第1段階
俺には『龍の心』が宿っている。
『龍の心』は古代蒼龍であるラグナさんからもらった力である。
だが、この力はとてつもない程の強さを秘めており、現状、氷歌からの許可が下りない限り使用は禁じられていた。
そして、『龍の心』はあまりの強さのため段階を踏んで使用しなければならない。
なぜかだって?
体にかかる負荷が半端ないんだって……
だから俺が今使える段階は3である。
だが、今氷歌から許可が出たのは1段階!
まぁ、俺の力である『順応』が、俺の体に負担がかからない様に少しずつ順応しているみたいなんで、焦ってもダメって事さね。
その内、『龍の心』を完全に使いこなせる日は必ず来る。
でも、今は3段階までなんでしょって思うかもしれないけど、氷歌の話だと1段階だけでも相当な力を秘めていると言っていた。
久々に氷歌から許可は下りた事だし、楽しませてもらおう。
「蒼龍の喚起・1段階」
ゴオオオオオオオオ
蒼い炎が勢いよく吹き出し、体中を包み込む。
そして、蒼い炎は俺の手に集まり出し、形成されていく。
「な、なんだいその手は⁈」
仮面男は俺の手を見て驚いている。
それもそうだ。
先程まで何もなかった手にはガントレットが装備されていた。
だがこのガントレットはただのガントレットではない。
こいつは『龍の心』の力を使って具現化した武器、その名も『蒼龍の爪拳』である。
俺はイグニアスの感触を確かめる……うん、いいね! 昔から使っているかの様な心地よさだ!
さらに『蒼龍の喚起』の1段階を解放したことで身体能力もグンッと上がり、体が軽い軽い!
よしっ! 準備が整った。
俺は視線を仮面男に戻す。
「準備が整うまで待っててくれてたのか?」
「そりゃ~そうさぁ。 準備を邪魔するほど空気が読めない訳じゃないからさぁ」
「ヒ、ヒーロータイム? そ、そりゃどうもありがとうございました。おかげであんたを叩きのめす事ができそうだ」
「ほほ~ぅ……さっきまでは本気じゃなかったって事かい? 何度も背後を取られていたというのにぃ?」
「あぁ、そうそう! さっきまでの俺は忘れた方がいいぞ~。それに時間もだいぶ経過したしな」
「ははっ! 面白い! なら見せて――」
シュンッ
仮面男は全てを言い終える前に姿を消す。
俺はリラックスした状態で構える。
「――もらおうか?」
「舌噛むなよ」
ドガ―――ン!
「くっ⁈」
背後に現れた仮面男は俺の拳をクロスアームで防ぐと共に信じられないと言わんばかりの驚きを見せる。
それもそうだろう。
先程まで何度も背後を取られていたのにも関わらず、今回は防がれただけではなく反撃まで食らったわけだ。
俺の拳を食らい、衝撃のせいですぐに時空へと入れないでいた。
そんなチャンスを俺が――
「逃すはずないでしょーがっ!!」
「くっ⁈ ま~だ調子に乗るのは早いんでないかぃ?」
すると仮面男は短剣を握った拳を繰り出してきたが、俺がいない方だったため気にせず拳を向ける。
「どうした? どこを狙ってるんだよ?」
「いいんや、これでいいのさ」
「あん? うおっ⁈」
突然仮面男が握っていた短剣が俺の横を通過する。
俺はギリギリのところで躱す事ができた。
俺は一旦距離を取り、先程の攻撃がどこから来たのか考える。
「今の攻撃よく避けられたねぇ! ほんっとさっきまでとは違うって事がよ~く分かったよぅ」
「俺的にはまだ油断してくれてた方が良かったんだけどな」
「いやぁ~……でも、もぅ油断はしないよ」
「おおっ⁈」
仮面男の魔力がグンッと上がる。
「あんた体を部分的に時空に出し入れすることもできるのか?」
「そうだよぉ。ぶっちゃけ体全部を時空に入れるより、こっちの方が楽だし、コスパもいいんだよねぇ」
「へぇ……なるほど」
「まぁ、おたくの予期せぬ反撃に驚いたせいで時空に入れなかったってのもあるんだけど、やっぱおたくは殺したくないんだわ俺」
「短剣を持っておいてよく言うな」
