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結婚したけど逃げ出したい 16

ブックマークしてくださった方ありがとうございます!

ラシャドさんが私達の好みのメニューを知っているということは、前々から私達は見られていたのだ。

だとすると、ラシャドさんにとってこの事件は偶然起きたものではないということだ。


「…ここで私達に話しかけたのは偶然ではないのですね。私達はよくこのカフェを利用していましたから。あの日、私達を赤蛇に誘拐させるために、獲物はここにいると見せつけたのですか?」

「そうだ。まぁ、あんまり上手くいってこっちが驚いたくらいだよ」

「貴方なら、トトルの短絡思考くらい読めますよね。私達を誘拐すれば、兵が来ることも見越していました?」

「あんたらなら、それくらいの伝手はあると思ってね」

「取引も、わざと赤蛇に譲ったんでしょう?兵に捕まえさせるために」

「取引を強襲してくる赤蛇を叩きのめすのは骨が折れるからな。あいつら、そこそこ腕は立つんだ」


ラシャドさんはカップに口を付けた後、朗らかにこう言った。


「あの日あんたらがこのカフェにいてくれて助かったよ。予備の獲物も用意してあったが、一番上手く動いてくれそうなのはあんたらだったからな」

「全く嬉しくないですね………」

「喜んでくれていい。急に誘拐されてもどうにか兵を呼ぶくらいの頭はあると思ってたんだ」

「…もしかして、取引自体もダミーでしたか?取引の品は、持て余したものを集めただけでは?」

「おっと、そこまで気が付いていたのか」

「目録を拝見しましたが、品物にばらつきがありすぎます」

「…あんた、やるなぁ」


うんうんと頷くラシャドさんに、私はため息をついて肩を落とした。


どうやら、今回のこの事件は全てがラシャドさんの手の平の上で行われてしまったらしい。

彼は、赤蛇を完璧に潰すためにこの事件を起こしたのだ。

赤蛇に嘘の取引情報を流し、私達を誘拐させ、自分を脅すネタを与えた。その後、脅しに屈したふりをして取引を譲り、身を隠す。そして、私達を助けに来た兵に、取引をする赤蛇を捕まえさせたのだ。戦闘したのは兵と赤蛇で黒犬の誰一人傷ついていない。取引自体が嘘なのだから、巻き添えになる取引相手もいない。


私達は、ただ完全に駒にされただけなのだ。それに王太子妃が加わってしまったのは運が悪かったのだろう。リンデル様も、ある意味引きが強い。


ラシャドさんは感心したようにしばらく私を見つめていたが、ふっと笑ってトゥーイ君に話しかけた。


「はは。どうしてお嬢さんがダグラス家に養子に入ってまでワトソン家の婿養子になったのか分からなかったが、納得したよ。この奥方は面白いわ」

「お前な…」

「俺も察しのいい女は好きだな」

「はぁ!?」


不毛な言い争いになりそうなので、私は慌てて口をはさんだ。


「ええと、まだ聞きたいことがあるんですが」

「なんだ?」

「ちょっとケイシー…」

「貴方が今、ハウンド運輸商会に勤めているということは、あの商会は黒犬が…」

「…それは、またの機会にしましょうか」

「えっ」

「私は、そろそろ戻らないといけなくてね」


ラシャドさんは口調を改めてそう言うと、すっと席を立ってしまった。


「待ってください!さっき半分正解と言いましたね?倉庫街から闇組織を一掃することの他に、何が目的だったんです?商会を立ち上げるためだったのですか!?」


その質問をした瞬間、ラシャドさんの目に剣呑な光が宿った。


「…それを聞いたら、後悔すると思いますがね」

「どういうことです?」

「知ることで、今後関わらなくていいことに関わることになるかもしれませんよ?」

「…!」

「あなた方には感謝しています。もし商売でお付き合いすることがあれば、また良しなに」


彼はさっと会計を済ませると、何か包みを用意させていた。

にっこりとそれを私に差し出すと、ラシャドさんはこう言った。


「甘いものはお好きでしょう。焼き菓子をつめてもらいましたから」

「まぁ、こんなにいただけません…」


おろおろとトゥーイ君を見ると、彼は渋い顔をしてラシャドさんを見た。


「もらっておきなよ、ケイシー。そいつには散々迷惑かけられたんだから…」

「はぁ…では遠慮なく…」


包みを受け取ろうとすると、ラシャドさんはひょいと私の眼鏡をとってしまった。


「…ふうん?なかなか可愛らしいんですね。化粧映えもしそうだし。是非、一度夜会でお会いしたい」

「え!?め、眼鏡を返してください!」


私は眼鏡が無いと本当に見えないのだ。ぼやっとした視界だが、ラシャドさんが笑っているのはわかった。


「はは。これからはリシャードと呼んでくださいね、ケイシー」


彼の顔が近づいてきて、面白そうに細めた黒い瞳がはっきり見えるようになったと思ったら、頬に柔らかいものが触れた。その後、彼は私の耳元で一言呟いてすぐに離れたが、私は驚いて固まってしまった。


