結婚したけど逃げ出したい 10
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久しぶりに、妖艶な美貌を輝かせて微笑む彼を見て、私は息をのんだ。
そんな私を見て、トゥーイ君は安心させるように言った。
「心配しないで、僕は今回の首謀者に、文句の一つも言ってやりたいだけだよ」
「えぇ!?」
「トゥーイ?一体何を…」
「エリック、せっかく兵を出してるんだから君に手柄をあげるよ」
「は?」
「下っ端だけじゃなくて、この誘拐劇に関わった奴ら全員捕縛しようじゃないか」
トゥーイ君は優雅に腕を広げて、ものすごく意地悪そうな顔をした。
誘拐されてからいやに冷静だったが、どうやら彼は静かに怒っていたらしい。
エリックさんは呆れたようにため息をついた。
「大人しく帰るという選択肢はないのか」
「無い。だって、首謀者を懲らしめなくちゃ終わらないでしょう」
「まったく…」
エリックさんは兜をはずしてくしゃくしゃと髪を掻き上げた。誰かを探すように視線を彷徨わせると、ある一人の護衛兵に目をとめて頷きあった。
その護衛兵は、滑るようにエリックさんの近くに進み出てきた。
「私がここの護衛をいたしましょう」
「頼めるか」
「はい、妃殿下らには馬車でお休みしていただきます。取引現場にはお連れできないでしょう。馬車に馬をつないで、いつでも出発できるようにしておきます。」
「あぁ、二十名ほど残すから上手く使ってくれ」
「おまかせを」
トゥーイ君は目を眇めてその護衛兵を見つめていた。
「彼に任せられそうなの?」
「あぁ」
「じゃあ、ここは大丈夫だね」
「…それで?どうする気だ?」
「捕まえた赤蛇たちに、トトルの居場所を聞いてみようか」
「素直に答えてくれるかが問題だな」
エリックさんは難しそうな表情をした。それを見たトゥーイ君は私を振り返った。
「…ケイシー?」
「はい」
「何か読んだかい?」
「えぇ、トトルは十数名を連れて三番倉庫に向かったそうです」
急にトトルの居場所を話した私にエリックさんは驚いてしまった。
「は…?何故、貴女がそんな情報を…」
「えーっと…」
勿論、私は捕まえられた男たちがひそひそと話している口を読んだのだ。
トゥーイ君はひらひらと手を振った。
「まぁ、そんな細かいことは良いじゃない。ロッソ、三番倉庫には何があるか知ってる?」
「…確か、黒犬が根城にしている場所ですね」
「ということは、まだ奴らは交渉中ということか…?」
「少し、様子を見てきます」
「頼んだ」
ロッソさんは素早く倉庫から出て行くと、暗闇に消えてしまった。
この倉庫街は大きな川沿いに続いていて、端から順に番号が振られているのだ。
私達がいるのは十番倉庫らしい。三番倉庫までは少し離れているそうだ。
倉庫街はしんとしていて人の気配はない。本当に今日ここで取引が行われるのだろうか。でも、そういう場所でこそ人知れず取引するには好都合なのだろう。
私はそっと窓から外を窺った。周りの倉庫街は真っ暗だった。
月もなく、ぼんやりと遠くに街灯だけが見える。
時々、その街灯がついたり消えたりするのが、とても不気味だった。
十分ほどすると、ロッソさんはまた戻ってきた。
「坊ちゃん、妙なことになっています」
「どうした?」
「三番倉庫から荷が船着き場へ持ち出されています。ですが、持ち出しているのは赤蛇なのです」
「黒犬が取引を譲ったということか…?」
「おそらくは。真夜中までもう少しと聞こえましたので、取引する時間は真夜中なのでしょう。…あと三十分ほどです」
「時間が無いな」
「どうされますか?」
トゥーイ君はくるりとエリックさんを振り返った。
「エリック、ここで逃す手はないと思うんだけど」
「そうだな。捕まえよう」
「取引相手はどうする?」
「…できればそちらも捕まえたい。荷が何かわからないが、違法なものをやりとりしているんだろう。国のためにならない」