「短剣を持っている方がうまく意識だけを刈り取るにはちょうどいいんだよぉ。それと加減はしているから安心してぇ」
「加減してくれてるのかよあれで?」
「本気に見せかけて遊び心を取り入れるのが俺の戦闘スタイルなんだよぉ」
「天才の考えは俺には分からんよ」
「いやいや、俺なんかは天才なんかじゃないない! 俺みたいなのは凡人の類さ。それに俺よりもすごい奴はい~っぱいいるからねぇ~……あそこにいる氷帝クラスに……それと怪物クラスがねぇ」
マジかよ……
俺は氷歌を怪物クラスだと思っていたのに、こいつからしたら氷歌は怪物クラスではないってことらしい……氷歌以上の怪物クラスがいるのかよ⁈
「つかさぁ~おたく、拳めっちゃ痛そうに撃ち込んでくるじゃん! 俺は殺さない様に気ィ使ってあげているのに、おたくは俺を殺す気で撃ち込んでくるとかヤバくなぁ~い?」
そう言いながら仮面男は手をぶらぶらと揺らしている。
「さっきまで殺すとかほざいていた奴に言われたかねぇ~よ!」
「あははっ! そりゃそ~だわね! でも俺、痛い思いしたくない質なんで」
「さっきの攻撃は普通の人なら死んでたと思うんだけど」
「おたくは普通じゃないんだから、普通とか言っちゃダメダメ! ぶっちゃけあれで倒せるとは思ってなかったし、あれはただ単に気を逸らすためのいたずらみたいなもんさ」
「いたずらって……やっぱあんたらは野放しにはできないな」
「あちゃ~……変にやる気にさせちゃったみたいで悪いんだけど、これで終わりにさせてもらうね」
仮面男は両手を広げ、腕だけを時空へと入れる。
それと同時に背筋に悪寒が走る。
「予測不能の射手」
「ぬおっ⁈」
仮面男とは距離があるというのに、至る所から短剣を持った手が現れ俺を襲う。
俺はイグニアスで攻撃を防が防いでも防いでも攻撃は止まない!
カンッカンッカンッカン――
「どうだい? これじゃ俺に近づく事もできないだろぅ?」
「くっ⁈」
「無理をしない方がいいよ~! 潔く俺に意識を刈り取られちゃいなよぉ~」
「クッソッ⁈」
「あははぁ! 頑張るねぇ~! どこまで頑張れるかなアアアアアアアアアア」
仮面男が叫ぶと同時に至る所から短剣を持った拳が雨あられの如く俺を襲う。
俺はギリギリでそれをイグニアスで防ぐ。
「ねぇねぇ氷帝さん? このままじゃ氷帝さんの幼馴染くんが痛い思いだけじゃなく、死んじゃうかもしれないよぉ? 俺を逃がしてくれたら攻撃を止めるけど、どうかなぁ?」
「さっきも言ったけど、私はテロリストとは交渉はしないの」
「氷帝さんも頑固だよねぇ……俺が幼馴染くんを殺さないと思ったら大間違いだよぉ」
「何度も言わせないでくれるかしら、私はテロリストとは交渉しない。それに――」
「それに何だい?」
「迅人はあんたには負けないわよ」
「この状況を見たらもう俺の勝ちだと思うんだけどなぁ」
「あなたこそ、その曇った目でよく見た方がいいわよ」
「ははは……俺の目は至って正常だ……よ? な、どうなっているんだ⁈」
カンッカンッカン――
「ど、どうなっているんだ⁈ 俺の攻撃は全部当たっているのに⁈」
「最初はビックリしたけど、慣れたらどうって事ないな」
「なっ、慣れた⁈ 何に慣れたって言うんだ⁈」
仮面男は動揺してるのが仮面越しからでも分かった。
「慣れたって言葉通りだろ? お前の攻撃に慣れたって事だ」
「お、俺の攻撃に慣れただって? そ、そんな事ある訳――」
「よく見たらどう? あなたの攻撃は確かに迅人に当たっているわ。けど、果たしてあなたの攻撃が迅人を苦しめているのかしらね?」
「な、それはどういう意……味……まさか⁈」
仮面男の雨あられの如く降り注いでいた攻撃が止まる。
ようやく気付いたみたいだな。
「お、俺の攻撃を全て防いでいたのかい?」
「あぁ……最初はビックリしたけど、慣れたら大した事は無かったぞ」
「あはは……はは……そう言った冗談は嫌いだよ」
仮面男の攻撃はさらに激しさを増す。
だが激しさが増したところで、俺のやる事は変わらない。
