令嬢は頑張って画策する
ダグラス家の封蝋で閉じられた手紙と共に、それは届けられた。
深い栗色の箱に細い金色のリボンが巻かれている。
中には、『あの薔薇は綺麗でしたね。君に似合うと思います』と書かれたメッセージカードとあの日見たイングリッシュローズと同じ、ローズピンクのリボンが入っていた。
わたくしは、震える手でリボンをとって眺めた。
(エリックと会う機会があったら、絶対にこのリボンをつけていきますわ!!)
それから、機を見てはそのリボンをつけて出歩いた。
侍女と母上が呆れるくらいつけていた。
そして、他家のお茶会で出会ったエリックに、狙い通りそのリボンを結んだわたくしを見せることに成功する。
「そのリボン、気に入ってくれた?似合ってるよ。…うん…可愛い」
エリックは、リボンに気が付くと、照れくさそうにはにかんで褒めてくれた。
それからもしつこくそのリボンを使っていたら、当然ながら端がほつれてきてしまった。
だから、別のお茶会で会ったエリックにこう言ったのだ。
ちょっと上目遣いで。目を潤ませることも忘れない。
「エリックにいただいたリボンがほつれてしまいましたわ…お気に入りでしたのに。同じものをずっとつけていたからでしょうか…」
「…それなら、次の季節の便りと一緒にまたリボンを贈るよ」
「本当?嬉しいですわ…!」
「それくらい、たいしたことないから」
「ふふふ。では、毎回楽しみにしておりますわね」
「うん。ん?」
毎回?と少し目を見開いたエリックは無視した。
(エリックは本当に優しいですわ!目の前で女の子が落ち込んでたら、慰めないわけにはいきませんものね)
うっすらと涙目で落ちんだわたくしを、きっとエリックは善意で慰めてくれたのだ。そこにも思い切りつけこんだ。
そして言葉通り、わたくしは季節ごとに毎回エリックから手紙とリボンを贈られることになったのだ。
(いえ、リボンがほつれて悲しかったのは本当ですわよ?騙した訳じゃないですわ!)
贈られてくるリボンは様々だった。時にはわたくしの瞳の色と同じ琥珀色のサテン。時には上品なレース、または手触りの良いベルベッド。珍しい異国の織物で作ったものまで。
箱はいつも深い栗色に細い金色のリボン。それに、きちんとメッセージカードがついてくる。
本当にエリックは真面目な人だ。文面を見るに、ちゃんと彼が選んでくれているらしい。
季節に合わせたその色とりどりの美しいリボンを、わたくしは身に着け続けた。
お返しに、手紙と手ずから刺繍したハンカチを贈り返した。
手紙は、当たり障りなく丁寧にお礼を述べた文面だ。手紙のやり取りも季節ごとにほぼ一回ずつのみ。
どこで誰が見とがめるか分からないからだ。
そんな気を遣うのも面倒だが、エリックの評判にも関わってしまうので仕方ない。
リボンとハンカチのやり取りは、学園に入学しても途切れずに続けられるが、これくらいの付き合いなので、きっと周囲には仲のいいただの幼馴染として見えていたはず。
しかし、仲のいい幼馴染だからといって、堂々とお茶会などでエリックと長話をすることはできない。一緒に出席しているお茶会では、エリックとは少し会話はするものの、着かず離れずの距離を保った。
表立ってエリックの隣に立てば、王子の婚約者であるわたくしをかまうエリックが叱られてしまうからだ。
だから、ずっと一緒にいられないかわりに、他の令嬢がエリックに近づきすぎないようにひっそり立ち回った。
あれだけ慎重にやりきったのだ。きっと誰にもばれてはいないだろう。
我ながら涙ぐましい努力をしたものだ。
努力の甲斐あって、エリックが他の令嬢と仲良くなることはなかった。形ばかりの婚約もしなかった。
父親は宰相で公爵家の長男なんて優良物件を、貴族であれば大人も子供も見逃すはずはないのだが。
本人の清廉さか真面目さゆえか、エリックは婚約するのは学園を卒業してからと明言していたのだ。
ダグラス公爵家に無理を言って婚約を押し付ける貴族がいなかったのも幸いした。
