hollow person
「私が弱体化しているその時を虎視眈々と狙う者がいた」
「そいつがラグナさんをこの様な目に合わせたんですよね」
「そうだ……奴は私が弱体化し、寝ている隙を狙い、無数の杭を私に打ち付けてきた。奴は突然現れ、音もなく、気配もない……奴を見た時、そこにいるはずなのにいないような感覚……私はこの得体の知れない者の存在を知っていた。いや、感じていた」
ラグナさんの表情は変わらないが、一瞬だがピリッとした感覚が俺を襲った。
「私は祖父から聞いていた話を思い出していた」
するとラグナさんは、ラグナさんのおじいさんがしてくれた話を聞かせてくれた。
『幸せだった時が、突如なんの前触れもなく崩れ去る。昨日まではあんな長閑だった日が、次の日には最悪な日になっている。まぁそんな日もあるさと開き直っても、いつまで経っても良い日は訪れない。人生良い事ばかりよりもついてない日の方が多い……だが、それでも良い日は必ず来る。しかし、一向に良い日は訪れない……おかしい……ラグナよ……そう感じた時、気を付けるのじゃ! そんな時、奴らが、本当の悪が暗闇で蠢いているという事を……そ奴らの事を――』
「虚ろわざる者」
「そう……虚ろわざる者……混沌を呼び、世界に災いもたらす存在……私は思った……今回の黒幕はこ奴の仕業だと……祖父が言っていた通り、会えば虚ろわざる者だと古代龍にはすぐに分かるとも。そして祖父の言っていた通り、私の本能が警戒せよと訴えて続けていた」
虚ろわざる者は、杭に貫かれているラグナさんに近づき始める。
「虚ろわざる者はフードを取り、顔を見せる。見た感じ人間と容姿は似ている。だが、人間であって人間ではない。まるで人間の皮を被った怪物だと思った。私は臨戦態勢に入るが、弱体化しているため、虚ろわざる者には敵わない事は分かっていた。だが、本調子の私なら倒せるとなとも感じた。だが、弱体化した私を前に現れたという事は、これもこ奴らが仕組んだ罠に私がまんまと嵌ったことを意味していたのだ。こ奴らは、本調子の私には敵わないと踏み、気を緩める時を見計らい、私を殺すため国1つを巻き込んだのだ……これを手に入れるために」
すると、ラグナさんは手を胸にやると、眩く輝きだした。
徐々に輝きが胸に集まりだし、光は胸へ、そして手に収まり終えると、ラグナさんは俺に向け、手を差し出してくる。
「これは龍の心である。虚ろわざる者はこれを手に入れるため、私を殺しに来たのだ」
「これが龍の心」
ラグナさんの手には俺の頭ほどの大きなダイヤモンドが置かれていた。
このダイヤモンドの価値は計り知れない。
大雑把に言えば、星を一から作り変える事ができる程の力を持っている。
そう言えばどれだけすごいか分かるよね。
けど、そんな強力な力をおいそれとは使えない。
自身の体が持たないからだ。
「この龍の心はそなたを受け入れた。だが、龍の心は強力ゆえに、ごく一部の力しか使えん。使おうとすれば自身を滅ぼす事になるからだ。だが、そなたなら……」
「はい?最後の方が聞き取れなかったんですが、何か言いましたか?
