これからの話
「こんな作戦に一体何の意味があるというのですか…。全ては手遅れだというのに…。」
暗闇の中で若い男の力ない声が響く。
なぜこのような場所にいるのか。
霧がかかったかのようにぼやけた頭で必死に理由を探す。
しかし答えは見つからない。
そんなことをしていると、別の声が聞こえてきた。
先ほどの声よりもやや年を感じさせる男の声だ。
「我々は全ての犠牲に報いなければならない。その責務を負っているのだ。」
「しかし、例え全てがうまくいったとしても何も残りません。誰一人として救うことは出来ないんですよ!?誰もこの犠牲を、努力を、弔ってくれはしないんですよ!?」
若い男の声はもはや泣き声に近い。声を震わせながら絞り出すように疑問をぶつける。
それに未だ冷静さを感じさせる年上の男が応じる。
「少なくとも未来にこの世界を残すことが出来る。
この状況で何かを未来に残すことこそが唯一我々ができる抵抗であり、人類の犠牲に報いることだ。」
「それが正しい行いなのでしょうか?
人類の最期から名誉と尊厳を奪い、血と涙で汚しつくすことが。」
「私はそう信じる。
これが犠牲を無駄にしないための最善であるとな。
たとえ全てを犠牲としても我々はこの作戦を完遂せねばならないのだ。」
意識はそこで途絶えた。
「指揮官、おはようございます。朝になりました。」
鈴音に肩をゆすられ、目を覚ます。
そうか、夢だったのか。
そういえば昨日は夕食を食べた後、鈴音に促されるままベッドに入ったのだ。
「おはようございます。」
蛍光灯の光の眩しさに目を細めながら体を起こし、やけに明瞭に頭に残る夢を振り払い、挨拶を返す。
そこからはごくごく一般的な朝を過ごした。顔を洗い、身なりを整え、鈴音と食事をとる。
驚くことに食事さえもだ。
香草の香りのする野鳥の肉のソテーに名称不明の植物からなるサラダ、それに野イチゴ。
鈴音が言うには夜のうちに調達してきたそうだ。
主食がないことと、材料に見当がつかないことを除けば一般的な朝食の中でもまともな部類と言えるだろう。
少なくとも菓子パンと栄養ゼリーを飲み込んで駆け出すように家を出ていた昨日までの日々を思えば十分に上等なものだ。
ガニメデはその間部屋の入り口でこちらに正面を向けて待機していた。
昨日の一件で懲りたのか無理に入ってくるようなことはしてこないが、前側の足をドアの枠に押し付けてる様子を見るとこちらに来たいのは変わらないようだ。
犬が人が食べるものや触るものに興味を持つようなものだろう。
こうも普通に食事ができ、鈴音との会話や犬?の観察をしているとまるでこれが日常ではないかと錯覚してしまう。
しかし、いくら普通を装っても今自分が直面しているこの世界の異常性は変わらない。
外は明らかに異常で危険な化け物が闊歩し、それを一撃で殺傷できるロボットとそれを従える人間と見分けのつかないアンドロイドが目の前にいる。
それが事実だ。
しかも自身が昨日まで過ごしていた時間からは1000年以上も時間が過ぎているというのだ。
朝食が終わると俺は食器を片付けようとする鈴音を呼び止め、寝る前に頭でまとめた話を切りだす。
「鈴音さん、お話があるのですがよいですか?」
「はい。指揮官なんでしょうか?」
彼女は空いた食器を重ねる作業を中断し、姿勢を正してこちらを真っすぐに見つめる。
「鈴音さん、私もこの期に及んで昨日の貴方の説明を何の根拠もなく真っ向から否定するようなことはしません。
しかし、全てを信じて受け入れるということもできません。
あまりにも現実離れしすぎていますから。
結局のところ、私は昨日までいた世界に戻りたいんです。
私にも家族がいるのでどうにか帰る方法を探すのに協力していただけませんか?」
そう話しながら昨日までの世界を思い出す。
正直言って最悪な日々を過ごしていた。
会社へ行き無理な納期の仕事をサビ残で深夜まで働いてこなし、家へは寝に帰るだけ。
むしろ帰れずに泊まり込むことも多かった。
しかし、あの世界には自分の両親、兄弟、友人がいる。
故郷も帰る場所も、自分にとっての日常はあの世界にあるのだ。
仕事についても今思えば転職すればよかっただけだ。
どうせ首になると思って吹っ切れた状態で久しぶりの熟睡を楽しむと、会社の呪縛から解き放たれたような気がしてなんだか生きる活力が湧いてきていた。
「過去に戻りたい……ということですか。
指揮官、残念ながら現在当機が保有している情報では時間軸を移動する現実的な方法は提示できません。
またこれは当機による推察ですが、人類がそれを実現できる技術を有していたとは考えられません。
物理学上では不可能と結論付けられる内容です。」
鈴音は申し訳なさそうな表情でそう話す。
しかし、そう簡単に諦めるわけにはいかない。
「しかし、現に私が今ここにいるということは何かしら方法があるはずでしょう?
