枝まいり
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
いや〜、こうも暑いと髪を切りたくなってこないかい?
夏は万物が育つ時期。身体が熱を帯びがちで、機能を保つべく汗がたっぷり出てくる。それを髪の毛がたっぷり含んだ日には、さながら絞る前の雑巾みたいで、どうにも気持ちが悪い。だがそれは、身体が正しく動いている証拠でもある。
植物にしたってそうだ。夏になれば枝が伸び、葉が茂ってくる、家で世話している人の中には、その姿が道路へはみ出たりして、枝打ちしたいなあと考えることもあるかもしれん。
だが人間の髪の毛のような感覚で、うかつに剪定したりすると、木がえらい目に遭う。
なまじ元気がある分、彼らは失った枝葉を取り戻そうと、余計にエネルギーを使ってしまい、かえって格好のつかない姿にしてしまう。それどころか、葉という日傘を取られた形にもなるから、もろに光を受けた幹は日焼けし、大きなダメージを負う羽目になる。
人間の都合をそのまま木々に当てはめようなど、おこがましいし余計なお世話ってことだな。そして僕たちも、知らぬ間に木々の都合に当てはめられていることがあるかもしれない。
僕が少し前に体験したことなんだけど、聞いてみない?
街路樹の折れた枝が、こつんと僕の頭を叩いたのは、秋ごろのことだった。
当時の僕の通学手段はバス。いつも使う停留所は、やや長い折りたたみベンチが一脚置かれているだけ。屋根すらついていない小さいものだ。
赤い葉っぱをわずかにつけた、細い枝。突然のことだったから、どの樹から落ちて来たかは確認できない。頭をさすりながら、その日はやや遅れてやってきたバスに乗り、学校へ向かったんだ。
それから、停留所で待つ僕の頭へ枝が降ってくることがしばしばあった。
いずれも小枝で、ケガをするほどではないのだけど、うっとおしいことに変わりない。
それとなく調べてみたんだが、どうやら僕がいつも使っているバスの到着時刻近くになると、どこからともなく枝が落ちてくるらしかった。
誰かが狙っているらしい正確さだが、目標は僕の頭ではなさそうだ。定刻通りであるならば、枝はバスの車体にぶつかっていく。しかし、バスは道路状況の影響を受けやすい交通機関。ぴったり来ないことは多かった。
時間をずらしたいところだが、この時間帯、この路線の本数は少ない。一本逃すと数十分待たされることはザラで、これ以上遅らせると、学校にさえ遅刻しかねない。かといって、一本早く行くくらいなら、ぎりぎりまで家でダラダラしていたかった。
待っている間、どこから枝が来るかと周りを探るも、思いもよらない方向から僕の頭をかすめていくことが多い。犯人の姿をとらえられないまま、秋はどんどん深まっていった。
そしてある夜の風呂場で。
髪を洗おうと、浴室内の鏡を見て僕はぎょっとした。つむじを取り巻く頭頂部分の髪の毛が、すっかり色抜けしていたんだ。
前髪と比べると、その違いは明らか。カッパの頭のごとく、黒髪の中に茶色い皿が乗っけられているかのようだ。しかも髪を洗うと、そのあたりの抜け毛が目立つ始末。
――この歳で、頭のてっぺんがはげとか、みっともないってレベルじゃないぞ。
僕は洗うのを前髪まわりにとどめ、通学の際に帽子を着用するようになった。
それでもやはり僕の頭をかすめていく枝の姿があり、帽子も心なしか茶色く汚れているような気がしたんだ。
頭の茶色はどんどん広がっていき、クラスのみんなにもちょくちょく指摘され始めた。染めているのかと、先生に指摘されたこともあって、しかたなく事情を説明したんだ。
すると先生は、意外なことを提案してきた。その茶色く染まった髪の毛を、すっかり落としてしまった方がいい、というんだ。
先生自身も、学生時代に体験したことがある。そいつは「枝の旅行」に巻き込まれたんだ、とも。
「昔に比べ、このあたりも交通手段が発達した。馬から車になり、定期的に訪れるバスの姿が現れた。そいつは運否天賦に任せる風と違い、安定した遠出の道を示してくれたのさ。木々にとっての車は、我々にとっての鉄道か飛行機のようなレベルだろう。
決まった時間にやってくる枝たちは、その便利さに気づいた連中なんだろうな。ただ、君にぶつかったことで、いくらか『乗りそびれた』奴がいる。定期的にやってくる君のことを、バスのひとつかと勘違いしているのかもな。
それが目的地に着かないせいでなかなか離れず、ただ客の数ばかり増えていると。それが今の君の髪の毛に出ている状態、というわけだ」
僕はやむなく、髪の毛を処理した。
着るよりも抜いた方が、「置き去り」にされるものが少ないとのことで、これまで避けていた頭頂を中心に、シャンプーをしていく。
何度も何度も手ぐしを通し、面白いように茶色い髪が抜けていった後、僕は本物のカッパになってしまったよ。頭頂部の肌が丸出しだ。
茶色く染まった髪をよく水切りし、ビニール袋に入れる。翌日、いつものバスに乗る時に、かの袋も持参。自分の降り際、座席の影へ隠して置き去りにしていった。
学校の最寄りの停留所は、路線の途中。彼らの行きたい場所は、その先だろうからという、先生の判断だ。
以降、僕は枝にまとわりつかれることはなくなったが、髪が生えるまでの間は、周りのみんなにからかわれたっけなあ。




