結婚したけど逃げ出したい 9
ぼちぼち更新ですが頑張ります!ブックマークしてくださった方ありがとうございます!
視点が戻って人質組の目線です。
私達が倉庫の中に馬車ごと囚われてから、食事も何も差し入れられず数時間がたっていた。
赤蛇のメンバーたちは、交代しながら見張りをしているようだ。常に武装した男が三人は馬車の周りをうろついている。
馬車を率いていた馬は、どこかにつれていかれてしまった。
馬車の中には、厳しい表情をしたエレナさんと顔面蒼白のリンデル様。静かに倉庫の中を窺うトゥーイ君がいる。私は、そんな彼に話しかけた。
「あれから、何も動きがありませんね」
「そうだね。黒犬の取引はどうなっているのかな…」
「そういった取引は、ほとんど夜間に行われるのでしょう?」
「大体はね…」
彼は何度目かもしれないため息をついた。
意外にも、彼は馬車の外に出ようとはしなかった。ひょろそうな男が見張りとなった時に、逃げるチャンスではないかと聞いてみたのだが、彼は首を振った。
「きっと外にも見張りがいるだろう。何人いるかわからないし、土地勘がないから逃げる方向もわからない。危険だよ」
彼は、じっとしているつもりのようだ。私は、彼に聞いてみることにした。
「トゥーイ君…もしかして、待ってます?」
トゥーイ君は、私を見つめた。
「何を?」
「…助けを」
それを聞いた瞬間、エレナさんとリンデル様は顔を上げた。
トゥーイ君は苦笑した。
「ケイシーは、どうしてそう思うの?」
「あまり焦っていないようですから」
「まぁ…確かにあてはあるんだけどね」
「期待できそうですか?」
「うーん…僕としては、来てくれると思っているよ」
「では…本当に助けは来るのですか…!?」
エレナさんは身を乗り出して声をあげた。トゥーイ君はすかさず口元に人差し指を立てて当てた。
「どうかお静かに」
「…っすみません。ですが、それなら早く言ってくれれば…」
「人質が怯えていなければおかしいでしょう」
「そんな…」
不満そうなエレナさんに、トゥーイ君は微笑んだ。
「一応、説明しておきますね。僕は今回、街に出る時に護衛をつけていました」
エレナさんは目を見開いた。
「そうなのですか…!?でも、襲われた時は誰も来てくれなかったではありませんか!」
「まぁ、襲撃した人数が多かったので護衛として戦うことは避けたのでしょう。それでも、何かあれば助けを求めるよう伝えてありますから」
「どこに助けを?」
「護衛には、ダグラス家に助けを求めるよう命じてあります」
リンデル様は不思議そうに呟いた。
「王宮や王都の守備隊ではないのですか…?」
「えぇ、今回はうかつに王宮へ情報が渡ると不都合があるかもしれませんし」
「あ、なるほど…。では、ワトソン家でもないのは何故ですか?」
「ワトソン家には十分な護衛兵はいませんからね…ダグラス家には私設の護衛兵が常駐しています」
「そうなのですか…」
私は頭を下げた。
「すみません。うちにも護衛兵が十分おけるといいのですが…美術品の警備に精一杯でして…」
「い、いえ。こんなことになったのは、そもそも私が街に出たいと言ったからですし…」
リンデル様はしゅんとしてしまった。エレナさんはトゥーイ君を期待のこもった瞳で見つめた。
「ひとまず、ダグラス家の方が助けに来てくれそうなのですね?」
「えぇ、エリックは僕の意図を汲んでくれると思います」
トゥーイ君は美しい微笑みを作ってそう言った。
その時、倉庫の外が騒がしくなった。
何かが起こったのだろう。三人いた見張りのうち、一人は出入り口へと走っていったが、残りの二人の男は、馬車のドアに手をかけた。
私達を引きずり出すつもりなのだろうか。リンデル様とエレナさんは座席にへばりついて再び表情を強張らせた。
思わずトゥーイ君を見ると、彼は目を眇めて男達を見ていたが、諦めたように首を振った。
(ど、どうにもならないってことでしょうか…!?)
だが、乱暴にドアが開けられた瞬間、トゥーイ君は入ってきた男を思い切り蹴り飛ばした。
その瞬間は、ドガァッと中々の音がした。
私達があっけにとられているうちに、男はもんどりを打って馬車から落ちてしまった。
「トゥーイ君…!?」
「君たちはそのまま」
そう言うと、彼は一人で馬車から飛び降りた。
トゥーイ君が地面に転がった男をさらに蹴り飛ばすと、そのまま男は動かなくなる。
(あれ!?うちの旦那様ってこんなに武闘派だったっけ!?)
続けて、もう一人の男が襲い掛かってきたが、トゥーイ君は男の足を払って簡単に転ばせてしまった。
「この野郎…!!」
転ばされた男は悔しそうに表情を歪ませると、再びトゥーイ君に襲い掛かった。手にはナイフを持っている。私は声も出なかった。
リンデル様は両手を口に当てて目を見開いており、エレナさんはそんなリンデル様を全身でかばっていた。
ナイフを振り回す男を躱しながら、トゥーイ君は馬車に向かって声をあげた。
「ケイシー!二人を連れて外へ!兵が来ている!」
「…!はい!」
私が二人を振り返ると、リンデル様とエレナさんはこくりと頷き馬車から飛び降りた。
リンデル様を真ん中にして逃げようと思ったら、予想外のことが起きた。彼女は、馬車から降りると声を
かける間もなく出入り口に駆け出してしまったのだ。
「あ!リンデル!!待って!」
エレナさんが慌ててその後を追うが、全く追いつけない。
「え、え!?」
私は忘れていた。リンデル様は大変足が速いということを。
倉庫の外では、男たちの争う声が聞こえる。戦闘になっているようだ。
(まずい。このままだと、その只中にリンデル様をを放り出すことになってしまう…!)
