穢れ
俺と夜煌は、青々と茂った森へと一瞬で移動した。
「迅人殿……本当によろしいのでありますか?」
「うん?」
移動した途端に夜煌が心配そうな声で俺に話しかけてきた。
先程まで巌樹さんに向けられていた心配を今度は俺に向けている。
巌樹さんといい、夜煌といい、余程、この先に待ち受けている穢れた者達がどの様な物なのかわからないが、二人は俺がショックを受けると思っている。
まぁ、ここまで心配されたら俺も気持ちを引き締めないといけないな……
「あぁ、俺は大丈夫。夜煌は心配しすぎなんだよ」
「は、迅人殿……穢れた者達は瘴気を撒き散らし、周りにある物をどんどんと弱らせ、そして腐食させる者もいれば、様々な者が姿、形、能力、いったいどのようにしたらこんな、こんな惨い……なぜ、お師匠達が狙われ、そして、そのためにはどんなことも躊躇せず行動に移す虚ろわざる者達を、吾輩は、吾輩は……」
「夜煌」
「は、迅人殿?」
夜煌の怒りは痛いほど俺に伝わってくる。
俺は夜煌が喋っている途中で頭を撫でてやる。
「夜煌がそこまで怒りを露わにするほど、悔しいのはよくわかった。けれどな、夜煌、俺は死ぬ思いをして、やっとわかった事がある」
「な、なんでありますか?」
「やらない後悔はな、ずっと……死ぬ瞬間も、死んでもずっと後悔は付き纏うんだと俺は思う」
「迅人殿……」
「巌樹さん、それに、夜煌が俺にしかできないと言ったんだ……なら応えてやりたいじゃないか。俺は、俺の出来得る限りの事は全てやるんだ。それが俺の新しい決意ってやつさ。それに、俺も虚ろわざる者達については頭にきているんだわ」
ぶっちゃけ、ラグナさんの記憶を受け継いだ俺は、奴らがやってきた事は、他人事だとしても、無視はできないし、ラグナさん達にしてきた事を考えたら、見過ごす事はできない。
俺のいる世界にも奴らはいた。
ここで起きている事は、後々、俺のいる世界にも影響を及ぼすかもしれない。
それこそ、今やらないで、後々やっとけばよかったと後悔するかもしれないのなら、今すぐ行動に移した方がいいに決まっているし、二人を助けられるのなら、きっとラグナさんも喜んでくれるにちがいない。
「は、迅人殿ぉぉぉ……」
「行くぞ……泣くのは後だ」
「グスッ……はい、であります!」
俺と夜煌は茂みを歩いて行く。
すると、徐々にだが異臭が臭いだしてきた。
「迅人殿……近くにいるであります」
「あぁ……わかってる」
周囲を見渡すと、俺達の後ろは青々しく茂った森だが、反対に俺の前に見える物は徐々に青々しさを失くしていき、黒く変色し、枯れて行っている。
それはつまり、奴らが俺達に気付き、こちらに向かって来ているという事がわかる。
「夜煌は離れていてくれ……」
「わ、吾輩もお手伝いするであります!」
「いや、これは二人が言った通り、俺が一番の適任みたいだ」
「うっ⁈ は、迅人殿⁈」
ガサガサッ
「こ、これが穢れた者、達……」
茂みの奥から徐々に穢れた者達の姿が露わになっていく。
徐々に見えていく姿を見て、とてつもない違和感が俺を襲う。
それと同時に、露わになっていく姿を見た瞬間、俺はいったい何を見ているんだと自分の目を疑った。
所々に見えるあれはなんだ?
あれはどう見ても――
「オ、ォォォ、ォォォオ――」
二人の心配を鑑み、自分なりに覚悟はしていたが、俺の目の前にいるこれは……俺の予想の斜め上を行き過ぎていた。
二人が心配をするのも無理はない……これはあまりにも酷すぎる。
だが、それと同時に怒りが込み上げてくる。
「これは……こんな惨い事をいったい、誰が……」
俺の目の前にいる穢れた者達……俺に見える穢れた者達は、幾重にも重なり、固まり、腐敗臭が漂い、そして、所々に見え隠れしている部位――
「ク、クル、シィ……」
そして、おぞましいその、何とも言い難い、集合体は……
「コ、ロォ……シィ……テェェ……」
言葉を発しているだと⁈
まさか人間?
いや、よく見ると、人間とは違い、部位には所々に鋭い爪、それと体毛が生えている。
俺は人間ではない事に安堵する
だが、次の瞬間、俺はその安堵した自分を恥じる。
「これが穢れた者達なのか……酷い事を……しかし、言葉を発しているところをみると、……いや、まだ自我が残っているのなら――」
「父上……母上ぇぇ……」
俺は後ろに下がっている夜煌が発した言葉を聞き、後ろを振り返る。
後ろを振り返ると、穢れた者達を泣きじゃくりながら見ている夜煌がいた。
俺はもう一度穢れた者達を見る。
そこには夜煌と同じ煌びやかな二匹の黒い猿が寄り添う様な形で他の者達と一緒に固まっていた。
そうだ! 所々に見える部位は夜煌に似ていたのだ。
そして、巌樹さん、夜煌が俺に頼ったのは、仲間、そして夜煌の両親がこの様になってしまい手出しができなかった事に気付く。
「そりゃ~、無理だよな……巌樹さんは仲間を手にかけるのなら、自身が傷ついた方がいいと考え、今でも痛みに、仲間の痛みを自身に請け負っている……それに夜煌……」
夜煌の気持ちが手に取るように分かる……自分の両親がこの様な姿になり、泣く事しかできない自分に腹が立っている事も……
「は、迅人殿、ど、どうか、父上、母上を、どうか、どうか、一思いに殺して、楽にしてあげてほしいであります」
「……」
夜煌の悲痛な声を聞き俺は、夜煌の元に歩み寄る。
「夜煌……俺に任せろ」
俺はそっと、夜煌の方に手を置く。
「は、迅人殿……どうか、どうか、父上と、母上、そしてみんなを、苦しまずに、苦しまずに――」
「俺がお前の父ちゃん、母ちゃん、そして、みんなを元に戻してやる」
「一思いに……い、今、何と?」
泣きじゃくっていた夜煌が、一瞬で間抜けな顔になった。
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