instilled fear
ゴクンッ
俺は途轍もない状況にフォークを持ったまま身動きが取れずにいた。
どこかに消えたと思って安堵していたら、俺が食事をしているレストランに氷歌が現れたのだ。
レストランで食事をしていた人たちは、動かない者、泣き叫ぶ子ども、お金を置いて店を出て行く者と、様々な動きを見せる。
そして、そんな騒がしい状況を無視して氷歌は歩き出す。
コツンコツン――
騒がしい状況にも関わらず、俺の頭に響く氷歌の靴音……その靴音が俺に近づくにつれ、死神の鎌が俺の首にメリ込んでくるかのような錯覚に陥る。
俺は咄嗟に自分の首を確かめる。
「はぁ、はぁ……ちゃんと首はある」
首がある事に安堵するが、すぐに恐怖に引き込まれる。
「ここいいかしら?」
はぁっ⁈
俺が座るテーブルの横に氷歌が立ち止まり、俺の前に座ってもいいか聞いてきた。
俺は周囲を確認するが、空いているテーブルは他にもある。
のにも関わらず、俺の目の前に座ろうとしている。
なぜだ……他にも空いている席はあるだろうが⁈
なぜピンポイントで俺の前に座ろうとしやがる⁈
俺は勇気を振り絞り、ブルブル震えながら視線を上に向ける。
氷歌の冷たい眼差しが俺をさらに緊張させ、なかなか言葉が出せない。
「……もう一度聞くわね? ここ座ってもいいわよね?」
お気づきだろうか? 先ほどと打って変わって、決定している様な言い方をしているのを……
こういった時、どうしたらよかったっけと、自身の人生を振り返るが、ここで5年という空白の年月が俺を混乱させ、思考を鈍らせる。
くそっ!
「失礼するわね」
俺がなかなか言わないので痺れを切らし座る氷歌。
俺はそれを見て怒りが恐怖を上回る。
「あ、いや、他にも席が空いているんで――」
キッ!!
「どうぞお座りください」
俺の怒りは氷歌の鋭い眼光によって一瞬で恐怖に押し潰される。
「そう? ありがとう」
「い、いえいえ……あ、自分が席を移動しま――」
「私とは相席が嫌なのかしら?」
「いえ、自分は相席するの好きなんで」
俺は席を立ち、移動しようとしたがすぐに席に着く。
「私もよ……ただ、相席しようとすると相手は蛇に睨まれた蛙の様に何も喋らずに固まっちゃて会話がはずまないのよねぇ……あなたはどうかしら?」
「はっはっは……そ、そうなんですねぇ……そ、そうなんですねぇ」
「……」
「……」
会話が続かない……
俺の変装は完璧なはず。
顔も変え、服装も変えた。
そして声帯、体臭もだ。
あとは俺の些細な仕草を読み取られる事だ。
へましない様に極力動かないように気を付けなければ……
「あなた……名前は?」
「は、はい?」
沈黙から一転、氷歌が俺に名前を聞いてきた。
やばい……名前なんて考えてなかった!
ここで正直に名前を言うわけにはいかんだろうがよい!
考えろ、考えろ俺!
自然に自分の名前を言えなければ氷歌は機敏に反応する。
俺が氷歌の恐れている力の中で、氷歌は俺の嘘を見破る力に長けていた。
だから俺はここまでなんでって言うぐらいに焦っているのだ。
「じ、自分は……」
「……」
氷歌の眼光が鋭くなる。
そして、俺が考えた名前は――
「夕張と言います」
「夕張?」
なにやってんだ俺⁈
カウンターに貼ってある女優さんがメロンを持っているポスターを見て夕張って……
ほら見ろ! 氷歌の目が疑いの眼差しに変わったじゃね――
「美味しそうな名前ね……私メロン好きよ。 あなた北海道出身?」
「よ、よく美味しそうな名前ね~って言われます~はい。 あ、そ、そうです! 北海道出身なんですよ~!」
な、なんだと⁈ この難関を切り抜けられたのか⁈
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