わたくしはそれを聞いて安堵した。
まだまだ、エリックは誰かのものになることはないのだと。
王子とは、会うたびに婚約をどうにかしようとあがいていたが、彼は一筋縄ではいかなかった。
本当に面倒な奴なのだ。
王宮のお茶会に呼ばれたある日のことだった。
その時は、同年代の貴族子息、令嬢達も大勢呼ばれていた。もちろんエリックもいる。
わたくしは、他にも目を向けてもらうべく、名家のご令嬢をおすすめした。
ちらりと向こうのテーブルに座る女性を見た。なかなか可愛い顔をしている。
確か彼女は侯爵家のご令嬢だ。
「向こうにいる方は、あまり王子に近寄りませんよ。どうですか?」
「あれは隙を窺ってるだけだ。視線が不快極まりない」
「よくあんな遠くにいる方の視線を感じますね…」
わたくしはめげずに伯爵家のご令嬢を見た。
「あちらのご令嬢を見ましたか?大変お美しい方ですわよ?お話してみては?」
「あぁ、見た見た。挨拶だけはしたさ。容姿にしか目立つところがないな」
「失礼な…」
「しかもアデルの方が美人だぞ」
ぐっと言葉につまったが、奥にいるご令嬢を勧めてみた。
「…ではむこうのご令嬢はどうでしょう?」
「あれは一度しつこく絡んできたんだ。アデルがいるから、必要以上に寄ってこなくて助かってるよ。快適快適」
「…………」
一事が万事この調子である。こう言っているが、わたくしを好きではないということは、目を見ればわかる。
彼が婚約解消しない理由は言わずもがな、他の令嬢の相手が面倒だからだ。わたくしの気持ちなどまるっきり無視。
むしろ、わたくしの心が王子に無い、そしてこれからも絶対に気持ちを向けないと分かっているからこそ、そばに置いているのだ。
(本当にどうしようもないですわね、この王子は!!)
むかついたわたくしは、ちょうどエリックと話している伯爵子息とその他ご令嬢達に声をかけた。
エリックに近づく令嬢は見逃さないのだ!
「エリック、ごきげんよう。皆様、お邪魔してすみませんが、あちらで殿下ともお話しませんか?」
エリックは急に話しかけてきたわたくし驚いたようだ。
「アデル、俺たちを殿下のところへ?」
伯爵家の子息がそわそわと王子の方を見た。やはり王子とお近づきになりたいと思うのだろう。
「これはこれは、アデル様。僕たちもいいのですか?」
わたくしはしてやったりと儚げに微笑んだ。
「皆様が殿下と仲良くしていただけると嬉しいですわ」
この言葉に他のご令嬢も色めき立っている。
「アデル様はなんてお優しい!ではお言葉に甘えて!わたくしたちがルーイ王子殿下と言葉を交わせるなんて!」
わたくしが数人を連れて王子のところへ戻ると、彼は一瞬目を眇めたが王子らしく微笑んだ。
「やぁ、アデル。どこへいったかと思えば…」
(余計なことをしてくれたね)
「たまには皆様とお話しするのも良いかと思いまして」
(ざまあみやがれですわ!)
括弧の中は完全に目線だけで会話できた。
王子は人に寄られるのが嫌いなので、これはれっきとした嫌がらせだ。
わたくしはにっこりと微笑んでそれぞれを席に座るよう促した。
さりげなくエリックの隣をゲットしたのは言うまでもない。
王子は適当に返事をしているようだが、他の皆様は一言二言だけでも王子と会話できて、満足したようだ。
わたくしは王子へのささやかな嫌がらせが上手くいって留飲を下げた。
しかし、婚約問題は何も解決していない。
かくなる上は、王子に思いっきり不敬なことでもして嫌われてやろうかと考えていたが、わたくしが何をどうしてもこの王子に効く気がしない。むしろ面白がるだけだろう。
王子を好きになったふりをしても、この王子には見破られるに違いない。
八方塞がりの状況に、わたくしは焦っていた。
だが、きっかけは婚約してから約四年後にやってきた。
王子が、街でおもしろい少女に会ったとわたくしに告げてきたのだ。
それが件の花嫁、リンデル・フォーン男爵令嬢である。