知らず知らず
「……」
「どうしたんだい? そんな浮かない顔をして?」
「……さっき、私は迅人さんの頬目がけて拳を突き出しました」
「ほほぅ……面白い事を言うじゃないか。 マーヴェリック、君は迅人君の頭に切れのいい拳を食らわせたと言うのに。 見ているこっちがかわいそうに思う程に見事な拳だったじゃないか」
「……そう……ですね。 そうなんですが……いえ、何でもありません。 では、私は自分の訓練を開始します。 どうやら私は自惚れていたみたいなので」
「ふふふ……無理はしないようにね」
「はい。 お父さん」
「ほ、ほほぅ……」
「ハッ⁈ し、失礼しますっ!」
そういうと、マーヴェリックは顔を真っ赤にし、すぐに機兵に乗り込む。
「⋯お父さんねぇ……」
私は久しぶり過ぎて少しばかり動揺してしまったみたいだ……マーヴェリックがまだ子どもの頃に何度も聞いた『お父さん』という言葉。
あの出来事から随分と聞いていなかった言葉が今になって聞けるとは思わなかった。
「久々に聞けてよかった……」
本人はつい溢してしまったのであろうその一言が私を喜ばせた。
「今日はやけに私の心が躍る、踊る」
どうやら、若だけでなく、マーヴェリックにも良い出会いがあった様だ。
そして、私にも。
「さて……私も気を引き締めて頑張らないとな。 私は彼らの目標であり、そして壁であり続けなければならないのだから」
私には多くの部下がいる。
そして、彼らの命を預かっている長でもある。
彼らはいつか来る日の為に、日々訓練を欠かさず鍛錬している。
「はぁ……この歳になって、怒られるのはさすがにきついねぇ⋯」
昨夜、妻のアンジーにこっぴどく怒られたのだ。
まぁ絶対に怒られると前もって心構えをしていたから、多少の被害で済んだ。
怒られると予測をしとくと、なんとなく気構えができるから、心の持ちようが全然違う。
でも妻の拳は今も昔も相変わらず、……いや、5日前にも叩かれたが、昨夜のは重みが違ったような……気のせいか?
いや、気の所為ではなかろう。
「年甲斐にもなく心躍っちゃったんだもん……許してくれやい奥さま」
実際、迅人君を近くで見ていたからわかるが、すごい速さで成長している。
最初は『別天領域』と『幻冥領域』を習得までとはいかなくとも、その兆しが見られたらいいなぁという感覚だったのだが、まさかたったの数時間して習得しちゃうんだもん。
そりゃ~心躍っちゃうだろうさ。
『別天領域』と『幻冥領域』は時間をかけて習得させるものなんだ。
本当はね。
けど、ものは試しと言うじゃないか!
昔ながらのやり方でやったらどうなるだろうと試したら、まさかあれで習得しちゃうんだもんね……不思議な子だよ。
しかも、この数日で機兵とリンクしないと使いずらいはずの『別天領域』と『幻冥領域』を、機兵無しで発動しかけていたし。
「マーヴェリックが目測を誤るのも当然だよねぇ……」
迅人君はマーヴェリックにとって、とてもいい起爆材料になったみたいだ。
最近思い悩んでいたからよかったよ。
うちの子はもっと成長する。
親バカと言われるかもしれないが、マーヴェリックはいつか私を一気に追い抜くはずだ。
「早く私を追い抜いて、私を引退させてくれないかなぁ?」
早く楽をしたいというのは贅沢なことであろうか?
人は老いには勝てない。
それは老いていく時間の方が若い時に比べ長いからだ。
だから若い時に苦労をするもんだと先人たちは言っていた。
若い時は何だこの老害どもって思ったり思わなかったり⋯いや、結構言ったなぁ⋯
でも、あの時を振り返ると、憎まれ口を叩かれていても、私たちを見捨てたりはしなかった。
多分、みんなそうやって歩んできたのであろう。
今になってありがたみというものが分かる年になったのだ。
このありがたみに早く気付けば気付くほどいい。
時間の大切さが痛いほどわかるからだ。
子どもでいる時間は短い。
青春を謳歌する時間も少ない。
たかだか20数年生きたぐらいで世の中の常識なんか分からないことばかりなのに、やっと慣れてきたと思えば、かけがえのないパートナーと一緒に歩み、さらには守っていかなければならない存在がこの世に生まれる。
そしてまた右往左往しながらかけがえのないパートナーと一緒に守り、育み、手塩にかけて成長していく。
手塩にかけた娘に引導を渡されたらどれだけ嬉しい事か。
だからその時まで、私は壁でいなければいけない。
まだまだやる事は沢山ある。
いつまで体が持つかわからない。
だが⋯⋯
グゥ……
自然と手を力強く握っている事に気付く。
「ふむ……? やはり気のせいではないな」
昨日からやたらと体が軽いのだ。
最初は気のせいだと思っていたのだが、今日は昨日よりもすこぶる調子がいい。
どうやらこれは偶然ではないと私の勘が言っているのを感じる。
「どうやら、私はマーヴェリックと同じで、迅人君からシナジー効果を得ている様だ」
すると、いつも遠ざけていた……立ちふさがるふてぶてしい壁が少し小さく見えた。
……久々に自分自身の壁と向き合い、目を閉じ、深く息を吸い、そしてゆっくりと吐き出す。
目を開け、壁と向き合う。
今度は壁に亀裂が生じていることに気付く。
前回までは見受けられなかった光景に私は自然と笑みをこぼしていた。
「フフフ……若い頃に感じていた高揚感を、今になり感じられるとは……壁よ……今日の私は前回よりも手強いぞ」
この歳でまだチャレンジャーとして動ける事を、私は感謝した。
お読みいただきありがとうございます。
久々の投稿になります。
短文で申し訳ございませんが、都度投稿できたらと思います。




