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ひと時の休息

 30分ほどだろうか普段は烏の行水程度にしか風呂に入らない俺が珍しく長湯をして風呂から出ると、浴室の入り口にかごが置かれていた。

 中身は見慣れた白いワイシャツに、深緑のやけに頑丈そうなズボン。

 それに下着類だ。それらを着てみるとサイズは見事にぴったりだった。

 ズボンなどモノによっては長すぎることもあるが、丁度よい長さだ。

 不思議に思い、裾を確認すると裾上げがされている。

 鈴音は自身を汎用的な機械であると言っていたが、家庭的な能力まであるらしい。


 脱衣所から出るとすぐに鈴音の姿が目に入った。

 俺が風呂に入っている間に拭いたのか、血の跡はない。

 風呂に入る前の出来事の余韻がいまだに残っている俺は気恥しくなり、手短にあるデスクやキャビネに目を移す。


「指揮官。着替えはそちらでよろしいですか? 

 ご不満でしたらほかにも衣類がありますのでお持ちいたしますが。」


 鈴音に声を掛けられ、俺はデスクの角をいじりながら向き直る。

 視界に入った彼女の姿はやはり美しい。

 別段長い時間が空いたわけではないが、風呂場で特徴のない自分の顔をしばらく眺めていたせいだろう。

 向き合うことで再度その事実を確かなものとして感じる。


「いえ、これで大丈夫です。

 裾上げまでしてくれたみたいですが、とても快適です。

 ありがとうございます。」

「それならよかったです。簡易ですが寝台を用意いたしました。

 それと、ガニメデが現在指揮官の食量を調達しておりますので、食事は少々お待ちください。」

「何か手伝えることがあれば言ってください。

 助けてもらってばかりという訳にもいきませんから。」

「指揮官。それならご自身の体を休ませてください。

 指揮官の健康を守ることは当機の重要な任務ですから。」


 鈴音は俺に柔らかく微笑みかけながらそう話す。

 手伝うと提案したのに対して返ってきた言葉は、「休んでください」だった。

 不完全燃焼のようなしこりが残る感覚がするが、働かせろと主張するのもおかしな行動だろう。


「当機はお風呂に入ってきますが、何かあればすぐに呼び出してください。指揮官。」


 そう言って鈴音は脱衣所へ入っていった。

 俺はついその姿を目で追ってしまう。

 曇りガラス越しに映る女性の影がなまめかしく動き、

 少しずつその体を覆っていたものをゆっくりと取り去っていく。

 はじめは腕をなでつけるように、その次はその細い足をなぞりながらかがみこむようにして、

 そしてその次には...

 いけない、俺は何をしているんだ。

 邪念を振り払うように部屋を見回すと、

 部屋の隅に細いポールに緑の布が張ってあるだけのベットを見つけた。

 これが鈴音が用意してくれたベッドなのだろう。

 その上にはカーキ色の折り畳まれたブランケットが二つ、

 角をきれいにそろえられて置かれている。

 一つは枕用ということなのだろうか。

 

 俺は鈴音に「頼まれた」ことを思い出し、疲れた体をそのベッドに横たえる。

 20分ほど経った頃だろうか、うとうととし始めた俺の耳に小屋の入り口から ゴンッ! という鈍い音が飛び込んできた。

 驚きながら飛び起きると、ガニメデが居た。

 どうやら自分の大きさを見誤ったようで、入り口の枠に体を叩きつけている。

 入り口とガニメデの足を含めた横幅には1.2倍ほどの差があり、足が枠につっかえて通り抜けはできそうにない。

 俺はそのなんとも間抜けな姿を見て思わず吹き出して笑ってしまった。

 思えば笑ったのはずいぶんと久しぶりに感じる。


「申し訳ありません指揮官。

 ガニメデは破損した機体からの再生品のため一部が正常に稼働していない状況なのです。」

 

 気づくと鈴音が横に立っていた。いつの間にか風呂を出ていたようだ。


「いやっ別に良いですよ。この位が可愛げがあって面白いですし。」


 俺は笑いながらそう答える。

 正確無比な機械よりも少し不完全な方が安心するのだ。

 不完全さは機械に求める機能とは真逆のものだが、化け物を消し飛ばした機械が見せているその間抜けな姿に俺は安心感を覚えていた。


 そんなことを考えている間にも ゴリッゴリッ と音を立てながらガニメデが四苦八苦している。

 真正面からの攻略は諦めたようで、胴体を縦向きにして入ろうとしているようだ。

 それを見て気づいたがガニメデには四脚の足のほかに胴体正面の下部から三本指のアームが二本生えていた。

 これまで正面から見ても気づかなかったということは普段は格納しているのだろうか。

 ガニメデはそのアームで一斗缶ほどの金属製の箱を抱えているのだ。


「ガニメデ、そこまでで大丈夫です。あとは私が引き継ぎます。」

 

 鈴音がやや早口でそう言いながらガニメデに近づくと、ガニメデはアームを伸ばして箱を鈴音に渡した。


「指揮官、食材の検査が終わり次第、調理を行います。

 少々お待ちください。」


 鈴音はそう言うと受け取った箱を抱えて調理場と思われる部屋へ入っていく。

 ガニメデはというと胴体を縦方向にした状態で未だにドアを占拠していた。

 なんだか悪い予感がする。

 まさかドアの枠に敗北したわけじゃないよな?

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