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小説 -初夏に視し夢-

作者: にっけるスイソ

にっけるスイソです。どうも。

夏が始まる前に。

┌───────────┐


今日も、雨。

全くこの季節は良いことが何一つとしてない。


移動では濡れるし、洗濯物は乾かないし、湿気は溜まるし、ああもう、考えるのももう嫌だ。


本当に夏の初めというのは気に入らない季節だ。

そもそも、「夏」という季節がまず嫌いな人が多いんじゃないか?

暑いし、虫は沢山いるし、どこに遊びに行っても人だらけだし…


まぁ、でも中には「海で泳げるから~」とか、「休みあるから~」とか、案外そういう単純な理由で好きだって人もいるかもな。


じゃあ、俺は。どうだろうか。

嫌いか?夏。

うん、嫌いだ。



───ん、でも。

《《あれ》》も夏だったよな。

梅雨が明けて、夏期休業に入る前の…

蝉が荒々しく哭いている時期だった。


だとしたら、そうだな。

夏の全てが嫌い、ってことは無さそうだ。


あーんな事が、毎年あったら。

きっと夏も、好きになれるかもね。




────嫌だ。

もう、こんなところ嫌だ。

息をするのももう一苦労だよ。

抜け出したい。

でも、な。死ぬ勇気なんてねぇし…


行こう。

遠くへ。

どこか知らない街まで、

後先なんて考えないで、

行ってみよう。


独り暮らしが始まって3ヶ月。 

ここのところ何もかもうまくいっていない。

特に、人間関係が。

薄っぺらすぎる。

同じクラスの人間と、まるで合わない。

俺はこの新しい場に、俺の思い描いていた楽しく、かつ有意義かつ多少の苦労のある生活があると思ってここまで来たわけだが。

全くの期待はずれ。

俺が?俺が間違ってるのか?

そんなわけない。

だったら何故───?何故こんな場違いな奴等しかいないんだ?

俺はここにおふざけでもしてきたのか?

…分からない。

何もかも分からない。


そんな日々が続いていたある日。

実験中に雑談していた奴らが誤作動を起こし、数千万の加工機械が切削油をまき散らして無惨な姿と化した。

それを傍らで見ていた俺は、その日の夕方、遂に何もかも分からなくなり、今あるだけの金を持って近くの駅から在来線の車内にゆっくりと入った。


ここは住み慣れた故郷の地から遠く離れた場所。少し都会で、でも少し外れれば田園風景が広がる、どっち付かずの街。

何の特徴もない、灰色の街だと思っていた。

思っていたけど。

その時車窓から見た、地平線に半分沈みかけた夕焼けは、とても美しかった。

俺の実家は山に囲まれていたから、夕焼けはあまり見えなかった。

でも、この街は見渡す限りの平野で、地平線へ沈む太陽が、こちらを焼き尽くさんとばかりに陽光を浴びせながら沈んで行く姿をはっきりと眺めることができる。

ああ、やっと初めて。

この街に来て良かったと、

思えるものを、見つけられた。


どのくらい経っただろうか。

ポールに立って寄り掛かったまま、しばらく車窓からの景色をずっと、眺めていた。

水平線へ消えた太陽が未だに藍色の空を黄色に滲ませ、反対側から迫る夜に少しずつ押されて消えてゆく。

こんなに空を見つめたのは。

自分の事も誰かの事も考えずに、

空を見つめ続けたのは。

一体何時ぶりだっただろうか。


―――で。

そのまま終点の駅まで寝過ごしてしまった。

立って寄り掛かったまま寝てしまうとは自分でも予想外で、車掌さんらしきらしき人に肩を揺らされたときははっ、となってしまった。

ここ数日レポート尽くしで睡眠時間が大分短くなっていたから、そんな状況で夕方の時間帯にぼうっとしていたら、寝てしまうのも致し方無い、か。


未だ眠気の残る目を擦りながら駅の構内を歩く。

駅はえらく古い木造の建物で、木組みが露出した天井で蛍光灯が場違いに白く輝いていた。ベンチやホームの粗く欠けたコンクリートがそれを更に際立たせる。

そして駅の入り口に立ち、初めて自分の状況に気が付いた。

辺り一面、真っ暗。見える光は数十メートル先にある街灯一本のみ。

まずい。非常にまずい。

有り金だけ持って飛び出してきたので当然宿泊先など無いし、そもそもここの地名すら分からない。

地名―――地名は駅の建物に書いてあるんじゃないか?

