食事
ガニメデ のカメラと俺の目が合う。
四つ足のその機械は身動き一つせずドア枠に収まっている。
俺が近づくとガニメデは突然、 ギギギッ という音を立てながらもがき始めた。
どことなく死にかけのセミを思い出す。
俺の悪い予感は的中したのだ。
今こいつはドアの枠に挟まっている。
先ほどは足の分を見誤り、今度は上に取り付けられている銃の分を見誤ったらしい。
オーパーツともいえる高度な技術の塊であり、高い戦闘力を備えた機械が間抜けにもプレハブ小屋のドア枠により無力化されていた。
俺が呆れながらガニメデの胴体に肩を当てて押し出してやると、栓が抜けるような感覚とともにガニメデが入り口から抜けた。
ガンッ という音とともにまるで力士がしこを踏むようにしてガニメデが浮いていた足を地面につける。
俺が問題を解決したことを確認して小屋に戻ろうとすると、不思議なことにガニメデはアームを上に掲げながら カチッカチッ と指を打ち鳴らし始めた。
「指揮官、どうかされましたか?」
音を聞きつけたのか、鈴音が調理場から顔を覗かせて問いかけてきた。
「いや、ガニメデがドア枠に挟まっていたから助けたんですが、なぜかアームの指を打ち付けて音を鳴らし始めたんですよ。」
「ご迷惑をかけして申し訳ありませんでした。指揮官。
その行動はガニメデが喜んでいるときの仕草ですね。
助けられて感謝しているのでしょう。」
「え? ガニメデって知能があるんですか?」
てっきりガニメデは純然たる殺戮兵器として作られていると思っていた俺は、鈴音の言葉に驚きを隠せなかった。
「はい。ベースとなった機体には高度な知能はありません。
しかし、修理の過程で破損していたコアにコミュニケーションAIのものを取り付けたので、ある程度の知能を有しています。
わかりやすく表現すると犬程度の知能があります。」
そう言われると俺にはなんだかガニメデが無邪気に喜ぶ犬のように見えてくる。
犬が強力な兵器を運用していると思うと危険な気もするが、そこは鈴音が調整してくれているのだろう。
しばらくガニメデの「喜びの舞」を鑑賞していたが、鈴音に食事の準備ができたと告げられガニメデに手を振ってから小屋に戻る。
すると、ガニメデがドアギリギリに張り付いて俺の様子を観察し始めた。
まるで小屋に戻された犬の様だ。
俺はガニメデに懐かれたのだろうか?
鈴音の料理はというと、水と見慣れない草と謎の実の炒め物。
お世辞にも美味しそうには見えない。
まあ、周辺の森から俺のために集めてきてくれたもので作ったのだから贅沢など言えない。
しかし、この料理がこれまでの生活では食べることを想定していなかったもので作られていることは確かだろう。
「指揮官。見慣れないものかもしれませんが、安全は保障いたします。
味に関しては......当機の味覚センサーでは許容範囲でした。
拠点内の保存食も確認いたしましたが、どれも1000年は耐えられなかったようです。
ですのでこちらで我慢して頂く他にありません。」
「いえ、食事ができるだけでありがたいです。いただきましょうか。」
そう言って気づいた。鈴音はアンドロイドだ。食事は要らない。
先ほどは認めたくなかったが、それは事実として受け止めざる負えないだろう。
血にぬれても動じず、躊躇なく自身を物のように扱い、腕からは光る文字が浮かぶ。
彼女は機械だ。
現に、目の前の食事は一人前を前提に配膳されている。
俺はその事実に寂しさを感じていた。
別段一人での食事など珍しいわけではない。
むしろ社会人となってからは飲み会以外はほとんど一人だ。
しかし、今目の前にいる鈴音と食事を分かち合わない、分かち合えないという事実はなんともいえぬ罪悪感と孤独感を俺に感じさせた。
そんな人情が俺にはしの動きを鈍くさせる。
すると、鈴音はおもむろに立ち上がり調理場に行ったかと思うと、はしと皿を持ってきた。
そして俺の向かい側に座り、料理を少しその皿に取り分ける。
一呼吸置いて、鈴音は背筋を正して俺に微笑みかけながら一言、言葉を発した。
「いただきます。」
「いただきます。」
彼女の言葉を俺もそのままくり返す。
ただそれだけの儀式的な行動に俺は暖かさを感じていた。
「味加減はどうでしょうか、指揮官。
使用できる調味料は塩しかなかったので旨味は足りないかもしれません。」
「いえ、丁度良いです。
これが何の植物なのか見当もつきませんが、美味しいです。」
「指揮官。実を言いますと、私にもこの植物の名前はわかりません。」
鈴音はそう言って料理を一口、口に運んで微笑みかけてきた。
彼女なりのユーモアなのだろう。
この食事は見るからに貧相だ。
ただの水と野菜ともいえない草の炒め物。
たったそれだけ。
食糧事情で言えば記憶にある自分の家の方がはるかに高い。
食事も肉でもチーズでも好きに食べられた。
しかし、この食事に俺はそれらには無かった幸福を感じていた。
食事を楽しいと感じ、味を確かめるように食べたのはずいぶんと久しぶりだ。
きっと最近は食事などしていなかったのだろう。
吐き出さない程度に食べれる味の食物を口に詰め込み体を維持する。
あるいはその行為をストレスのはけ口にする。
きっとそれらの行為を「食事」であると自分に言い聞かせてきたのだろう。
しかしそれらは到底「食事」と呼べるものではなかったのだ。
昔、母が俺のために慣れないケーキを焼いてくれたことを思い出す。
できたものはよく言ってもカステラを圧縮したような謎の物体だったが、二人して笑いながら食べた。
美味しいとは言えないものだったが、とにかく楽しかったことを思い出す。
俺は久しぶりの「食事」を楽しんだ。