9 迷宮
「超絶迷子、ナウ…。」
虚しくつぶやいても誰も聞いていない。誰もツッコんでくれない。むしろ人の気配すらない。
アンドレアたちと別れてしばらく時間が経っているのにも関わらず、ハルは今だ建物から出られずにいた。
この建物が広すぎるのか、選んだ方向が悪かったのか、ただ自分が方向音痴なのか…。入る部屋はみな同じような造りで家具などはなく、あるのは破れた布や壊れた木箱のみ。窓から覗いたとき二階か三階ぐらいだったので、一度階段は降りたものの、出口に繋がる扉にはまだ出会えていない。
しかし、ただ甘んじて彷徨っているだけではない。「夢から覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ・・・」と念じたり、聖女と言われたんだから何かしら魔法が使えるのではないかと思い、「テレポーテーション!」とか言ってみたりした。更には自分の夢なんだから空を飛べるんじゃないかと、広い廊下をダッシュした後ジャンプをして確かめたりもした。 …そう、ただ一人きりで。
今ではもう、聖女の夢は終わり、脱出ゲームの夢に変わったのではないかと思い始めている。
扉を開けるのは何回目だろうか。あまり期待せず中へ入ると、相変わらず広い部屋があった。部屋の奥まで進み、次へ続く扉がないか探したが、どうやらここは行き止まりのようだ。
「はぁ〜。戻るか…。」
踵を返そうとした時、部屋の隅に少し開いた状態の小さめの扉があることに気付いた。近寄って中を覗くと下へと続く階段がある。
「おおっ!もしかして緊急用脱出ルート?」
やっと出られるかもと期待しながら暗い階段を下りると、そこは八畳くらいの薄暗いスペースがあるだけで外に出られそうな扉はなかった。あるのは壊れた大きな木箱がふたつだけ。
「え〜っ?また〜?」
期待した分、凹む。目を閉じて、はぁ〜とため息をついた。
(………。よし、行くか。)
気を持ち直して目を開くと、奥側の壊れた箱が少し光ったように見えた。
(ん?今光った?)
近づいて見てみると、大きい箱に隠れて、小さな宝箱みたいな形の箱があった。そしてその箱の周りには、紫色に光る文字が書かれたリボンみたいなものがぐるぐると回っている。
「なんじゃこりゃ?」
今まで全くと言っていいほど物がなかったのに何故これはあるのか。この箱の周りで光っているものは一体何だ。…などは特に考えず、箱の前にしゃがみ両手で蓋を開けてみると、何の抵抗もなく開いた。
中には封がされていない白い封筒と、綺麗な紫色の石にどこか見覚えのあるマークの金の装飾が施されたネックレスがあった。
好奇心から封筒の中身を確認すると、手紙らしきものが一枚入っていた。その手紙を開いてみると、…何と書いているのかさっぱり分からない。そこに書かれていた文字は日本語でもアルファベットでもない。全く見たことのない文字だった。
紙を封筒に戻し、ネックレスと封筒を箱に戻すかしばらく悩んだ後、「いっか。私の夢だし!」ということでネックレスは首に掛け、封筒はパーカーのポケットに入れた。そしてまた、出口というゴールを目指して立ち上がったのだった。