結婚したけど逃げ出したい 14
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私達は、王宮に招かれていた。緊張でがちがちになっているのが自分でもわかる。
隣にはトゥーイ君もいる。彼は慣れた雰囲気で謁見を待っていた。
「トゥーイ君、今日はどういったご招待なのでしょう…」
「お礼…かな?」
「誘拐されてしまったのにですか…?」
私たちの誘拐事件から、もう二ヶ月過ぎた。王都での噂がおさまったからだろうか、再び王宮から招待状がとどいた。確かに、街はすでに落ち着いたものだ。
黒犬はといえば、行方もわからないまま。彼らは煙のように消えてしまった。
しばらく待たされていたが、やがて侍従が呼びに来た。
「ワトソン様、こちらへ」
「はい」
私たちは豪奢な応接室に案内された。そこには、にこやかな王太子夫婦、それにエリックさんがいた。
簡単な挨拶を済ませると、それぞれソファに座った。
エリックさんを見つめて、トゥーイ君は意外そうに口を開いた。
「エリック、君もいたのか」
「あぁ、俺からも後から少しな」
「…?」
何かあるのかと思案したところで、殿下が話しかけてきた。
「さて、ワトソン夫妻、今回はリンデルが世話になった」
トゥーイ君がぴしりと背筋を整えた。
「いえ、こちらの不手際で妃殿下を危険な目に合わせてしまい、申し訳ありませんでした」
私たちは深々と頭を下げた。
「いいんだ。あれがあったから仲直りできたしな。なぁリンデル?」
「は、はい…」
そう言われて、リンデル様は見る見るうちに赤くなってしまった。
目が合ってしまった私は、ゆっくりと目を逸らすことしかできない。
あの馬車の空間を思い出すと、今でもいたたまれない気持ちになる。
それに、馬車に入り込んできた無礼な護衛兵が、王太子殿下だと知った時の衝撃と言ったら。
私は、まだ記憶に新しいあの馬車の中のあれこれを思い浮かべそうになって首を振った。
むず痒くなるので思い出したくない。
殿下はゆっくりとカップに口をつけた。
「リンデルの家出がすぐ終わってよかった。まったく、本気で逃げ出そうとしているんじゃないかと思って焦ったよ」
そう言われたリンデル様は、いたずらっぽく微笑んだ。
「だとしたら、どうするつもりだったんです?」
「そうだね。逃げたとしても捕まえるし、もう二度と逃げられないように閉じ込めてしまうよ。王宮はその手の場所には困らないしね」
「………」
王太子殿下は微笑んでいるはずなのに凍るような瞳をしていた。リンデル様は見事に固まってしまったが、それを見て殿下は目を細めて言った。
「ふふ。冗談だよ」
「そ、そうですよね…?」
リンデル様は眉を下げて曖昧に微笑み、視線をカップに戻した。
私は、リンデル様を見つめる仄暗い光を宿した殿下の瞳を見て戦慄した。
(…今のは…本気ですね…!)
ちらりと隣を窺うと、トゥーイ君は何も言うまいと静かにお茶を飲んでいる。
この微妙な沈黙を破ったのはエリックさんだった。
「殿下、私から少し話をしても?」
「あぁ、赤蛇のことだろう」
「はい」
エリックさんは、紙の束をトゥーイ君に渡した。
「エリック、これは?」
「これは、今回の事件の首謀者となった赤蛇たちの調書だよ。俺の方で、少しまとめてはあるがね」
「なるほど…」
トゥーイ君と私は顔を寄せ合ってその調書を読んだ。
そこには、赤蛇が黒犬に騙されたと訴えるものの、証拠がなく全て赤蛇が仕組んだということになってしまった経緯が書かれてあった。
貴族誘拐についても、ラシャドを脅すために行ったと言っていたが、脅した相手がいなくなっているのだから確かめようがない。私達もあの場で黒犬を見ていないので、本当にそこに黒犬がいたかどうかわからないのだ。なので誘拐の目的は仮で身代金目的と記されていた。
最後には、トトル含め全員が絞首刑になったことが書かれており、私は少し気分が沈んだ。
「黒犬は、見つからなかったんですね………」
「このタイミングで消えるなんて絶対におかしいけどね」
そういうと、トゥーイ君はため息をついてエリックさんを見た。
「エリックはどう思う?」