「そうだよね」
「トゥーイ、ロッソ、兵の配置位置を相談したい」
「あぁ、ロッソ、頼むよ」
「はいはい…」
ロッソさんは手早く手帳を出して、何かを説明し始めた。しばらく三人は頭を突き合わせて話していたが、すぐにそれは終わった。
エリックさんは、兜を被り直し護衛兵達に声をかけた。彼らはいつの間にか整列している。
「よし、船着き場周囲を包囲するぞ。細かい作戦はない。所定の場所に潜んだら、合図で一気に突撃。目標は、赤蛇とその取引相手全員だ!」
「「「はっ!」」」
時間が限られているため、かなりシンプルな作戦だ。
兵は、いくつかの分隊にわかれ、静かに倉庫から出て行った。トゥーイ君やエリックさん、そしてロッソさんはそれぞれ別々の分隊に入っている。
私は、リンデル様とエレナさんと一緒に馬車で待つことにした。
さすがに現場には連れて行かないとトゥーイ君に首を振られてしまったのだ。
そんな馬車の周囲には、何人かの兵が護衛のために立っている。赤蛇の男たちに見張られていた時より、いっそ物々しい雰囲気だ。
先ほどの護衛兵は分隊長なのだろうか、馬車の扉のすぐ近くに控えている。
私が無言で馬車に座っていると、向かいに座っているリンデル様が話しかけてきた。
「…ご心配ですよね?」
「え?あ、そうですね…でも、多分彼なら大丈夫です」
私は、微笑んで顔を上げた。
そんな私に、リンデル様はおかしそうに口元に手を当てていた。
「ケイシーさんの旦那様…トゥーイさんは、見かけによらず結構気性の激しい方なのですね」
「えぇ、私も時々びっくりしてしまいます。なんというか、負けず嫌いなのですよ」
「全然そんな風に見えませんでした!あまりにもお美しいので、ただお優しいだけなのかと…」
「そういえば昔からそうでした…今より線が細くて妖艶な美少年で…行動力のある賢い方でした」
「まぁ!そういえばファンクラブがあったのですよね?」
「はい!あの頃は、妖精がいたらこのような容姿だろうというくらいお綺麗でした…!」
「今でもとてもお綺麗ですよ!それに、あの男達と争った時の身のこなし、見ましたか?すごくかっこよかったですね!」
「えぇ!!惚れ直しました!」
勢いでそう答えたら、じわっと顔が赤くなった気がした。だって、本当にとてもかっこよかったのだ。いつの間にあんなに鍛えていたのだろう。
リンデル様は助け出されて安心したのか、とてもはしゃいでいる。エレナさんは隣で苦笑いだ。
「あんな旦那様がいるなんて羨ましいですね!急に攫われた時も落ち着かれていましたし、いざという時にはあのように守ってくださるなんて!」
「リンデル様、少し落ち着いてくださいな…」
「エレナもそう思うでしょう!?」
「えぇまぁ…」
「それに、男達が制圧された後のこと見ていた!?ケイシーさんの無事を確認された時、本当にほっとした顔をしていたのよ!やはり細君を愛していらっしゃるのね…!」
「あう…」
自分で見なくてもわかる。多分もう顔は真っ赤だ。どうやって答えようか逡巡していると、いきなり馬車のドアが開いて、あの護衛兵がするりと入ってきた。彼は無言で空いていた私の隣にすっと座った。
「え…あの…」
突然のことに驚いて護衛兵の顔を見上げると、兜の陰に黒髪が揺れ、青く輝く瞳が見えてぎくりとした。
(ま、まさか…!?)
リンデル様はきょとんとしていたが、その護衛兵の声を聞いて目を見開いた。
「さて、君はえらくトゥーイを気に入ったようだけど、彼のようなタイプが好みだったのかな?」
「…!」
エレナさんは一気に血の気が引いていた。
(え、まさか、まさか、信じたくないけど…、この方って…!)
救いを求めるようにリンデル様を見ると、彼女は座席にのけぞってへばりついていた。
「で、殿下…!?」
リンデル様のその言葉を聞いて、私は自分の隣にいるのが誰か確信した。
お付き合いくださってありがとうございます!