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結婚したけど逃げ出したい 11

ブックマークしてくださった方ありがとうございます!

その護衛兵は、いやに滑らかな動きで馬車の扉を開けて入ってきた。

すとんと私の隣に座ったその護衛兵は深く兜を被っていたが、真横にまで近づけば細かい造作が分かる。

黒髪碧眼の端正な顔。優雅な立ち居振る舞い。学園生活でも、その容姿は目立っていた。まさかと思ったが見誤るはずがない。


(でも、そんな馬鹿なことが――――…)


それが確信に変わったのは護衛兵とリンデル様の会話だった。


「さて、君はえらくトゥーイを気に入ったようだけど、彼のようなタイプが好みだったのかな?」

「で、殿下…!?」


リンデル様はべったりと座席にのけぞっている。


(や、やっぱりルーイ王太子殿下―――!!!まさか、リンデル様のために…!?)


殿下は怯えるリンデル様を微笑んで見つめると、気楽な様子で話しかけた。


「私はあまり悋気を起こす方ではないんだけどね。そうあまり他の男を絶賛されると、さすがにいい気はしないな」


リンデル様は力なく首を振っているが、瞳はひたと殿下に釘付けだ。


「ち、ちが…そんなつもりは…」

「では、どうしてトゥーイのことをそんなに褒めるのかな?」

「それは、助けていただいたからで…」

「私も来ているのに?」

「それは知らなかったからです!!」

「そう?」


激しく頷くリンデル様に、殿下はふんわりと笑みを深めて言った。


「では、トゥーイを好いた訳ではないんだね?」

「はい…!」

「本当?家出までされてしまったから、愛想をつかされてしまったのかと思ったよ」


殿下のその言葉にリンデル様は表情を曇らせた。


「…愛想をつかしたのは、殿下の方ではないのですか?」

「どうしてそんなことを…」

「さ、最近、喧嘩することが多いですし、殿下は私を疎ましく思っているのかと…」


そう言いながら、リンデル様は涙目になっている。

エレナさんは眉を顰めてその様子を見ていた。妃殿下の侍女として思うところがあるらしい。


(…この会話は私が聞いてはいけないものでは!?…に、逃げたい!!)


私は、あまりのいたたまれなさにこの場を去りたかったが、出口側に殿下が座っているので逃げることはできない。そのため強制的に王太子夫婦の会話を聞くことになってしまった。


殿下はふうとため息をつくと長い足を組み替えた。


「…フォローが足りないと、トゥーイにもアデルにも叱られたよ」

「…え?」

「私が君を愛しく思っていることは変わっていないよ、リンデル」

「…」


リンデル様は、ぐっと涙をこらえて殿下を見つめている。半信半疑の様子だ。そんなリンデル様を見つめる殿下は困ったように苦笑している。


(まぁ、殿下もこのようなお顔をされるのですね…いつもクールな方だと思っていましたが…。というか、空気が…甘い…!)


客観的に見ると、殿下がリンデル様を可愛くてしょうがないと思っているのは一目瞭然なのだが、当の本人はいまいちピンときていないらしい。

私が二人の雰囲気に当てられていると、エレナさんもいつの間にか無の表情になっていた。

二人して気配を消していると、さらに殿下は話を続けた。


「すまない、喧嘩が君をそんなに不安にさせていたとは思わなかったんだ」

「殿下…」

「今までに見たことのない顔をするから可愛くて…」

「え…」

「君の怯え顔も照れた顔も可愛いんだけど。ほら、怒り顔とか泣き顔は見たことがなかったから…」

「わ、わざと喧嘩をふっかけていたということですか!?」

「ごめんね。本当に可愛かったから」


(おおぅ。本当にそんな理由だったのですか…?殿下はやっぱりちょっと変わってます…)


私とエレナさんはちらりと目線を合わせると、また目を逸らした。


小首を傾げて謝る殿下だが、リンデル様は肩を怒らせた。


「ま、まさかそんな理由だったなんて…私がどれだけ悩んだと思っているんですか!?」


私は心の中で頷いた。


(そうですよね。怒っていいと思います)


リンデル様の緊迫した雰囲気も気にせずに、殿下はしゃべり始めた。


「だって、君怒ると上目遣いになるんだよ、知ってた?」

「えっ?」

「眉間にしわもできてさ、ちょっとキツめに見えてすごく可愛いんだよ」

「ちょ」

「それに、頬も紅潮するしね、眼も潤むんだよ。そうすると君の美しい新緑色の瞳が映えるんだよねぇ」

「な、で、でんか」

「怒ると言葉遣いもちょっと下町訛りが出たりするからもう可愛くて…喧嘩の後で拗ねるのも私に懐いているみたいで嬉しいし」

「も、もういい」

「身振り手振りもね、ちょこまかして小動物みたいで庇護欲をそそられるというかいじめたくなるというか…」

「も、もういいですぅ!!」

「むぐ」


滔々と語りだした殿下を止めたのはリンデル様だった。思いっきり手を伸ばして殿下の口を塞いだのだ。

殿下はさすがにちょっとびっくりしたのか目を見開いている。

リンデル様は可哀想なくらい真っ赤になって息を荒げていた。


私は、ごくりと唾を飲んだ。


(ものすごい…惚気を聞かされた気がする…!)


ぷるぷると涙目になったリンデル様は私とエレナさんを交互に見たが、私達はさっと顔を背けて頑なに目を合わせなかった。というか合わせらせないし何も言えない。

殿下はやんわりとリンデル様の両手を絡めとると、ぐっと体を起こした。


「私としては、君を不安にさせた償いをしなくてはならないと思っているんだが」

「え…?償い?」

「うん、怒らせるのはもうやめにするよ」


殿下が腰を上げたところで、エレナさんが素早く席を立った。

彼女は真顔のまま小声で私に言った。


「ケイシー様、すみません。お隣失礼いたします」

「はい!?」


そう言うが早いか、殿下とエレナさんはあっという間に場所を変わってしまったのだ。

二人はくるりと反転すると、殿下はリンデル様の横に、エレナさんは私の隣に座ってしまった。

私はその早業に目を白黒させていたが、リンデル様と殿下はすぐに見つめ合って密着していた。


エレナさんを見ると、彼女は無表情のまま、遠い目をして馬車の外を眺めていた。そっちを見ても暗い倉庫の隅しか見えないのだけれど。


(うん…その気持ちはよくわかります…)


なんだかんだこの王太子夫婦は仲が良いのだろう。そしてそれを侍女として傍で見続けているのだからエレナさんも大変だ。


殿下は上機嫌でリンデル様を膝に乗せると、ぎゅっと抱き締めた。


「とにかく、君が無事で良かったよ」

「殿下…」

「私が愛しく思うのも執着するのも君だけだ」

「あ…」

「もう君を悲しませるようなことはしないから、どうか許してくれないか」


殿下はそう言いながらリンデル様の手に口づけて、その手を自分の頬に当てた。


「も、もう、怒っていません…!」

「本当に?」

「これからも仲良くできるならいいのです…」

「リンデルは優しいね…」


二人の世界、ここに極まれり。


(よ、良かった!お二人はどうやら仲直りできたようですね!何よりです…が…)


二人は顔が触れ合うくらい近づいて見つめ合っている。

王太子夫婦がいちゃいちゃし始めるのはもう時間の問題。


私はその時、心底祈った。


(トゥーイ君…!早く帰ってきてださい―――――………!!)


私の叫びが彼に届いたのはそれからたっぷり半時がたった後だ。


その間、私とエレナさんは一言も発することはなく、気配を消すことに徹していたのだった。



まだ続きますのでよろしくお願いします!

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