つちのこうやのラブコメ (それぞれ別々にお読みいただけます)
クラスのクールな美少女が、お母さんと可愛い電話をしている姿を目撃してしまった。「そういやママ、私ね、好きな男の子の隣の席になっちゃった!」 あれ、隣の席僕なんですが……
放課後。
今日は部活もないから、校内の誰もいなさそうなところでゆったり昼寝をしようと思う。
というわけで僕は、裏庭の花壇の横に並んでるベンチに向かった。
何個もベンチが並んでるのにいつもガラガラなので、一つ占領して寝そべってもまあ多分大丈夫だろう。
春を感じながらのゆったりした昼寝ができそうである。
と期待していたのに、行ってみたら、声がした。
すごく楽しそうな声だけど、一人ぶんの声しか聞こえない。
見てみれば、電話をしている人がいた。
そしてかなり意外な人だった。
なぜならクラスの中でもいつも落ち着いていて、口数も多くない美少女の、京谷さんだったからである。
今の京谷さんの電話は、超テンションが高い。
「あのね、ママ。それでね……そうなの!」
すごいテンションの高さだ。
あれだ。既視感があるといえばあって、多分、電話の時声が可愛くなって不気味なお母さんってやつだ。あるあるのやつね。
「それでね、今度そこにママとお買い物行きたいなって思って……そう。今週末とか……」
お母さんとお買い物か。なんて素敵な家族なのだろうか。
ここ数年くらい、うちは家族で買い物なんかしてないぞ。食料品とかならあるが……。
京谷さんがママ好きな可愛い女の子だったというのがわかって、とても貴重な光景だ。
その貴重な光景を眺めていたら、京谷さんの声が少し大きくなって、
「そういやママ、私ね、好きな男の子の隣の席になっちゃった!」
って言う。
そして僕はそこで、鳥に見つかったイモムシのように固まった。
いやだって……京谷さんの隣の席の人、僕だから。
「そう! 今日も結構たくさん話せて、嬉しかったなあ! ああああああああああああああああああああああああ!」
うわお。いきなり叫び始めて、僕はますます鳥に見つかったイモムシのようになった。いや違う。鳥に見つかったとか言ってる場合じゃなかった。
京谷さんに見つかってるわ。
京谷さんは百人一首のプロのような速さで手を動かしてポケットにスマホを入れて、呆然とした。
そして……
「うう………………………う」
なんか妙なテンションで、泣き始めてしまった。
いつも教室で優雅に教科書をめくってるってのに、今はなんか足元の石ころをつんつんして、こっちを見てくれない。
「あー」
僕は、その場で声をかけようとしてもなかなか何をいえばいいのか難しく、前置きが長い校長先生のようなムーブをしてしまっていた。
そんな僕に京谷さんが、
「ばか。ぜったいきいてたもん。振るなら今振っていいよもう!」
あああ。京谷さんがちょっと幼稚になってる……。
「いや振らないよ」
「な、なんで?」
「す、好きだから」
「な、なんで?」
「……それは、隣の席に、いるうちに……」
「で、でも今、私めちゃくちゃ幼稚だったよ? ママとか言って電話してたよ?」
「むしろそれがとどめさした」
「そうなの?」
「うん」
「じゃあ……私たち両想いじゃん!」
「そうだな」
「やった! やった! ああああああああああああああ!」
叫び声二回目。どうした。
「な、何があったの……?」
「ママとの電話切ってなかった」
「おおう」
「いやー、これはこれでやだなあ」
と言いながら通話を改めて消そうとしたら、スピーカーモードでもないはずなのに声が。
『お幸せにね〜!』
母娘共に本気出すとめちゃくちゃ声がでかいと言うことを知った。
「ママうるさ。これ帰ったら地獄だろうなあ」
ため息の京谷さん。
そして、
「今日すぐ家に帰るとめんどくさそうだから……デートしたい!」
「す、するか」
「うん。しよっ」
初デートの約束をしてしまってるってことでお互い照れている。
そして京谷さんが小さな声で、
「……どこ行こっか……? あああああああああああああああああああ!」
全然小さな声じゃないじゃんか!
「どうした今度は?」
慌てて尋ねる僕に、京谷さんは悲しそうな声で、
「スカートに、イモムシついてる……」
「どんまい……」
たった今彼女になった落ち着きのない女の子を、僕は慰めるのだった。
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