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命拾い

「みじけぇ人生だったな......」


 俺は絶望していた。

 白い服一枚で森に置き去りにされ、双頭のオオカミのような化け物に追いかけられ、最後の希望の鈴音と名乗る少女はコスプレ姿のヤベー奴だったからだ。

 唯一の救いはその少女が一生に一度お目にかかれるかというような白い肌と金色のショートヘアの美少女であったこと。

 思えば過労によりデスクで死ぬか、高血圧で突然死するかしか先が見えなかった人生の最期を絶世の美少女と一緒に

 爆発四散という形で終わらせられるならマシなんじゃないか?

 現実逃避に逃げ込もうとする俺はそんなことを考えてしまう。

 まあ、生身の人間に自爆装置などないからそんな最後さえ、叶えることができないが。


「指揮官、自爆いたしましょうか?」


 鈴音という名の美少女がエメラルドグリーンの瞳で真っすぐに俺を見つめて、先ほどのセリフを繰り返す。


「ホントにできるの?」


 俺は死んだ目で質問に質問で返した。


「はい。しかし、私のコアを自壊させた場合、

 半径100メートル範囲の地上に存在する

 あらゆる生命体を死滅させてしまいます。

 ですので指揮官の安全のため推奨はできません。」


 鈴音がそんな話をしている。

 その間にも何匹かの化け物が距離を詰めてくる。

 だめだ、もはやこれまでの様だ、せめて最後に美少女の胸でももんでおこうか。

 そうすれば安らかに成仏できそうだ。

 いやしかし、たとえ死ぬにしても最期に罪を犯して死ぬのはいかがなものか?

 最後位は日本男児らしく鈴音のため化け物の群れへ切り込むなり、囮になるなりして死ぬべきではないのか?俺の中の天使と悪魔が戦っていると、


「ご安心ください。指揮官の安全の確保のため増援を要請しました。

 あと約3秒で支援可能です。」


「え?」


 俺が鈴音の言葉に困惑したような声を上げたのと同時に

  バスッ という音とともに後ろから俺に何かの液体が浴びせかけられた。

 後頭部にかかったソレを手で拭って確認する。

 血だった。

 先ほどまでどこかの何者かの血管を巡っていたであろう生暖かい血だ。


「ヒッ」


 俺が恐怖で声を上げながら後ろを振り向くと、そこには二つの頭部がどちらも無い化け物の胴体があった。

 まだ心臓が動いているのだろう、首の根本があった部分からは血が脈打つように噴き出し、

 前足は痙攣してピクピクと動いている。


「なんだよ......これ、なんなんだよ......]


 俺はそのグロテスクな光景を見て腰が抜け、尻もちをつきながら青い顔で後ろへ後ずさった。


「ご安心ください友軍の支援射撃です。予定よりも早く到着したようです。」


 鈴音が血だらけの俺を嫌な顔一つせずに助け起こしながらそう話す。

 その間にも先ほどと同じ音が幾度も鳴り響き、そのたびに周囲の赤い点が消えていく。

 化け物たちは目に見えない敵に次々と仲間が血煙にされ混乱したのか蜘蛛の子を散らすように森の奥へ走り去っていった。


「指揮官。安全を確保しました。

 拠点までは距離があるので移動手段を用意します。

 少々お待ちいただいてもよろしいですか?」


 鈴音は危機を脱したという安堵感もグロテスクな死体への嫌悪感も微塵も感じさせずにただ変わらぬ微笑みと落ち着いた口調で次の提案をしてくる。


「え? ええ、よろしくお願いします。」


 俺は鈴音の提案に対してろくに考えることもできずに、反射的に肯定してしまっていた。

 俺は混乱していた。訳が分からない。

 異形の化け物とそれを一撃で葬ることのできる何か、そしてソレに命令を下すことのできる少女。

 これはいったいどういう事態なんだ?