少なくとも来ることは出来ているんです。
それなら戻ることもできるはずです。
私が目を覚ました場所には機械らしきものも何もありませんでした。
でしたら何か……あり得ない話ですが、超自然的なものとか。
何かしら原因がなければ私は今ここに居ないはずです。」
そう、物事には筋の通った原因があるものだ。
俺がいまここに居る理由が必ずあるはず。
さらに言えばこの世界が自分がいた世界の未来とは限らないはずだ。
俺がいたのは2019年。
鈴音の製造年は昨日の会話では2040年。
わずか20年ほどであれほど高度なAIやロボットなど作れるようになるはずはない。
俺のいた時代ではAIは精々限られた話題のぎこちない会話をぎこちない機械音声でするのがやっとだった。
鈴音の性能と比べると天と地ほどの差がある。
つまり俺がいた時代とこの世界のかつての技術力を比べれば、この世界が属に言うパラレルワールドだという可能性も十分にあり得る。
それならば俺は帰る方法を探して故郷で平穏無事な生活に戻ればよいのだ。
「指揮官のお気持ちは理解しました。
当機としては可能性の低いもののために指揮官を危険にさらすことには反対です。
しかし、決定権は指揮官にあります。
指揮官が望むのでしたらたとえその決断が指揮官以外のすべてを犠牲にするとしても、当機はこの身、保有する知識、演算能力その全てを用いてサポートいたします。」
どうにか協力は取り付けられたようだ。
鈴音がやけに重い言い回しをするのは気になるが、活動していくに当たってやや過激に意気込みを語ったのだと理解しておこう。
「よかった。でしたら手始めに私が目を覚ました場所を確認したいんです。
捜査は現場百篇と言うそうですから。」
「それにつきましては当機が既に調査済みです。
結論から申しますと、指揮官が先ほど言っていたように機械等の人工物の存在は確認できませんでした。
また、化学分析においても他の場所との顕著な違いは検出されませんでした。」
「そうでしたか……。
でしたら人里を探すことを目標にしましょう。
鈴音さんが限られた範囲しか探索していないのなら何かしらの手がかりや知識を持つ人物がいるかもしれません。」
「人里ですか。
それが高等な知能を有し、意思疎通が可能な生物という解釈でよろしければ情報を提示できますが、必要ですか?」
俺は鈴音の思わぬ発言に驚いた。
人間とは接触できていないと発言していたのだからてっきりあてもなく探し続けるしかないと考えていたのだが、どうやらその心配は不要らしい。
しかし、人間とは違うと区別するような形で話している以上人間ではない何かがいるということなのだろうか。
「あてがあるのなら是非!
意思疎通が可能で、できれば敵対的でなければなおありがたいですね。
人とは違うといった言い回しでしたが、どんな生物ですか?」
「指揮官が理解しやすい表現ですと、ハーピーと称することが適切と思います。
胴体と頭部はヒトに似た姿ですが、腕は上腕から鳥の翼となっており、下肢は膝から下が猛禽類に類似した姿です。
また、尾部に尾羽があります。
基本的には攻撃性は低く、友好的なようです。
当機も複数回この生物から対象がホームと呼称する施設への随伴を親交を目的として提案されています。」
え?ハーピー?
ハーピーと言えば登場する作品や元の神話によってずいぶん造形に差がある。
正直忌避間を感じるようなデザインのものも多いのだが、鈴音の説明を聞く限り当該の生物は俺が主に二次元で慣れ親しんだタイプの見た目らしい。
つまりこの世界にはいわゆる獣人的な存在がいるのか!?