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ラシャドとリシャード 前編

ブックマークしてくださった方ありがとうございます!

ラシャド視点で生い立ちなどを書いています。

俺の両親は、小さな町で商店を営んでいた。

俺が七歳の年に店に強盗が押し入り、それに抵抗した両親は殺されてしまった。

住んでいた家は、両親が死んで家賃が払えなくなったとたん追い出された。


身寄りのない俺は仕事を探して街へ出てきたが、小さな子供に仕事を与える者はおらず、手持ちの金も尽きてしまいすぐに野宿を余儀なくされた。

がりがりに痩せて汚い浮浪児を、誰が助けてくれるというのだろう。


ある日、橋の下で蹲っているところを他の浮浪者に蹴り出され、俺は川に落ちてしまった。

体力のない小さな体は簡単に流されて、必死に水を掻いても岸に近づくことができなかった。橋はどんどん遠ざかり、街はずれまで流された。誰も俺に気が付いてくれない。


(もう、どうでもいいか…)


助かったところで、生きていく術がない。

それならば楽に死にたいとあがくのを諦めた時に、いきなり水から引き上げられた。


「なんだこりゃ」


ぼんやりとした意識に聞こえたのは、男の声だった。


目が覚めると、狭い部屋で寝かされていてすぐ横に男が寝ていた。

そっと外の様子を見ようと身じろぎすると、男の声がした。


「起きたのか」

「…!?」

「汚ない荷包が流れてくると思ったら、人の子だったから驚いたよ」

「…あ…りがとう」

「ちょっとなんか食べるかい?」

「食べ物…!」


俺は男が差し出した固いパンをむせながら食べた。


「落ち着きなさい。水も飲んで」


むせながら食べて飲む俺を、男はただじっと眺めていた。

食べ終わると、男は首を傾げて尋ねてきた。


「お前、親は?」

「…死んだよ」

「住むところは?」

「ない」

「どうやって生活していた?」

「…」

「まぁ、そのなりじゃ浮浪児だろうなぁ…」


男はぽりぽりと頭をかくと、自分の名前はバチェクだと名乗った。


「しばらくは面倒見てあげよう。名前は?」

「…あんたがつけてよ」

「どうして?名前くらいあるだろう?」

「元の名前は、…忘れたから」


バチェクは少し眉を上げた。

だが、それは本当だった。両親の顔もおぼろげにしか思い出せない。

少し前の自分が何者だったのか、思い出すのを拒否しているかのように記憶が曖昧になっているのだ。


「しょうがない。それじゃあ、ラシャドにしよう」

「ラシャド…?」

「いいだろう?私の国では人気がある」

「それでいい」

「よし、じゃあラシャドよ。お前はひとまず寝なさい。狭いだろうが文句はいわないでおくれ」

「うん…」


そこはバチェクの船の中だった。どうりで揺れるし狭いと思った。

船とは言え屋根のある所は久しぶり。それに、巻かれた毛布は薄くても十分暖かかった。


俺は、その日からラシャドになった。


バチェクは隣国のソヴェト出身で、とある商いをしていると言った。パライアには視察に来たのだそうだ。

どんな人が暮らしていて、どんな物が売っているのか見てみたかったと笑った。


「どうして?」

「そりゃあ、同じところにいたら他のところはわからないだろう」

「それはまぁ…」


パライアをあちこち見て回って、何か良さそうなものがあったらソヴェトに持ち帰るつもりらしい。

俺はバチェクに体を洗われ、飯をもらい、服まで買ってもらった。


「どうしてここまでしてくれる?」

「子供は大事にしなけりゃならんよ」


彼が笑うと浅黒い肌に深いしわができて、優しい印象になるのが好きだった。

だが、裏路地で絡んできた男を一発で沈めるところを見ると、なかなか腕っぷしもあるようだった。


バチェクと俺は、王都を見て回った。

俺にしても王都は初めての場所。色々な物を見ることができるのは楽しかった。保護者がいると思えばなおさらだ。

大通りから小さな裏路地まで、時間を変えて見に行くこともあった。


「覚えておくといい。時間帯が変わると様子が変わるところも多いからね」


俺が読み書きできると知ると、バチェクは何冊か本を買ってくれた。


「こうして物事を知ることは大事だよ。学びなさい」


元々両親が商いをしていたのもあって、早くから読み書きと計算はできたのだ。

確かにそれだけでもできて良かったと思う。

買い物の時に、お金をちょろまかされたりしなくて済むからだ。


このまま彼が面倒をみてくれるのだろうかと期待していたが、それは叶わなかった。


「悪いが、お前を国に連れて帰ることはできないよ」

「そっか」

「私の商売は危なくてね。子連れではできない」

「うん…」

「すまないね。でも、お前がなんとか暮らせそうなところは見つけてある」

「…?」


次の日、連れていかれたのはスラム街だった。

やけに薄暗く、汚い。

面食らっていると、バチェクはふわりと頭を撫でた。


「今、パライアには伝手が無いんだ。まともなところには送ってやれない。だが、ここにはお前と似たような境遇の子が大勢いる。その子たちと一緒に暮らすといい」

「ここで…?」


俺はぐるりと辺りを見回した。ぼろぼろの家や小屋が立ち並び、人相の悪い老人や見るからに怪しい男女がいる。遠くで、子供たちが身を縮めてこちらを窺っていた。


