令嬢は希望を見出す
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あれは、王子もわたくしも十歳を迎えた頃だっただろうか。
とある午後の昼下がり、王子に呼び出されたわたくしはお茶とケーキでもてなされていた。
美味しくケーキをいただいたところで、王子は嬉々としてその話をし始めた。
(…わたくし、一応婚約者なのですけど?)
わたくしは、思わず王子を胡乱な目で見つめてしまった。
婚約者に他の女性の話をうきうきでしてくるってどうよ。しかもわざわざ呼び出して。
お互い想い合っていないのは百も承知だが、デリカシー無さ過ぎじゃないかと呆れてしまう。
(まぁ殿下にそんな繊細さがあったら、こうなっていませんわね…)
一応望まれて婚約者となっているので、今一つ釈然としない。
だが王子はこういう奴だ。わたくしは諦めて聞く体勢に入った。
侍女に熱い紅茶のおかわりをお願いする。
婚約してから、王宮で王妃教育も行われているため、王子と会う頻度は多かった。それに、こうして王子の話し相手として呼ばれることも多い。
わたくしは、王子がやばい奴だと理解してから、この四年でかなり王子の対応に慣れたつもりだ。
慣れざるを得なかったというか。そうしないとやってられないというか。
王子も、つくろわなくてもいい相手としてわたくしを認識したようで、今ではお互い割と気安く会話できている。ただ、それでもたまに王子の話を聞いてぞっとする。
例えば、王宮の誰それは隠れてあのメイドと不倫をしているだの、あの文官は実は男色家だの、メイドなのに何人もの文官を侍らす女王様がいるだの。
それに加えて、子供が知るはずのない密約なども教えてくれる。
何故知っているのか聞いた時に、尾行ついでに機密文書の保管庫を見つけたとか、あそこの天井裏と戸棚は人間観察にちょうどいいと気が付いたとか、密会場所になり得る場所は把握しただとか言いながら、うっすら微笑む王子とは目を合わせられなかった。
やり方がレベルアップしているではないか。知り得る情報もついでにランクアップしている。
王子は王宮で一体何をしているのか。
今、その王子は見たことが無いくらい青い瞳を輝かせて、その街で出会った少女の話をしていた。
「最初は男の子の格好をしていたから分からなかったんだけど、やけに可愛い顔をしているし、ちょっとしたしぐさや体つきで女の子だとわかったんだ」
「はぁ」
「でも、女だと気づかれてないと思っていたんだよ。まぬけだよねぇ」
「なぜ男装を…」
「でも、あんなに足が速いとは思わなかったなぁ。スラムで置いて行かれそうになってしまって、さすがにひやりとしたよ」
「スラム…!?」
スラムなど、一国の王子が行くべき場所ではない。
ましてや普通の町娘もそんなところには行かないはずだ。案内できたと言うなら、その少女はスラムで暮らしているのだ。
性別を偽って生活しているのにも納得がいく。
「…また変わった方に会いましたね」
「うん。どうしてあの子はあんなに輝いて見えるのかな。あの子に案内されたら、スラムも楽しいところなのかと思えるよ」
「まぁ」
「あの子は多分、素直で無垢なんだ。なんというか、かまいたくなるというか、あんなに可愛く拗ねた顔をされたら、泣かせたくてたまらなくなったよね!」
「相変わらずご趣味が悪いですこと…」
わたくしは、心の中でその子に合掌した。
王子はわたくしの様子にかまわず話し続ける。彼がこんなに興奮するのも珍しいことだ。
「それで、ちょっと調べたらもっと面白いことがわかったんだ」
「面白いこと?」
「没落したカティック伯爵家とフォーン男爵家に起きたスキャンダルは知ってる?」
そのことは知っている。ゴシップ大好きの侍女が有名な話として以前教えてくれた。
「何年も前に、伯爵家の次男と男爵家の三女が駆け落ちしたのでしたよね?」
「そう。あの子、どうやらその二人の忘れ形見らしい」
「忘れ形見?お二人とも亡くなっていらっしゃるのですか?」
「どうやらそうらしい。身寄りがないから孤児としてスラムにいるんだろう」
「まぁ。でも、フォーン男爵家が探しているのでは?」
「うん。ここ最近も水面下で探してはいるらしいね。男爵家に見つかる前に、僕が攫ってしまおうかなぁ…」
「またそんなことを…」
「だって僕、あの子が気に入ったんだ。攫ってきたら、専属メイドにしようかな」
「は…!?」
(まったく、なんてこというんでしょうこの方は…その子もご愁傷様……………ん?)