そっと建物の方に振り返ってみた。

駅の建物の壁にあったのは、見た事のない漢字二文字。


ちなみに、今ではもうどんな形の漢字だったかも思い出せないが。


分からない。読み方がわからない。少なくとも、自分が今までに見聞した地名の中に心当たりは無かった。

まぁ、いい。

とにかく、どうしようか。

駅の前で闇の中、ひとり突っ立って考えた。


でも、頭のいい決断なんてできなかった。

下した決断は、

とりあえず、歩いてみよう。


そして俺は闇の中を歩きだした。

駅の前に道路が一本だけ通っていたから、そこを左の方に歩いていくことにした。

まぁ、下り坂だったからだ。

割と大きめの道路だったが歩道は無く、左右には木々が生い茂っていた。

道は峠のように右に左に折れ曲がっていて、それらが連想させるのは戦国時代の城の攻城路か、はたまた峠を攻める走り屋の集い場か。だが、走り屋どころか車一台《《そこ》》にたどり着くまで通らなかった。


暗くて人気のない木々に囲まれた夜の峠道で、俺はたくさんのものを感じた。

夏の夜の落ち着いた涼しさ。弱い風が木々を揺らして奏でる耳に心地よい騒めき。

あんな街じゃあ感じられない、でもすぐそばにあって、壮大なそれ。

ああ、実はこんなに世界は、趣であふれていんだ。


どのくらい歩いたかな。

30分…くらいだろうか。

その闇に包まれた峠道に突然、明るいものが見えた。

火の灯った…朱色に怪しく灯る提灯。

それも1つだけではなく、道の脇から木々生い茂る林の向こうへずっと続いている。

提灯の真下まで来てみる。遠くから見ると光が怪しく揺らめいているように見えたが、近くで見ているとただただ蝋燭に火が灯っているだけだ。

だが、このご時世で火を灯す提灯とは―――珍しい、な。

提灯はぽつぽつと林の向こうまで伸びていて、しかもかなりカーブを描きながら並んでいる。

その提灯の淡い灯の真下には、人間2人が並んで歩ける程度の幅の舗装されていない道が提灯の配置に沿って伸びていた。

突き当たるアスファルトの道とはあまりに異なるそれは、提灯に照らされて案外よく見える。


いつか、ライトノベルや漫画で見たような、そんなシチュエーション。

だけど。

日の灯った提灯は今の世の中少ないだけであって、提灯とは元々中に火を灯すものだ。宙に浮いているわけでもない。最寄りの木の枝に糸で吊るされている。

それにこういう分かれ道だって少なくはない。田舎に行けばこういった分かれ道は林道の入り口としてしょっちゅう見かける。もっとも、提灯が灯された林道こそ見た事は無いが。


―――でも。

なんだか闇の中で光を見つけたときは、とても落ち着いた。

そして、この先に何があるのかという好奇心。

どうせ行く当てもない。

薄っぺらい人間関係などすっかり忘れて、俺はその道に入っていった。


その後の光景はしばらく変わらなかった。

提灯と道…それがあるだけだ。だが、そこで少し怖くなってきた。

というか、なぜ今まで街灯もない夜の峠を歩いて恐怖を感じなかったのかが分からない。提灯の明かりがあるといえど、脇の草むら、木々の間から何か出てくるのではないかというように感じる。風情を感じ黄昏るだけだった俺は一変して、まるで林間学校のレクリエーションでやる肝試しを最後の最後の最後まで嫌がったが、今更一人やらないわけにもいかないので仕方なくメッチャビビりながら進む奴みたいになってしまった。