「俺の方でも消息を追ってみたんだが、すっかり綺麗に痕跡が消えてるんだ」
「まぁ、あいつらもそこで尻尾を出す奴らじゃないか」
「奴らが何をしたかったのかさっぱりわからん…」
「そうだね…」
二人は難しい顔をして黙り込んでしまった。
王太子夫婦は和やかにお茶を楽しんでいたが、リンデル様がふと口にした。
「でも、そういえばこのおかげで倉庫街が使いやすくなったって評判ですよね」
私は、少し前に噂になった商会を思い出した。
「あぁ、そうですね、新しく倉庫街を管理する商会が出てきたそうで」
トゥーイ君は軽く頷いた。
「あぁ、あそこを整備するのは大変そうだから、大手の商会も二の足を踏んでいたんだけどね。上手くやっているみたいだよ」
書類を整理しながらエリックさんが首を傾げた。
「ハウンド運輸商会だったかな。経営者はどんな人物なんだ?」
「見た感じは上品な老紳士だったよ。僕も直接話したことは無いけどね」
「そうなのか、まぁやり手なんだろうなあ」
「あやかりたいよ」
「お前が言うのか…」
私は、トゥーイ君と一緒に街で偶然に見かけたその老紳士を思い浮かべた。
周囲の人々が、こっそりと話していることを目にして、彼がハウンド運輸商会を立ち上げた人物だと分かったのだ。
白髪頭で日焼けした浅黒い肌。優し気な見た目なのに、力強い眼をした人だった。着ているスーツも仕立てが良く上品で趣味がいい。その時、彼は眼鏡をかけた男性を連れてご機嫌で買い物をしていた。
(名前はなんと言っただろうか…)
あの時、遠くで会話していた彼らを私はじっと見てしまった。もちろん口も読んでしまったのだ。
品物を見ながら、老紳士はにこやかに口を開いた。
『おい、リシャード。これはいいんじゃないか?』
『そんなのいりませんよ…』
『贈り物はいくらあっても困るまい?』
『私は困っていますよ。…バーティ、贈るならこちらのほうがいいのでは?』
『君がそう言うなら、そちらにしよう』
眼鏡の男性は秘書か部下なのだろうか、それにしても親しそうだった。
(あ、そうだそうだ、バーティさんだ。随分お付きの人と仲が良さそうだったなぁ…割と気さくな人なのかな)
「ケイシー?」
「はっ!すみません!」
ぼんやりしていたら、トゥーイ君に小突かれてしまった。
「押収した美術品のことなんだけど」
「はい」
「僕たちに一度鑑定して欲しいそうだよ」
「え?どうしてですか?美術品は贋作なのでしょう?」
エリックさんがぱらりと書類をめくった。
「それが、出来がいい物が多いらしくてな。ワトソン家は美術品を扱っているだろう?念のために見て欲しいんだ。それがすんだら処分するよ」
「はぁ、わかりました」
目録に目を通すと、絵画が多いようだ。しかし、ティーセットなどの陶器類や時計、アクセサリーまであるらしい。密造酒などすでに処分されたものも記されているが、ばらばらに集められたようなその品々に、なんだか違和感を覚えた。
殿下の御前を辞すると、エリックさんと一緒にそのまま美術品が収められている王宮の倉庫に行くことになった。
「ここに入っている物全てが押収したものだ。中々場所を取るので困っているんだ」
「まぁ…」
倉庫には大小の木箱が八つ置かれていた。
「こちらは絵画…こっちは食器類に宝飾品だな…まぁ好きに見てくれ」
「はい」
木箱を覗き込みながらトゥーイ君がおもしろそうに言った。
「エリック、もしいいものがあったらどうすればいいの?」
「そちらにまかせるさ」
「いいの?」
「贋作を売るような真似はするまい?」
「当たり前だよ。まぁ目利きはケイシーのほうができるから、彼女におまかせだけどね」
トゥーイ君は麗しく微笑んで私を見た。
「はい。では、見ていきますね」
絵画の一枚一枚を見ていく。やはり贋作だ。ただ、レプリカとしてはとても出来がいい。
時計やアクセサリーなども見ていくが、記されているブランドとはやはり違う。違うが作りやデザインは悪くない。
(うーん…なんだろう。処分してしまうのももったいないような…)
製品としての出来はいいのに、正規品と名乗ってしまっているのが惜しい。
最後に小さな革のトランクを開けた。
見た瞬間、私は目が釘付けになってしまった。