も繰り返さなくても……」
「う、うるさい! ほらあと少しで渡り切るぞ!」
話に夢中になり、いつの間にか橋の半分を渡っていたのに気付かなった。
「あぁ、そうだな。あと少し――」
ガコンッ
「なっ⁈」
「へっ⁈」
ガシッ
「だ、大丈夫か……迅人⁈」
「あ、あぁ、大丈夫だ」
突如、橋が崩れ、俺は危うくマグマの川に落ちるところだったところを始が、寸でのところで腕を掴んでくれた。
「い、今引き上げてやるからなっ!」
「あぁ、マジ悪いな」
「ははっ! 帰ったら焼肉をおごれよ!」
「あぁ、好きなだけ食べさせてやるよ」
「へっ! 言ったな! ならお前の財布をスッカラカンになるまで食ってやる」
「おいおい、勘弁してくれよ」
「勘弁してやらね~」
「お前って奴は――」
災難は去ったというのに、俺の頭に響き渡る警報は鳴り止まずにいた。
まだ災難は続くのか?
『ガルゥゥゥゥゥ』
「おいおい、マジかよ」
俺がそう思っていると、俺達が通ってきた空洞から、小型だがモンスターが現れた。
おそらく、あの瓦礫の山の隙間を通って俺達を追ってきたに違いない。
始は俺を必死になって引っ張り上げるのに夢中でモンスターに気づいていない。
「始っ! 俺達が通ってきた空洞からモンスターが現れた! 急げ!」
「なにっ⁈」
始は必死になって俺を引っ張り上げるが、一向に上がらない。
おかしい……始は曲がりなりにもBクラスだぞ。
俺なんかヒョイッと持ち上げられるぐらいの力があるはずだ。
まさかっ⁈
ツゥ――
「は、始……お前」
「もう少しで! もう少しで――」
俺の腕を掴む始の腕から血が伝ってくる。
お前怪我してたのかよ⁈
「始っ⁈ お前――」
「あの爆発でさ、腕をやっちまったみたいだ」
「なっ⁈ なんで自分で回復しな……かった……まさかっ⁈」
「あぁ……お前の足に俺の魔力をすべて使っちまったんだわ」
「バ、バカヤローーー!! なんでもっと早く言わなかったんだ⁈」
「言ったらお前心配するだろうが」
「あったりまえだろうがっ!!」
「そう怒ると思ってさ……もう少しで隠し通せると思ってたのに」
「まんまと隠し通されるとこだったぞ……このバカヤロウ―が」
「俺もまだまだだな……咄嗟の事で、怪我をしている利き腕が先に出ちまった」
「何をカッコつけ――」
『ガルゥゥゥゥゥ』
モンスターは俺達に気付き、こちらに向かってくる。
始の方も限界が近いみたいで、震えが伝わってくる。
ダメだ、時間がない!
このままじゃ、二人とも死んじまう!
だがどうしたらいい⁈
二人とも助かる方法はないのか⁈
俺は鼻血が出る程に思考を巡らせる。
1つだけ案が浮かぶ。
もうこれしか方法はない。
モンスターは橋を渡ろうとしているが、崩れてしまう事を警戒し、慎重にこちらへと進んでくる。
よし、時間は多少だがある。
俺は片方の手で収納袋に手を突っ込むと、装飾された赤い宝石を取り出し、そのまま始に取り付ける。
「な、なんだよこれっ⁈ おい! 迅人これはいったい――」
「いいか、これは耐熱仕様のアーティファクトだ! これを付けている間、暑さを気にすることはない!」
「お前、いつの間にこんな高価な物を――」
「いいか? 時間がない! よ~く聞け! もう1つお前に隠している事がある」
「な、なんだよ?」
「今すぐ近くにモンスターがいるのは分かってるよな!」
「あぁっ! だからこうやって必死になってお前を引っ張り上げようとしてるんじゃないか!」
「そうだな! そこで、お前に隠している事があるって言ったが、俺は起爆札も持ってきている」
「あぁもうお前はなんちゅうもんを買い込んでるんだよ」
「仕方がないだろ! 俺には【順応】しかないんだからいざって時のために買っといたんだよ! あぁもう! そんな事はいいから黙って話を聞け!」
「わ、わかったよ!」
「俺がタイミングよく起爆札をあのモンスターにぶつけ、爆風を利用して俺を一気に引っ張り上げろ! タイミングを間違えば俺達二人はお陀仏だ!」
「タイミングな」
「そうだ! そして、モンスターをギリギリまで引き付けなければならない! 案の定、あのモンスターは俺達が気付いてないと思ってる。気付いてることを悟られるなよ」
「わかった!」
よし……
準備は整った。
モンスターに視線を戻すと、もうすでに5m付近まで来ていた。
このモンスターは俺達が動けないことに気付き、ニヤつきやがった。
このまま油断していてくれ!