「いいか。頭を使って生き抜きなさい」

「頭を…」

「少し、食料と金はやろう。だが持ちすぎると良くない。奪われてしまうからな」

「うん」


バチェクは、硬貨を差し出しながら適当な女性に話しかけた。


「やぁ。ここらは誰か仕切っているもんがいるのかね」

「…ここらは手をつけられてないよ。あっちの倉庫が並ぶところや街に近いところは危ないわね」

「そうか、ありがとう」


女性はそれだけ言うと、硬貨を受け取って街へ向かった。何か食料を買うのだろうか。


「ということだから、しばらくはここらにいなさい。あの子たちに色々聞いて、ここでの暮らしを立てなさい」


あの子たちとは、先ほどから俺たちを見ている子供たちだろう。

何人もいるが誰もかれも痩せていて汚い服を着ている。

食べていくだけで精いっぱいなのだろう。


「俺も、ああなるんだな」

「お前には、あの子たちにないものがある」

「どういうこと?」

「死にかけたのに生き延びたという強運さ。それに、おそらくあの子たちは読み書きも何もできない」

「それだけ?」

「そうだ。それだけだが、かなり違うはずだよ」

「そうかなぁ」

「まぁ、過ごしてみればわかるさ」

「うん…」


バチェクは最後に夕食を振舞ってくれた。

明日の朝に、バチェクはソヴェトに帰ってしまうのだ。

別れるまで、彼は俺に色々と教えてくれた。もっぱら底辺を生きて小銭を稼ぐ方法だ。

食べられる植物のことやゴミあさり、くず拾い、物乞い、スリ、かっぱらいなど、犯罪と言われるものまで。


「生きるためになんでもしなさい。そうしないとお前は生きていけない」

「いいのかな…?」

「私も今までそうしてきた」

「どうしたらバチェクのようになれる?」

「チャンスがあれば躊躇わないこと。でも、しっかり調べなければいけないよ」

「難しいね」

「また会えることを祈っているよ。時々、ここへ来るからね」

「ありがとう」


そうして、俺たちは別れた。


スラム街の子供たちに混ざり、俺は生きていくことになった。

親がいる子供もいるが、孤児も多い。彼らはその時ほとんど物乞いで生きていた。

俺が指揮することで、少しずつ小銭を稼げるようになった。

段々、そのあたりの闇組織の情勢も分かってきた。乱暴なごろつきたちはどこにでもいるものだ。自分の所属をひけらかすのはそんなに楽しいのだろうか。

そいつらの縄張り争いは、ちょくちょく起きていて、その度に誰かが死んでいたようだ。

そういう組織に入れば、面倒は見てもらえるが今よりもっと危ないことをしなくてはならないと、俺たちはどこにも所属しなかった。


バチェクは、二年ほどしてスラム街に顔を出した。薄汚れながらも生きている俺を見て喜んでくれた。


「大きくなったものだ…ラシャド、生きていたか」

「バチェクさん。なんとかやっているよ」

「さぁ、土産を持ってきた。皆で食べなさい」


彼はその滞在中、また俺に色々教えてくれた。

商売のやり方が中心だ。でもそれを生かすことは、まだできそうもなかった。


「またいずれ会おう」

「バチェクさんも、元気で」


安定して小銭が稼げるようになったころ、デールとエレンと名乗る子供がやってきた。

男だということだが、どうにも可愛らしい顔や立ち居振る舞いで女だとわかる。

確かに、少し見目のいい女は娼館に売られてしまうことが多いので、男ということにしておくことにした。使い古した帽子を差し出すと、彼らは丁寧に礼を言った。

言葉遣いや物慣れなさが、どこかいいところの子供であったことを予想させたが、まさか男爵家に繋がるとは思わなかった。

それらを調べていた時にフォーン男爵家が出す懸賞金の額を知り、チャンスが来たと思った。


男爵家の使いは、仕立ての良いスーツであちこちをうろついていて目立っていた。下町を中心に探していたようだが、よもやスラムにいるとは思わなかったのだろう。


ある日、スラムの近くまで探しに来たその男に、わざとデールをぶつからせた。

転ばせてから荷物を盗ったり、スリを行うのは常套手段だったが、転ばせた後に男がどういう反応をするか見たかったのだ。

予想通り、デールを見て男は驚いたようだった。親切に助け起こすふりをして、デールの所在を匂わせた。男から提示されるいくらかの前金だけでも、今まで見たことが無い額だった。

デールとエレンの行先を教え、彼らが男爵家に戻った後、改めて残りの懸賞金を渡された。

前金だけで突っぱねられると思っていたのでこれは驚いた。フォーン男爵家は相当のお人よしらしい。


そのお金を元手にして拠点を作り、俺たちは『黒犬』となったのだ。

俺たちは他の組織と折り合いをつけながら裏の取引を行うようになった。孤児仲間も成長し、組織の一員として役割を果たしてくれた。

汚れた仕事ももちろんやったし、その仕事のせいで他の組織から恨まれることもあった。何度か小競り合いはあったが、そうして少しずつ勢力を広げて、倉庫街を掠め取ったのだ。


男爵家から金をもらった時に、自分一人でスラムを抜けることはいくらでもできたが、増えた仲間を見捨てることはできなかった。


いつか、仲間と共にこの環境から脱してやろうと思い続けて数年、やっと次のチャンスが来た。



後編へ続きます!

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