五分ほど、歩き。

どこまで続くのだろうかと、そう思ったその時だった。

一気に視界が広がり、恐怖心は一瞬で吹き飛んだ。

横、奥に10メートルほど、生い茂っていた木々が立ち退き、それに沿って数え切れぬほど朱色に灯った提灯が並んでいる。

自分のいる道の切れ端からは苔が這った粗い石で作られた簡素な石畳が真っすぐに伸びている。

その―――伸びる先には。

赤い漆が塗られた木造に瓦屋根の建築物が中央、左、右と三つ。そして、道の切れ端と空間の間、すなわち自分の頭上にあるこれまた苔の這った―――鳥居。

神社だ。

境内は周りの数え切れぬほどの提灯の朱色に照らされ、夜の雑木林の中ながらしっかりと見える。

美しい。

自然の中にのみ込まれ忘れ去られた先人の創作物は、懐かしみ、落ち着きを忘れた俺の心を一気に落ち着かせた。

ゆっくりと境内へ向かって歩き出す。


少しずつ境内へ伸びる10メートルあるかないかくらいの石畳を進む。

そして、境内へあと数歩―――というところで、


左から声がした。


「あら、珍しい…」

久々に聞いた人の声に俺はぎょっとなった。

目をやると、そこには20代前半くらいで白と赤の和風な服装(俺の語彙力ではその程度の表現が限界だ)を纏った女性…

いわゆる「巫女さん」が立っていた。

黒い長髪はキレイにまとめられ艶がかり、容姿端麗、とてもきれいな人だった。

驚いて半歩退いた俺に驚きもせず続けた。

「あら、驚かせたかしら。ごめんなさいね」

「あ、いや、別に」

巫女さんはそんな俺を見てふふ、と薄く笑った。

「迷子さん…ではないようね…」

ん…?

「イヤ、迷子だと思います…けど」

迷子じゃなければこんな雑木林の中になど入らないだろう。

「そう…かしらね。まぁ、あなたがそういうなら」

「はぁ」

と、他愛もない話をしたわけだが。

ここですでに、俺は少しこの人の…オーラ?というのだろうか。そういったものを薄々感じてはいた。

「ところで、あなた…」

「あ…はい?」

「あなたは…少し…」

そう言って巫女さんは俺を少し怪しげな顔をして見つめてきた。

三秒くらい見つめられて、思わず「何でしょう?」と言ってしまうところだった。


けど、そこから、少しずつ俺はその巫女さんに言葉を返せなくなっていく。


「深い、悩みを。お持ちのようで」

「え?あ…」

うッ…

何故…分かるんだ。

ここまで…ここまで逃げ出してきた尚、俺はまだ捕らわれるのか。

そう感じてしまい、俺は少し劣等感のような、そんな気持ちを抱いた。

「そう…ですね。あまり思い出したくないのですが」

「そうですか…」

巫女さんは一度目を閉じ、目線を境内の方へ移して再び話し始める。


「あなたは…少し『周りのせい』にしすぎてはいませんか?」


周りの、せいに?


「世界が憎い、環境が憎い、誰かが憎い…そういったことを考えすぎてはいないですか?」


確かに…確かにそうだ。でも、でも。俺は…


「確かに、あなた自身は間違っていないのかもしれません。自分が思ったとうりの世界では無かった、それ故、うまくいかないことばかりなのだと。それに耐えきれなくなって、《《逃げ出してきたのでしょう》》?」


―――ッ…どうして―――


「確かに、逃げ出すというのは、あまり良くない事のように思うでしょう。実際、それで大切なものを失ってしまうことも少なくありません。ですが…ですが、いいのです。自分の苦労を何かのせいにして逃げ出しても。そうでなければ、きっとこの理不尽に回る世界では生きていけないでしょう?」


―――。


『何かのせいにして逃げ出しても良い…?』

「でも…でもそれじゃあ…」

まるで、逃げてるだけじゃないか。


「そうです。《《何かのせいにしたまま》》では…きっと駄目です。逃げ出してもいい。何かのせいにしても良い。投げ出しても良い。でも、いつかは必ず、戻らなければなりません。逃げ出したままでは、人間は堕ちて行ってしまいます」