私は血の気が引いた。
「お待ちくださ…い…!?」
しかし、リンデル様が出入り口に辿り着く前に、どっと何人もの男たちが倉庫に入り込んできた。リンデル様は華麗にターンするとエレナさんをひっつかんで馬車まで戻ってきた。
(あ、鮮やか…!)
思わず見とれてしまったが、はっとしてトゥーイ君の方を見ると、いつのまにかナイフの男は地面に伸びていた。
「三人とも馬車の後ろへ!」
トゥーイ君のその言葉に、私達は弾かれたように駆け出した。慌てて馬車の後ろに回り込むと、トゥーイ君は私達を守るように腕を広げた。
倉庫に入り込んできたのは、外の見張りをしていたであろう赤蛇の男達だったのだ。
「おい!あいつら馬車の外に出てやがる!捕まえろ!」
男達は私達を盾にしようとしているようだ。
そのすぐ後ろには、護衛兵が追って来ていた。護衛兵の衣装にはダグラス家の家紋が見える。来てくれたのだ。
「ちくしょう、なんで兵隊が!おい女!こっちへ来い!」
男の一人が、馬車の後ろに回り込んだリンデル様に手を伸ばして、「この女が…」と言いかけた。多分その後には「どうなってもいいのか!?」と言いたかったのだろう。
だが、男は最後まで言えなかった。足音もなく近寄っていた護衛兵の一人に思い切り殴られたのだ。
「きゃあ!?」
気絶した男が転がり、リンデル様は叫び声を上げた。その後も、私達のすぐそばで護衛兵たちは男達と刃を交えたり、殴り合ったりしていた。
「トゥーイ、無事か!?」
護衛兵の一人が、トゥーイ君の名前を呼んだ。護衛兵は全員金属の兜をつけていて、上手く顔が見えない。だが、トゥーイ君は声だけで誰か分かったようだ。
「エリック!すまない!」
私はその人物の名前を聞いて、驚いてしまった。
(え、ご本人が来られているのですか!?)
まさか、ダグラス家の嫡男本人が来るとは。兵だけを派遣してくれたのだと思っていたのだ。
護衛兵達は、あっという間に男たちを行動不能にすると、さっさと縛り上げている。
どうやら、私達は助かったようだ。
「もう…安全なのですね…?」
エレナさんはそう言うと、へたりと座り込んでしまった。
「エレナ、大丈夫?」
リンデル様は意外と気丈な方のようだ。しっかりと立って周りを見ている。
だが、エリックさんと目が合うと気まずそうに顔を伏せてしまった。
「リンデル様、ご無事でようございました。アデルも心配していましたから」
「まぁ、本当にすみません…。助けてくださって、ありがとうございます」
「いえ、俺は兵を動かしただけですから…」
「あの、このこと、殿下は…」
「ご存知ですよ」
「ううっですよね…」
リンデル様はがっくりと肩を落としてしまった。
「あーリンデル様、殿下は怒っていませんから…」
「で、でも、また、殿下と喧嘩になってしまわないでしょうか…」
「えーあーそれは…いえ、大丈夫ですよ、アデルが殿下にお話していましたから」
「本当ですか…!?」
きらきらと目を輝かせ始めたリンデル様だが、どれだけアデル様に信頼を置いているのだろう。
それを見たトゥーイ君は、ふうとため息をついて私を見つめた。
「…ケイシー、大丈夫かい?」
「は、はい」
彼は、私の顔や体を確認すると安心したように微笑んだ。そして、ひらひらと手を振ってエリックさんに話しかけた。
「エリック、随分人数を連れてきたんだね。ひょっとして、小隊連れて来てる?」
「人質の中に王太子妃がいるんだぞ」
「それもそうだよね」
「お前も誘拐されるのは久しぶりだな…」
「この誘拐は学生の頃とは違うからね!でも、君が来てくれて助かった。王都の守備隊では妃殿下のことを説明しづらいからね。それにしても、さすがダグラス家の兵だ、すぐに制圧してくれた」
「お前のところの護衛もそこらにいるはずだぞ」
「あぁ、ロッソ?ダグラス家で上手く説明してくれたみたいだね」
くるりとトゥーイ君が振り返ると、そこにはいつの間にか馬車に寄りかかってげんなりとしたロッソさんがいた。
「坊ちゃん。あんまり冷や冷やさせないでくださいよ」
「ロッソさんがダグラス家に行ってくださったんですね!ありがとうございます」
「若奥様、ご無事で何よりです」
ロッソさんはぺこりと会釈してくれると、ちらりとトゥーイ君を見た。
「ええと、坊ちゃんはこのままお帰りになります?」
「んー…これで終わりって言うのも癪だよねぇ」
「…え?」
私がトゥーイ君を見上げると、彼はぞっとするほど美しく微笑んでいた。