「いや……何でもない。虚ろわざる者は龍の心を狙っているところまで話したな」
「はい、そうです。虚ろわざる者は龍の心を集めて何を企んでいるんでしょうか?」
「わからん……だが、龍の心は星を一から作り変える事ができる程の力を持っている。だが、その力に耐えうるだけの器が無ければ無理なのだ」
「そうですよね……使えば自身の体が持たない」
「だが、強力ゆえに、使い道は数多にある。私は虚ろわざる者の手に渡るのを避けるため、体は弱体化しているが、魔法は使えたので、反撃をする。だが、いつもの威力が出せない。すぐに問題が何かわかったが、遅かった……」
ラグナさんの体に刺さっている無数の杭が、ラグナさんの魔法を妨害していたのだ。
「虚ろわざる者は私の想像よりも強かった……私は杭のせいで本来の半分以下の力しか出せずにいた……我が友たちは新しく作り上げる国のために必死になって動いている。助けには来れないだろう……だが、このままおめおめと龍の心を渡してなるものかと思い、私は賭けに出る事にした……龍の心の一部を解放しようとした。解放すれば私もただでは済まない……虚ろわざる者もろとも死のうと……覚悟を決めた瞬間、我が友たちが現れたのだ」
ラグナさんの親友さんである英雄達は、今回の件で、黒幕は他にいるのではと考えていたそうだ。
ラグナさんは人間に危害を加えないため、自ら身を引いたのにも関わらず、執拗にラグナさんを追い求めていた事がどうしても引っかかっていた英雄たちは黒幕を必死になって探し始めた。
だが、あと少しで尻尾を掴めそうなところで、家族を人質に取られてしまい、打つ手が無い状況に陥る……人間の平穏のために身を引いてくれた友のラグナさんには申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、これしか方法がなく、ラグナさんに手を貸して持もらい、国を新たに作る手伝いをしてもらった。
だが、ラグナさんは力を使い弱体化してしまった……今度は我々人間がラグナさんを助ける番だと意気込んだ英雄たちはラグナさんが本調子に戻るまで献身的に介護する。
そして、この好機を逃すはずはないと考えていた英雄たちは、裏で暗躍していた黒幕が必ず現れると踏み、ラグナさんのピンチにすぐ駆けつけられるように準備もしていたのだ。
あたかも国の再建で忙しく動き回っているっ様に見せかけて。
「さすがの虚ろわざる者でも、我が友である英雄たち全員を相手に戦い勝つのは無理だったようだ……奴は逃げようとする。だが、そうやすやすと逃がす程、友たちは優しくはなかった。この国を、自身の家族にまで毒牙を向けた黒幕を逃がすつもりも生かすつもりもなかったのだ」
形勢は逆転し、全てがやっと終わると皆が思った。
だが、虚ろわざる者は自ら死を選ぶ。
なんとも呆気ない最後だと皆が思った瞬間、虚ろわざる者の死体が急に膨張し始めたのだ。
奴はこの国ごと吹っ飛ばす爆破魔法を自身にかけ、命を絶ったのだ。
爆発までもう時間がない。
英雄たちは膨張し続ける虚ろわざる者であった死体を攻撃しようとするが、ラグナさんはそれを止める。
少しでも衝撃を加えれば爆発してしまうかもしれないからだ。
誰もが諦め、死を迎えるしかないのかと考え始める。
これから国は新しく生まれ変わり、明るい未来がもうすぐこそまで来ているというのに……英雄達はまたラグナさんのもとで泣き崩れる。
そして、皆がラグナさんに視線を移す。
この状況を打破できるのはラグナさんしかいないからだ。
だが、1人泣き崩れず、最後まで諦めずにいた男がいた。
そう、英雄たちのリーダーであり、新たな国の王 イーサン・ハートだけは諦めずにいた。
「イーサンは私に頼らないようしていた。この先、私に頼ってばかりでは前に進めないと考えていたのであろうな……イーサンは最後まで諦めず、この状況を打破できないかを考えていた。そうして考え付いたのが、私が教えた時空転移魔法だ。だが、まだ自身しか転移できないイーサンには、膨張し爆発しそうな虚ろわざる者を運ぶにはまだ力が足りなかった。もし、転移中に集中力が切れてしまえば時空に体を引き裂かれ死んでしまう。だが、これしかないと覚悟を決めた男の顔を何度も見てきた私は、イーサンが死のうとしているのを察した。これから先の世界には、イーサンが必要だと思った私はここにいる皆に束縛魔法をかける。わかったのだ……この世界に、私はいるべきではないと」




