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始まりの日

 ん?んん?

 いつの間にか寝ていたようだ。

 懐かしい青草のにおいと、日の心地よい暖かさを感じる。

 このまましばらくゆっくりしていたいと思ってしまうが、そうもいかない。

 やけに重い瞼をこすりながら眩しい光を避けるように目を細めて周りを見渡す。

 どうやら木にもたれて寝ていたらしい。

 ここは小高い丘の頂上で俺がもたれかかっていた木以外には全体がふもとまで短く刈り込まれた草に覆われている。

 丘のふもとから先には鬱蒼とした森が広がっており、不思議なことに草地と森はまるで線を引いたかのように明確に分かれている。

 頭上を見上げれば、雲一つない青い空だ。

 

 しかしおかしい。

 俺はあの地獄のような業務からつい先ほど解放されたはずだ。

 なぜに森にいるのか。

 まさか無意識のうちに自身の本能がマイナスイオンを求めて、ゾンビのごとく森に分け入ったとでもいうのか。

 小田島 雄二 24歳。

 もしもこれが人生初の徘徊の結果なのだとしたら残りの人生絶望しか残らんぞ。


 どうしたものか。

 とりあえずスマホで現在地を調べようとズボンのポケットをまさぐる。

 が、なぜかポケットが見つからない。

 おかしいと思い自身のズボンに目を向けると、


「へあ?」


 思わず間抜けな声を上げてしまった。

 平日どころかここ最近は土日も自身を拘束していたスーツではないのだ。

 白い服。そうとしか言えない薄手の長袖長ズボンの服を着ていたのだ。

 慌てて自分の足元や木の裏を細かく見たが脱ぎ捨てられたスーツも、通勤鞄も存在しなかった。


「やらかしたぁぁぁぁぁあああ!!」


 俺は叫んだ。叫ぶしかなかった。

 なぜならスーツには財布とスマホ、鞄にはその他貴重品に加え、会社の入館証が入っていたからだ。


「だめだ。もうおしまいだぁぁぁああ。」


 己の馬鹿さを恨んだ。

 記憶にはないが、どこかでヤケ酒でもして泥酔したところで、悪質なキャバクラか何かで身包みをはがれたのだろう。


「入館証の始末書に方々への謝罪に、財布・スマホの警察への届け出に、

 クレカの利用停止に......」


 この先の厄介ごとをつぶやきながら俺はより絶望を深めていた。

 詰んでいた。完全に。

 俺がどんな土下座の仕方をしようかと脳内シミュレーションをしていると、


「グルルゥゥゥウウ」


 明らかに敵意の込められたうなり声。

 野良犬にでも目を付けられたのかと俺がその方向を向くと、丘のふもとにオオカミの様でオオカミではない化け物がいた。

 ライオンほどの大きさで、頭が二つあるオオカミ。

 目は夜でもないのに赤く光り、口を吊り上げ鼻にしわを寄せて威嚇する表情で、口からはよだれを垂らしている。


「ひぃ!」


 おびえた声を上げてしまった。

 勝てそうもない化け物から自身へ向けられた明らかな敵意。

 それに俺は圧倒され、身動きが取れなくなっていた。

 そして気づいてしまった。

 化け物の後ろ、草原と森の境目に無数の赤い光が見えることに。

 アレは一匹ではないのだ。


「うぁぁぁああああああ!!」


 それに気づいた瞬間、俺は無意識のうちに跳ね飛ぶように化け物とは

 反対側へ駆け出していた。


「グゥォオオオ!!」


 後ろからうなり声と無数の何かが土を蹴る足音が聞こえる。


「嫌だぁぁあううううううううう!」


 恐怖で体中に力が入り、

 口からは制御の利かない叫び声の出来損ないのような声が漏れでてしまう。

 森の中に入り、木の葉や枝に体を叩きつけながら必死に走る。

 こんなところで死ぬのか、病院のベットでも職場のデスクでもなく、

 不気味な森の中で見たこともない化け物に生きたまま食いちぎられて。

 嫌だ。もう10分位は走り続けている。

 デスクワークがほとんどの俺の体力から考えれば快挙と言える記録だ。

 しかし限界が近い明らかに速度は落ちているしいくら息を吸っても、まるで真空で息をしているかのように苦しい。


 気づけば後ろから追いかけてきていた化け物と並走するように走っていた。

 昔、テレビで肉食獣の中には無暗に襲い掛からず、獲物が十分に弱ってからとどめを刺しに来るものがいると説明されていたが、

 この化け物もそれの類の様だ。

 人生にはとっくに絶望していたが、それでもこんな終わりは嫌だ。

 せめて最後は優しい日の光に包まれてそよ風の中安らかに......


「どうかなされましたか?」


 俺の中で早くも走馬灯がよぎっているとき、不意に女性の声が聞こえた。


「た、たすけてぇぇぇえええ」


 視界にとらえてもいない誰かに大人げなく助けを求めた。

 今の俺は助かるなら大人らしさだとか人間の尊厳だとか、そのようなしょうもないプライドの一つや二つどうでもよいと心の底から思えるのだ。


「はい。かしこまりました。」


 その声と同時に突然目の前に女性が姿を現した。

 その姿をとらえた俺はその女性の目の前で崩れるように膝をつき、女性を見上げるように視界にとらえる。

 その瞬間、死と隣り合わせの状況だというのに思わず見とれてしまった。

 それほどまでに彼女は非の打ちどころのない美少女であったからだ。


 エメラルドグリーンの瞳で俺を見つめる彼女は、金髪の髪をショートカットに整え、肌はまるで日光を知らないかのような美しい白色をしている。

 服はスクール水着のような形の白い服に肘と膝までを覆う白いアームカバーと、

 ストッキングのようなものを着ている。

 正直言ってかなりきわどいコスプレのような格好だ。

 不思議なことに服のところどころには青い光る線があり、素材自体も伸縮性があるとは思えないほどツルリとした見た目だ。


「これより機体名「鈴音」はあなたの指揮下に入ります。

 何なりとご命令を、指揮官。」


 鈴音と名乗った少女が片膝をつき、俺と目線の高さを合わせ手を差し伸べながらそう告げる。

 その声で我に返った。

 今俺は生命の危機にあるのだ。

 彼女の言動にはいろいろと不可解なものがあるが、俺にはほかに頼れるものは何もない。

 状況は悪化している。

 一人の仲間を得たとはいえ気づけば先ほどの数秒間のロスで、俺たちはあの双頭のオオカミの化け物に完全に包囲されていたのだ。

 無数の赤い目が四方八方から俺たちを刺すような目線で捉えている。

 恐らく新たに加わった獲物が脅威かどうかを探っているのだろう。

 俺は最後の希望にすがるように叫んだ。


「助けてくれ!鈴音さん!」


 その声に対して鈴音は俺を安心させるかのように微笑みを作り、差し出していた手を戻して胸に当てながら落ち着いた様子で答える。


「はい。では、自爆いたしましょうか?」


「ハァ!?」


 天使のような微笑みでそう提案する美少女に俺は絶望した。


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