 死の危険が過ぎ去った今だからこそ多くの疑問が湧いてくる。

 だが今優先すべきなのは身の安全と人里を見つけること、そして目の前の少女を敵に回さないことだ。

 それと、できれば風呂にも入りたい。できるだけ早く。


「鈴音さん、すみませんがここがどこだか教えていただけますか?」

「申し訳ありませんが正確な地図情報は現在把握できておりません。

 拠点の管理、セキュリティの関係から配備されているドロイドの調査範囲は拠点より半径10キロに制限されています。

 それと当機とのコミュニケーションに敬語、敬称は必要ありません。」


 俺は正直キレそうになった。

 先ほど生命の危機に直面したというのにこの鈴音というコスプレ少女はまだロールプレイを続ける気の様だったからだ。

 いくら不可解な力を持っているとはいえ、ここは日本のはずだ。

 こんな精密なロボットなどいるはずがないから鈴音のしていることはごっこ遊び、命を賭けてまですることではない。

 しかしながら今の俺の立場を考えれば不満や怒りをぶつけることもできない。

 俺は鈴音の態度に対する不満や怒りを押し隠すしかないのだ。


「いえ、敬語は癖なので使わせてください。

 それと、申し訳ないんですが今すぐに家に帰らなきゃいけないんです。

 鈴音さん、もしケータイを持ってるなら、現在地を調べてくれませんか?」

「申し訳ありませんが、ヒト用の通信機器は所持しておりません。

 また、基本装備の通信機は不通の状態です。GPSにも反応はありません。」

「ですから......」


 やや苛立った声で再度お願いをしようとしていると、 ドォン!! という重い衝突音とともに何かが真横に落ち、土煙を上げた。

 俺は驚くあまりとっさに手で頭を覆い、何かに背を向ける形で飛散物から身を守ろうとする。


「うぁ! なんだ!?」

「驚かせてしまい申し訳ありません。

 ガードドロイドの知能はあまり高くありませんので。

 これは先ほど支援射撃をしていたガードドロイドで、機体名は ガニメデ です。」


 俺が防御の姿勢から戻り鈴音が紹介してきた物体を見ると、それは白で塗装されている四脚の機械だった。

 1メートル四方程度の大きさのこの機械はところどころ塗装が剥げていることから年代物らしい。

 足は蜘蛛のようにM字になるような形で饅頭型の胴体の横から生えており、その先についている爪を地面にめり込ませて立っている。

 胴体の上部には化け物へと撃ったと思われる近未来的な銃が取り付けられ、正面には投光器やカメラのように見える機器類が取り付けられている。


「では拠点まで移動しますので、指揮官はガニメデの後部にある取っ手におつかまりください。」

「え? これに乗っていくの?  危なそうだし、鈴音さんはどうするんですか?」


 俺は現実離れした機械の登場でついタメ口が出てきてしまい、慌てて修正する。

 現実離れといえば化け物の件でも十二分に現実離れしているのだが、ある程度安全を保障されている今の方がより強く感じるのだ。


「私も同乗させていただきます。

 安全に関しても万一の時は私が指揮官を保護いたしますので問題ありません。

 ご安心ください。」


 安全と言われても覆いも何もないガニメデの背中の取っ手にしがみついた状態の

 どこが安全なのだろうか。

 しかし、鈴音が さあさあ と手で取っ手を示して催促してくるので、押し込まれる形で取っ手につかまる。

 鈴音はどうするのかと振り返ると、鈴音は同じ取っ手につかまり俺の上へ覆い被さってくる。


「ええ!?」

「私が屋根替わりになりますので飛来物等があってもご安心ください。指揮官。」


 鈴音は俺の左側から耳元でそうささやいてくる。

 別段色気の欠片もない言葉だというのに俺は、自分の顔が一気に熱くなるのを感じる。

 そのうえ、今まさに鈴音の胸が背中に押し付けられている感覚があるのだ。

 ヤバい、童貞には刺激が強すぎる。

 今俺の顔を覗き込まれれば頬が赤々と熱気を帯びて縮こまっている情けない姿をまじかから見られてしまう。

 俺はそんな心配と自身の女性耐性のなさを情けなく思いながら、右腕に顔をうずめて必死に耐えていた。


「では、出発いたします。」


 鈴音がそう言うとガニメデが ガクンッ と動く。

 顔を上げて前を確認すると、車の様に走り始めた。

 てっきり足でガシャガシャと煩く歩いていくのだと思っていたのだが、どうやら足の爪が開いてそこから車輪を出して走行しているようだ。

 しかも結構な速度だ。感覚でいうと60キロほどだろうか。

 そこら中木とその根に覆われた森でこれだけの速度で走れることに驚く。

 しかしその驚きもすぐに掻き消えた。

 なぜならガニメデが揺れるたびに鈴音も揺れ、その胸が俺の背中に強く押し付けられるからだ。

 結局俺は拠点につくまで情けなく腕に顔をうずめた状態で

 移動するハメになった。


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