俺は徐々に仮面男の元へと歩きながら、攻撃をイグニアスで防いでいく。
「ははは……ほんっとにおたくはFクラス?」
俺は徐々にスピードを上げ、仮面男に近づく。
「うん、行ける」
そして、俺は足に力を入れ、一気に仮面男との距離を縮める。
「今度は俺が言わせてもらうぞ。潔く降参するか、俺に意識を刈り取られるか? どっちがいい?」
「いやぁ~俺って意外とこう見えて負けず嫌いなんだよねぇ~」
「知らねぇ~よお前の事なんか!」
あ~だこ~だ言い合っていたらいつの間にか仮面男との距離はだいぶ縮まっていた。
「お前は俺のテリトリーに入っている。こいつを止めない限り時空には逃げられないんだろ?」
「あ、やっぱり分かってたかい?」
「自分から距離は取らないくせに、俺が近づくと逃げてた奴が、ここまで距離を縮められてもなお、時空に逃げないって事が証明みたいなもんだろ?」
そう言うと、仮面男の攻撃は止まる。
「いやぁ~自分は不器用な男なもんでねぇ~」
「でっ? 答えは?」
「さっきも言ったけど、俺は負けず嫌いなんだぁ」
「そうか? それが答えでいいんだな?」
「あはっ! もっとおたくと殺り合いたかったんだけど、今度こそ時間みたいだ」
「あぁ、これで終わりだ」
俺は拳を振り上げ、仮面男の顔面に向け拳を撃ち込む。
ドガアアアアアアアアアアアア⁈
「な、なんだ⁈」
「やっとお迎えが来たみたいだねぇ」
「なにっ⁈」
頭上を見上げると、氷歌が作った氷の監獄の一部が爆発により壊れ、その上に仮面男と同じ様な仮面を被った者がいた。
「俺はロキって言うんだ。覚えといてねぇ」
「あん? あっ⁈ 待てっ⁈」
俺は仮面男に向け手を伸ばすが、こいつ、俺に向け手を振りながら時空に逃げ込みやがった。
俺は上を向くと、仮面男は仲間と思しき者と一緒にいた。
くそっ、まだこっちに向け手を振っていやがる。
「おいっ! いつまで待っても来ねぇから来ちまったぞ!」
「いや、ナイスタイミングだったよぉ~。あっ! そっちは終わったかい?」
「終わっても来ねぇ~から来てやったんだろうが!」
「ありがとねぇ~ほんっとに! そうだそうだ! さっきも言ったけど、俺の名前はロキだからねぇ~!」
声からして女性みたいだ。 しかし、氷歌の氷を壊す程の力を持っているという事は、やはり警戒しなければいけないな。
それに、いきなり自分の名を名乗り出しやがったって事はもう逃げる事が成立したみたいでムカつくぞ!
「うるせえー! そこから降りてこいっ!!」
「こわっ⁈ そんなに怒らなくてもさぁ、また会えるってぇ」
「別れを惜しんでる訳じゃねえーから!」
こんな状況でもおどけやがって!
けどな、そんなお道化ていられるのも今の内だ。
「逃げられると思っているのかしら?」
「うげっ⁈ 氷帝がいるの忘れてたっ!」
くだらない会話をしている俺と仮面男のロキとは打って変わり、氷歌が逃がすまいと真顔でロキに魔法を放とうとしていた。
そう! こっちには怖い怖い氷帝がいるんだ!
お道化てなんていられないだろうってんだ!
「いやあああああああ⁈」
「少し痛い目にあってもらうから覚悟なさい。 『金剛氷柱』」
ロキは氷歌が放ったドデカい氷柱に対し悲鳴を上げる。
がーはっはっは! 氷歌いいぞ! やってしまえ!
「なぁ~んてね」
「⁈」
「えっ⁈」
さっきまで悲鳴を上げていたロキが、急に陽気な声を発した瞬間異変が起きる。
「悪戯の時間」
パチィーンッ
ロキが指をパチンと鳴らすと、ロキに向け放った氷歌のドデカい氷柱が空中で止まったのだ。
ロキとの距離はすぐそこなのに何で止まったんだ⁈
「俺の名前を覚えておいてねぇ~迅人くん」
「あっ⁈ おいっ! 待て――」
「またねぇ~」
ロキはそう言い残し、仲間と共に時空へと消える。
ドシーンッ!
「うおっ⁈」
ロキ達が消えると同時に空中で止まっていた氷柱は下に落ちてきた。
俺は辛うじて氷柱を避け、また上を向く。
そこには表情を崩さず、ロキ達が逃げた穴を見つめる氷歌がいた。