そして、始とも目が合う。
アイコンタクトで動くなと伝える。
始は瞬きをして、俺の意図を理解する。
4m……
3m……
2m……
『ガウッ』
1mを切った瞬間、モンスターは一気に距離を詰めてきた。
それと同時に始は勢いよく引っ張り上げるが、俺を引き上げるには足りなかったが、体は上に上がる。
だが、それは想定内だ。
「悪いな」
「えっ⁈」
俺は収納袋から取り出した物を、始の手首にくっつける。
バチィッ
「うわっ⁈」
始は俺の手を離す。
いや、離すように俺が仕向けたのだ。
始に付けたのは、微弱な電気が流れる札だ。
微弱だが、俺の手を離すには、今の始ならこれで十分だ。
そして、俺は始が勢いよく引っ張ってくれたおかげで、体が上がる。
だがそれで十分だ。
これでお前に届く。
それと同時に俺はモンスターの足を掴み――
「うおりゃあああああああああああああ――」
『グワウッ⁈』
こちらへと引き込み、マグマの川へと落とす事に成功する。
そして俺も――
ガシッ
「グエッ⁈」
「く……そ……バカヤロウが……」
「始……」
俺のパーカーのフードを掴む始。
ドボンッ
『キャインキャインッ⁈』
モンスターは落ちてすぐ悲鳴を上げるが、すぐに事切れる。
その悲惨な最後を見届け、複雑な気持ちになる俺。
「はぁ、はぁ……お前って奴は、ほんっと、俺の期待を裏切るよなぁ」
「お、まえの、罠に、なんか嵌ってたまる、かっ!!」
「あのなぁ、このままじゃ二人とも死んじまうんだよ。ほら、見てみろ! さっきの衝撃で橋がさらに脆くなっちまった。時間ももぅ無い。他に方法は――」
「うるせえええ―――!!」
俺は急に叫び出す始に、一瞬だが驚く。
だがすぐに冷静さを取り戻す。
「悪かったって。お前を罠に嵌めようとしたことはさ。けど、それしか方法がなかったんだ」
「う、うるせぇ……気が散る! 今引っ張り上げてやっから、待ってろ! そして、一発殴らせろ。それでチャラにしてやる」
この期に及んでお前って奴は……そんなお前だから……だから死んで欲しくないんだろぅが。
「えぇ……やだなぁ。殴られるのはぁ」
「これだけは譲らねーぞっ!!」
ビキビキッ
まずい!
橋に亀裂が生じてきた。
それに、始の腕も限をすでに超えている。
俺は収納袋に手を突っ込み、ナイフを取り出し、収納袋を橋に突き刺す。
「な、何をしてる⁈」
「いいか~始! よく聞け! この収納袋を使って、何としてでも生き延びろ! この中には一月分の食料がある。ちゃんとやりくりすりゃ~生き長らえるだろうからよ」
「へっ! バカ言ってんじゃね~よ! とうとう計算もできなくなったのか? お前と二人なら半月分しか食料はないぞ。それと、もう喋るな! 次くだらねぇ事言ったら2発腹に食らわしてやる」
「おぉっ! こわっ! そんな怖い人の前から退散するとしますか?」
「おいっ⁈ ふざけんじゃねぇぞ!! 何勝手に死――」
「おいっ! 何を勘違いしてんだよ? 俺は死ぬつもりなんか1mmも考えてね~ぞ」
「なっ⁈ じゃぁどうす――」
ビキビキビキッ
「やばいやばいっ! 時間がない! いいか? これだけは言っとく! 俺は死ぬ気なんかさらさらない! だが、説明している時間がもうない! 橋が壊れちまったら、俺の計画がパァになっちまう。その計画には、始、お前が生きていなきゃならない。俺だけ生き抜いたら、これから先の計画がパッパラパァだ! だが、ここで手をこまねいていたら、本当に俺だけが生きて、お前が死んじまう!」
「そ、それを俺に信じろと⁈ な、なら、俺が信じられる様な事を今すぐ言えっ!」
「信じられるって……なら、お前が信じた俺の力を信用しろ! 相棒」
「さっき罠に嵌めようとしたよな相棒よ」
「言えって言ったのに⁈ さ、さっきは俺が悪かった! あぁでもしなきゃ、お前は手を離さないだろ?」
「……」
始は真剣な表情で俺を見つめるが、すぐに返答がこない。
「……本当に信じていいんだな?」
「あぁ……それが、二人が生き抜くための最善の策だ」
「……さよならは言わねーぞ、相棒」
「おうっ! またな相棒」
そう言うと、始は静かに手を離す。
そして、落ち行く中、俺は始の方へと拳を突き出す。
すると始も俺の方に拳を突き出していた。
少し心配そうな顔をしてるが、優しい顔をしながら俺を信じ、手を離してくれた。
はぁ……怖ぇなぁ……
ドバァァァァァ――
俺はマグマの川へと吸い込まれていった。