その言葉は、何かと説得力があった。


まるで、これまでずっと、遠い昔から、その姿を見てきたから、というような。


「ですから、あなた」

言われた時既に、俺は何も言えなくなっていた。



今は日々のことなど忘れて


今、目の前にある景色と空気に心が落ち着くまで溺れて


そうして、また『世間』と『自分』に向き合えばいい―――



「世間は、あまり思うように変わってくれません。例えあなたが正くても。それならば、自分が変わるしかないのです。それが受け入れられなくて、人々は逃げ出します」


巫女さんは薄く息を吐きながら肩を落とし、口元を緩めた。少し呆れたような、同時に何かを懐かしむような目で、神社を取り囲む提灯を眺めながら続ける。


「きっと私たちや神社というのは、その『逃げ場』として人々が創ったものな

のかもしれないですね。いや、きっとそうでしょう」


俯いていた俺も巫女さんと同じ方を向いてみる。今でも蝋燭に灯る火はゆらゆらと陽炎のように揺らめき、怪しげに、かつ美しく、神社を照らしている。

数分話しただけなのに、もう数時間ほどここで突っ立っているような感じだ。


「もし、本当に逃げ出すことが悪い事なら、『逃げ場』であるここが、こんなに美しいはずがありませんよ」


苦難、不幸の中心に置かれた中でも尚───いや、そんな状況に置かれたからこそ、ここまで人間を魅了する物を作った先人は何を考えていたのか。

その真意を知ることは、きっと自分にはできないと思う。

でも、心の中の何か、言葉では形容できない何かが、遥か遠くの先人と繋がっている。

だから、こんなにも───美しいと。思えるのだろう。


1分ほど、沈黙が続いた。

俺は、ここでようやく口を開いた。

「ありがとう、ございます。なんか、吹っ切れました。確かに自分は間違ってないと思うんです。でも、それから…それから何も、してなかったんです。自分から退くことも、踏み出すことも。中途半端なまんまで。なんも変わんないですよね、それじゃ」


巫女さんは、小さく頷いてくれた。


「それに気付けたなら、よかった。私はきっと、役目をまたひとつ果たせたようですね…」


巫女さんは境内の方に向き直りながら言った。


「人間というのは、何でも乗り越えられるものではありません。例え必死の努力を持ってしても。そこで挫けそうになったら、今日のようにすべて投げ出して、そしてもう一度向き合えばいい。『逃げる』事を、どうか恥とばかり考えないでください」

「…はい」


俺が返事をすると、巫女さんは微笑んだ。

「では、また…会えると良いですね」

「え?…─────ッ!?」

その刹那、神社を取り囲む無数の提灯の光が、それまで出していた淡い光から、網膜を焼き付けるような眩く白い光に変わった。

俺の視界は、俺が声をあげるよりも先にみるみるうちに白く塗りつぶされた。

視界が無くなる直前、微かに視えた、笑顔の巫女さんの口は、確かにこう動いていた。


   

   さようなら。


        



















気が付くと、俺は。

《《電車に乗った駅》》のベンチで、

うとうと寝込んでいた。




───そんな話。

えっと、あの時一年生だったから、もう二年前か。

 《《それ》》があってから、俺の日常は一転した。興味のない奴とは話さなくなって、自分の好きなことに打ち込んで。でも、共感できる友達―――親友とは呼べなかったけど―――がいて。何もかも、自分が欲したらまず自分で動くようにし始めた。

全てでは無いけど、今では色々上手くいっていて、悩みもあんまり無い。もう今はあの時の悩みなんてもう、ほとんど覚えていない。でも―――今でも一つ気になるのが。


あれが本当に何だったのか、未だに、分からない。


夢だったのか。現実だったのか。全く分からない。

あの神社からこの街の駅まで帰った記憶が、全く無いんだ。後から乗った路線の駅も確認したが、駅で見た俺の読めなかった漢字の駅も、その地名すらも存在しなかった。でも、お金が帰りの分も減っていた(具体的にいくら減ったのかは分からなかったけれど、確かに減ってはいた)。


もし、現実だというのならば。

もう一度行ってみたい。

でも、そこに行ったらあの巫女さんはなんて言うだろう?

そう大きな悩みがは無い俺が今行ったって、

「ここは逃げ場所だから」とか言われそう。


今思えば、えらく巫女さんらしくないことを言う巫女さんだったなと思う。

同時に、凄く不思議な。

俺の抱えていることが、なんで分かったんだろう。

まぁ、いいか。

とにかく、行けるのであれば、もう一度あの幻想的な光景を見てみたい。


夢、であったのならば。

うん。そうだな。

また、視たい。ああゆう夢。

ただ、二年前視た神社と巫女さんの夢じゃなくて、《《あの夢のように美しい夢》》。

こういう微妙な都会でも田舎でもない地だと、そういう光景が恋しくなってしまう。

まぁ、自分だけなのかもしれないけど。

こんな事友達には恥ずかしくて言えないよ。(笑)

まぁ、とにかく、そんな美しい夢が視たいな。



例えば今みたいな、蝉が哭き始める少し前の、初夏の頃とかに。



└───────────┘

ありがとざいます。

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