わたくしは、ある一言が気になった。
「殿下、今気に入ったとおっしゃいました?」
「言ったけど?」
王子はそれがどうしたのと無邪気な顔をしているが、わたくしはとても驚いた。
物や動物に対する執着は聞いたことはあるが、人に対しては聞いたことが無かったからだ。
わたくしは、ずいと身を乗り出して王子に詰め寄った。
「殿下は、その方に対して恋心をお持ちで?」
「恋心?これは恋なのか?」
王子は、ちょっと上を見上げ、首を傾げて考えている。
王子が即答で否定しない…!
わたくしは、一条の光が差した気がした。
ごくりと喉を鳴らして、素早く計算する。
上手く誘導すれば、婚約破棄が叶うかもしれないのだ。
わたくしは、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「どちらにせよ、その方は殿下のものにするのですわね?一生そばに置かれるおつもりですか?」
「そのつもりだけど?」
「本気で攫ってしまうおつもりで?」
「もうあの子の住処は調べてあるし、メイドにするつてもある」
この王子はやはり、人ひとり手に入れることにどんな手を使っても気にすることは無いらしい。
子供のくせに、恐ろしい人だ。
わたくしは、真意を悟られないよう、にこやかに王子を見た。
「そこまで思うのであれば、その方のことを男爵家へ連絡してくださいませ」
「そんなことしたら、あの子は男爵家に入ってしまうじゃないか。こっそり王宮に連れてこれなくなる」
「いいえ。そうすれば、正式に王宮に入れますわ」
「どういうことだ?」
「その方、没落したと言えど伯爵家の血を引いていますし、男爵家に入れば貴族扱いですわ。貴族ならば、その方を娶れますわよ」
「…あの子と結婚できるということか?」
わたくしは、できるだけさりげなく言った。
「そうです。そうすれば、堂々と一緒にいられますわよ?…わたくしより、その方と結婚したほうが楽しいのでは?」
そう言ったわたくしは、おっとりと微笑んだ顔の裏で、笛を鳴らして、太鼓を叩くレベルで興奮していたことは間違いない。異国の祭囃子が聞こえた気がした。
(どうか、どうか、うんと言ってくださいませ!!お願いいたしますわ!!)
その時。
王子の瞳に、何か仄暗い光が宿った気がした。
何か覚醒させてしまったらしいが、わたくしの身に降りかからないならそれでいいと何も見ないふりをした。
「うん。そうだな。僕はあの子のことが好きみたいだ。こそこそ一緒にいるより、結婚したほうが楽しいかもしれない」
「では、わたくしとは婚約解消してくださいませね」
「まぁそれはいずれ。今すると、またほかの令嬢を勧められるからね」
「…わかりましたわ」
(ちっ…………でも言質はとりましたわよ!!やりましたわ!!)
正直、心の中ではお神輿わっしょいレベルで盛り上がった。
そう。わたくしは、自分の将来のために見も知らない少女を、王子への生贄にすることにしたのだ。
だが良心の呵責など一切ない。
だって、これでその子は無事に男爵家に入れるし、きちんと令嬢教育を受けて学園にも入学できる。
そして、いずれ王子の花嫁になれるのだ。
攫われてメイドとなるよりよほど良いではないか!
(王子はやばい奴ですが腐っても王子。このお顔と肩書があれば、きっとその子も恋してくれますわ!そうすれば、わたくしは晴れて自由の身!!)
わたくしは、誰も不幸にならない素晴らしい計画だと一人感動に震えた。
その後、王子は男爵家に人を介して情報を与え、無事にその子は男爵家に迎えられたと聞いた。
その子の名前はリンデル・フォーン。
わたくしは、その名前を頭に叩き込んだ。大事な大事な生贄だ。
彼女はすぐに男爵家の正式な養女となり、学園へ入学するための教育を受けているという。
思い通り、彼女が学園で王子と再会し恋に落ちてくれれば、後はさっさと婚約破棄するだけだ。
上手くいくはずだと思っていたのだが、甘く見ていた。
リンデル嬢を、ではない。
この王子をだ!!