(え…今…)


トゥーイ君が席を立つ音が聞こえたが、リシャードさんが何かを投げたため、とっさにそれを受け取った

ようだ。


「お前、何を…!わっ」


(み、見えない!!眼鏡はどこでしょう…!?)


私があわあわしていると、トゥーイ君が近寄ってきて眼鏡を戻してくれた。

さっきリシャードさんが投げたのは眼鏡だったようだ。

私が辺りを見回すと、すでにリシャードさんは素早くその場を後にしていた。

すぐ横にトゥーイ君の般若のような顔があって少し怖かったが、ごしごしと私と頬をこする彼を見て笑ってしまった。


「あいつ…機会があったらどうなるか覚えておけよ…!」

「私は大丈夫ですよ」

「ケイシーは、今度あいつと会っても口をきかないように」

「は、はい。でも」

「何?」

「な、なんでもないです…」


あまりにもトゥーイ君が厳しい表情だったので何も言えなくなってしまった。


帰りの馬車の中で、私は革のトランクを見つめて苦笑した。

まさか、これまで彼の思惑通りとは。

私の頬に口づけした後、リシャードさんはこう言ったのだ。


『あのツェリコ、俺も気に入っていたから大事にしてくれよ」


彼は私達がこのティーセットを手に入れると読んでいたらしい。


(これが、詫びの品ということでしょうね…)


私は、トゥーイ君にしばらくこれがリシャードさんからの献上品だということは言わないことにした。今言うと、怒りのままに売り払われそうで危険だ。

むっつりと黙っているトゥーイ君の横顔を見て、私はふうとため息をついた。


リンデル様の家出から始まる一連の騒動は、これでやっと終わったのだ。

リシャードさんが本当は何を目的にあの事件を起こしたのか、気にならなくはないが彼が釘を刺してくれたことで気が変わった。

余計なことに首を突っ込んで、大変な目に合うのはごめんだ。


(私はただ、これから落ち着いて生活したいだけですしね…)


トゥーイ君の実家であるゴールドスタイン商会くらいならば、ハウンド運輸商会の倉庫を利用することはあるかもしれないが、ワトソン家の美術商はこじんまりとしたもの。自分たちで管理している倉庫で十分だ。

きっと、今後リシャードさんと関わることもないだろう。

どこかで会うことはあるかもしれないが、その時には向こうも興味を示さないに違いない。何しろ、無駄なことはしないと言われていた男なのだから。

そう結論付けると私はすっかり安心してしまった。


(これで心置きなくツェリコでお茶を飲めますね!)


希少なティーセット。アデル様をこれでおもてなしするのもいいかもしれない。

友人となったリンデル様やエレナさんと、こっそり王宮でお茶を楽しむのもいい。


ただ、私は王太子夫婦のやり取りを思い出して少し不安になった。

あの王太子殿下はまた何かやらかしそうな気がする。そしてリンデル様はまたそんな王太子殿下に悩むのだろう。


(でも…次に家出したら、本当に大変なことになりそうです…)


王太子殿下の、執着心も露わにリンデル様を見つめるあの瞳。美しい青い瞳がどうしてあんなに暗い輝きを湛えるのか。

もう逃がさないと言った言葉は本心なのだろう。リンデル様には本当にご愁傷さまですと言わざるを得ない。彼女は本当に逃げられないだろうから。


(まぁでもあれだけラブラブなのですから、大丈夫…なはずです)


馬車の中でのあのひと時は忘れられそうにない。

私は、いたたまれない思い出を振り切るためにぷるぷると首を振った。


(でもまずは、大事な旦那様とこれでお茶しましょう!!)


あれだけ色々な人に振り回されたのだから、これくらいのご褒美はもらわなければ。

この焼き菓子は、その時ためのお茶請けにしよう。


私は、一人夢のティータイムを思い浮かべた。



読んでいただいてありがとうございました!

ラシャドさんの話を少しいれようと思っていますので、もう少しお付き合いください!

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