初めてのハーピー
「ねぇ!ねぇ!ヒトなの?ホントなの?」
緑色のショートヘアの少女が横からのぞき込むようにして両の翼を軽く振りながら問いかけてくる。
「うん、うん、ホントだよ。」
「そーなんだ!!すごいね!!初めて見た!!」
さっきから何度目になるかわからない質問に気のない声で答えると少女は琥珀色の瞳を輝かせて喜び、翼をさらに勢いよくばたつかせる。
現在俺達、俺と鈴音とガニメデはハーピー達に囲まれているのだ。
そう、ハーピーだ。
鈴音からハーピーの存在を聞き、接触の準備を頼むとそれはすぐに実現した。
話をした翌日である。
ハーピー達が元々鈴音とガニメデに興味を持っていたのに加えて、ヒトである俺の存在を知ったハーピー側が輪をかけて積極的になったそうだ。
その結果翌朝には迎えのハーピーに彼らがホームと呼ぶ場所へ案内されて現在に至る。
空を飛び先導するハーピーを鈴音とともにガニメデに乗って追う形だったので、前に拠点へ向かう時と同様の羞恥心との戦いはあったがホームまではスムーズに移動できた。
しかし、着いたと思うと周りを観察する暇もなく、どこからともなく現れたハーピー達に取り囲まれ身動きが取れなくなってしまったのだ。
正確にはわからないが、恐らく50人以上はいるだろう。
案内役は先ほどの緑髪の女性ハーピーなのだが、ホームまで連れてくること以降のことは頭にないらしく、他のハーピーに混ざって質問攻めにしてくる始末だ。
話し方や所作を見る限り、彼女たちは考えることはあまり得意ではないらしい。
実際のハーピーを見た所見は、外観は予想通りというか俺の望んだとおり美形の少女の両手が翼に、足は猛禽類を思わせる鉤爪がついており、臀部からは立派な尾羽が地面すれすれまで伸びている姿だった。
尾羽を擦らないようにするためか地上で立っているハーピーはやや前かがみの姿勢だ。
服装は麻布のような粗い布製の下着を着ている。
あとは腕に赤く染められた布を巻きつけている位のものだ。
ちなみに話を聞くに、個体数は少ないが男もいるそうだ。
しかし、どこにいるのかと問うとその聞いた相手が男のハーピーだった。
一応外見的には男の方が体格が小さく華奢であるそうだが、ほぼ見分けは不可能と言っていいだろう。
だが、このハーピー達には男女の見分け以外に大きな問題がある。
煩いのだ。とにかく煩い。
ピーチクパーチクうるさいという表現があるが、まさにそれである。
空も飛べるために前後左右だけでなく高さのベクトルまで駆使して質問攻めにしてくるのだ。
そのおかげで視界はハーピー達の顔に占有され、目にも煩い。
加えて興奮するとすぐに翼をバタつかせるのでさらに煩い。
最初こそかわいい少年少女たちに囲まれて悪い気はしなかったが、時間がたつにつれ減るどころかどんどんと増え、さらに同じ質問を入れ代わり立ち代わりするものだからさすがに疲れてしまった。
「キサマら何をしている!!」
俺がハーピーのあまりの煩さに辟易していると、広場に突然怒声が鳴り響く。
すると先ほどまで笑顔だったハーピー達の顔が瞬時に凍り付いた。
「きをつけぇい!!」
続いて低音の利いた号令が発せられるとまとわりついていたハーピー達がその場で気をつけの姿勢になる。
ビシッと気をつけはしているものの、どのハーピーも目を泳がせたり汗を垂らしていることからマズイ状況の様だ。
ハーピーが離れることでできた隙間から声の主を探すと、10メートルほど先に黒い翼をもつハーピーが額に青筋を浮かべて大股に鉤爪で地面を抉りながらこちらへ近づいてきていた。
「ユズリハ伍長!」
「ひゃい!」
黒いハーピーが5メートルほどの距離で立ち止まり名前を呼ぶ。
すると、俺達を案内してきた先ほどの緑髪のハーピーが裏返った声で返事をして声の方向へギクシャクとした動きで向き直った。
コイツが何かやらかしたのか…。
てか伍長ってなんだ?ごっこ遊びでもしているのか?
「お前、命令はどうした?」
「えと、命令通りヒトを含む対象3つをホームへ連れてきました!!」
「・・・今、どこにいる?」
「こっちです!」
ユズリハがそう言って大振りに両の翼で俺達を指し示すと、隙間を通して黒いハーピーと目が合う。
なんだか気まずい雰囲気なのでとりあえず軽く会釈しておくと、黒いハーピーは一瞬目を丸くした後に翼を額に当ててこちらまで聞こえてくるほどのため息をついた。
「道を開けろ」
黒いハーピーが静かにそう言って歩き出すと、気を付けの姿勢で固まっていた周囲のハーピー達が素早く道を開ける。
先ほどの大声の主が距離を詰めてくるので俺は思わず後ずさりそうになるが、鈴音に肩を支えられることでかろうじてその場に踏みとどまることが出来た。
「ご安心ください指揮官。
この程度の人数であれば当機とガニメデで十分に対処可能です。
何より、彼らから敵意は感じられません。」
鈴音に小声で勇気づけられ、ようやく心も持ち直す。
だが、ガニメデはともかく鈴音は戦えるのだろうか?
以前化け物に襲われた時も彼女は自爆するなどどしか言わなかった。
ほんの少し恐怖が再燃するが、振り払って前を向く。
今俺には鈴音たちを信じる以外にできることなど何もないのだ。
「私は警備長のアサヒナです。
私の部下が大変失礼をした。申し訳ない。」
目の前に立った黒髪のハーピーはそう言って頭を下げて謝罪してきた。
変に緊張して身構えていたので力が抜ける。
暴力的な人物かと思ったが、礼節は守るようだ。
「いえ、話は好きですから大丈夫です。
あと、申し遅れましたが私は小田島と申します。隣は鈴音、それと後ろの機械はガニメデです。」
本当はそろそろ限界なレベルだったが、我慢して抑え込む。
「部下には、特に案内を担当させた者には後々相応の処分をいたします。」
アサヒナがそう言いながら一瞬右横にいるユズリハを睨みつけると、ユズリハがビクンと体を震わせる。
俺は愛想笑いでその言葉をごまかす。
かわいそうだが、自業自得だ。
変に庇い立てしても上司?であるアサヒナに対して失礼に当たるだろう。
彼らにも彼らなりのケジメがあるはずだ。
部外者である俺が口をはさんで良い話ではない。
「確認ですが、小田島様がヒトで間違いございませんか?」
「はい、そうです。」
「わかりました。
では連隊長がお待ちですので連隊本部までご同行をお願いいたします。」
「え?連隊?ですか?さっきから不思議に思っていたんですが、ここは軍隊か何かを模しているんですか?」
「模しているというよりもそのものです。
我々は人類全軍同盟、強化歩兵第65連隊です。
この地にて1000年以上この第408補給基地を防衛する任務についています。
ユズリハ伍長から説明はありませんでしたか?」
アサヒナはきょとんとした表情で逆に質問してくる。
勿論俺はそんな話は聞いていない。
交渉をしていた鈴音の方を見るが、鈴音も困惑した表情だ。
というよりもなんだ?
この緩い思考力の生き物だらけの奴らが軍隊?
それも1000年前からずっと?
説明を求めて案内役のユズリハの方へ視線を向けると、ユズリハは全力で顔をそらした。
この野郎…。